第100話 反撃は準備が整ったあとで
ミスラがライトアローを放つと、少し遅れて悪魔が黒い玉のようなものを打ち出し、二つが衝突、相殺して消えた。
互角――いや、悪魔が相殺するように威力を調整したのか?
だったら――
「サンダーボルト!」
俺は真正面ではなく、悪魔の足下を狙ってサンダーボルトを放つ。
光属性を一応含んでいて、ライトアローより速い攻撃だ。
悪魔はそれを魔法では返さず、後方に跳んで躱す――が、それも織り込み済み。
既にアムが後ろに回り込んでいた。
彼女のライトソードが悪魔の背中を捉えた――かに思えたが、その剣は空を斬る。
悪魔が空中でまるでツバメのように回転してその攻撃を躱したのだ。
その背中には蝙蝠のような黒い翼が生えていた。
『どれも悪くない攻撃だ。悪魔である我に傷を負わせうるな。だが、妙なパーティだ。たった一年で尋常ならざる成長を見せたハーフエルフの娘、その力はもはや一つの到達点とも言えよう。それに、その妖狐族の剣筋……よもや』
「その首の裏に見える刺青にその言葉――やはりあなたは母の仇の魔物ですか」
『なるほど、似てると思ったがあの女の娘であったか。これも因果が廻った必然か』
悪魔は静かに喉を鳴らして笑う。
そして悪魔が天上ぎりぎりまで上昇して俺目掛けて急降下してきて爪を振るう。
俺は悪魔の爪を黒鉄の剣で受け止めた。
『やはり貴様からはこの世のものとは違う異質なものを感じる。愉快――実に愉快』
悪魔はそう言って姿を消し、またも部屋の中央に現れた。
戦いを楽しむバトルジャンキーかよ。
それにあの爪、厄介だな。
さっきまで普通の人間の爪だったのに、急に黒くなって伸びてきたうえに、金属みたいに硬い。
それに、さっきより身長が伸びているし、顔の皺も少なくなっている。
老人の姿ではなく、五十歳くらいのイケオジの姿になっていた。
『次はこのくらいでいくとするか』
俺とアムが同時に切りかかるも、悪魔は両手の爪でその剣を受け止め、逸らし、そして反撃に転じてくる。
脳が二つあるのかと思うくらい同時に対処するなんて。
俺は一度飛びのき、道具欄から丸い石を取り出すとそれを投げた。
丸い石は悪魔の爪によって砕かれたが、それは命中したという判定になる。
悪魔の攻撃が止まり、次の瞬間、アムのライトソードが悪魔の身体を二つに切り裂いた。
だが、悪魔の気配は残っている。
俺は追撃しようとするも、その姿が消え、別の場所に現れた。
スタンの効果が消えるには早すぎる――やはり気絶耐性があるようだ。
悪魔にはあ状態異常が効きにくいってのが蒼剣ユーザーの中では定説だからな。
『ヒトの身であれば死んでいるところだ』
悪魔はそう言って斬られた下半身を自分の身体にまるで粘土ようにくっつける。
化け物かよ……いや、化け物なんだが。
『その二人、名を名乗ることを許そう』
「そういう時は自分から名乗るもんだぞ」
『我は悪魔故、真名を告げることはできぬ。それゆえに仮の名であることを先に詫びよう』
悪魔はそう言ってその名を告げる。
『契約の悪魔ジルク――人からはそう呼ばれている』
「ジルク……ね。そういえばそんな名前だったな」
その名前は女神アイリス様から聞いた名前だった。
やっぱりあれは真名ではなく仮の名前だったか。
「私はアムルタート――あなた方に殺された妖狐族の名です」
アムがそう名乗った。
俺は別に自分の名前を告げるつもりはなかった。
勝手に名乗らせておいて、「こっちは名乗る約束なんてしてないぞ」と挑発するつもりだったのだが、ここでそんなこと言える雰囲気ではなくなった。
「……俺の名前はトーカだ。お前を倒す者の名だ」
『アムルタートにトーカか。強き者の名、我の中で永遠に生き続けられることを誇りに思うがいい』
まるで自分が勝つかのような物言いにイラっとする。
その余裕の表情が苦悶に浮かぶさまを是が非でも見たくなってきた。
その後、俺とアム、二人がかりの勝負が続くが大きな問題があった。
問題なのは三つ
一つ目はジルクの再生力。斬っても直ぐに肉体が再生する。アムの光属性のライトソードだとその肉体を斬る事ができても同じだ。ダメージは与えられているようだが、殺すには光魔法が必須のようだ。
二つ目は転移魔法。あきらかな隙ができたと思い、光魔法を放つもジルクは転移魔法を使って避けてしまう。無詠唱でノータイムで逃げられてはジルクの死角から攻撃するしか方法がない。
そして、三つ目――それはジルクのスタミナだ。
戦いが続くにつれて疲れが現れる。だが、ジルクにはそれがないように思える。このまま戦いが続けばどうなるかわからない。
いざという時はエスケプを使って逃げ出すという方法もあるが、転移魔法を使う悪魔から逃げきれるとは思えない。
『この程度か――』
「ちっ、強い。なんであんたみたいな強い悪魔が盗賊の部下になんて成り下がってたんだ」
『奴の考えは我にはわからん。だが、そのうちには強大な闇があった。我をも呑み込みかねない強大な闇がな。だからこそ、その呪縛から僅かではあるが解き放たれる機会を与えてくれた妖狐族の女には感謝している。その名を我が心に刻むことができなかったことを後悔しなかった日はない』
ジルクはそう言ってアムを見る。
『アムルタートよ。其方の母の名、我に教えてはくれないか。其方と同様永遠にその名を刻もうぞ』
「断ります。ここで死ぬあなたには不要です」
『それは惜しいな』
と悪魔が言ったとき、それは起きた。
「……ライトアロー」
いままで無言を貫いていたミスラの魔法が放たれた。
『無粋な。不意を突いたつもりであろうが、貴様の事は忘れていなかったぞ』
ジルクはそう言って闇の玉を放つ――が、ミスラの放った魔法はその闇の玉を楽々打ち抜いた。
それでもジルクは動じない――はずだった。
直後、彼の表情は代わり、その攻撃を避けようとする。
だが、完全に避けきれず、左の翼が貫かれて大きな穴が開いた。
その表情は苦悶に浮かぶ。
背後でミスラが言う。
「……トーカ様、アム、準備は整った。反撃開始」
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