第90話 錬金工房お披露目会は雇用説明のあとで
「落ち込むな。そういうこともあるさ」
「はい……」
アムが落ち込んでいた。
ジャイアントゴーレム狩りの二回目、三回目が終わった。
三回目ともなるとアムの槌術技能もレベル2になり、戦いにも慣れてきた。
そう思った矢先、アムがジャイアントゴーレムの跳躍からの衝撃波を食らって動けなくなった。
ミニアイアンゴーレムを召喚された直後のことだったので、そこからは結構危なかった。
一体はミスラのサンダーボルトで倒れたのだが、残りの二体のミニアイアンゴーレムとジャイアントゴーレム相手にアムを守りながら戦うことになったからだ。
ポーションを使ったあとだったが、なんとかクールタイム後のヒールを使って体力を回復させる。
避けたらアムが攻撃を食らうので逃げるわけにもいかず、再度攻撃を受け、流石にヤバイとおもったところで、アムがスタンから回復した。
それでも死ななかったのは安全マージンを十分に取れていたからだろう。
推奨レベルに満たない状態だったら危なかったかもしれない。
「……アム、ミスラも最初は動けなくなってトーカ様に迷惑をかけた」
ミスラがアムを励ます。
ジャイアントゴーレムの衝撃波、跳ぶタイミングを間違えたら本当に危ないんだよな。
俺はゲームで何度も挑んでいたからタイミングを掴めたんだ。
しかし、変な感じだよな。
魔物の大きさや形に違いがあるが、これまで登場した魔物のうち八割くらいは蒼剣に登場したことのある魔物なんだもの。
異世界メリシアは蒼剣を元に創られた世界……なんてことは流石にないか。
この世界と日本は時間の流れが違うって言っていたけれど。
聞けば、アムの母親は蒼剣にも登場したびっくりピーチ相手に十五年以上前に戦っているというし、魔物の突然変異事件なんてものは知らないそうだ。
つまり、少なくとも今生きている人たちがいる数十年の間、突然変異で魔物の生態系が変わるということはない。
聖剣の蒼い空が発売したのが三年前、開発が始まったのが四年前だというので、時系列的にゲームの知識を元にこの世界の魔物が創られた……ということはなさそうな気がするのだが。
そもそも、アイリス様が蒼剣を初めてプレイしたのは俺が召喚されたときだもんな。
その時には既にこの世界メリシアは存在したわけだし。
ただの偶然では片付けられないと思うが……うーん、まぁ、深く考えても答えは出ないか。
「宝箱も残念でした。赤も銀も金も出ないとは」
「まぁ、こればかりは運だからな」
「頑張って運を上げます」
そういう意味で言ったのではないのだが。
とにかく、ダンジョン探索を始めたときは朝だったのに、もうすっかり夜になっていた。
俺は帰還チケットを使い、自宅に戻った。
「あるじ! おかえりなさいなのです」
ポチが出迎えた。
俺が帰ってくるのに気付いていたのだろうか?
ん? ポチがいるってことは――
「錬金工房、完成したのですよ! お披露目会をするのです。みんな待っているのです!」
「え?」
そういえば、転移門の酒場が静かだ。
この時間なら女性が盛り上がっている時間なのだが。
現場シートが掛けられていた場所に行くと、篝火が掲げられ、その周辺に村人が大勢集まっていた。
エルマの村の人もいる。
子どもたちもだ。もう寝る時間だろうに。
酒場や転移門と違い、錬金工房はみんなが使う場所じゃないんだけど、こんな風に集まってもらっていいのだろうか?
「みんな、主が帰ってきたのです! 道を開けるのです!」
ポチが先導すると、錬金工房に続く人の道が出来た。
「おい、ポチ。ここまで大袈裟にするなよ」
「でも、錬金工房は村のみんなにとって必要な施設なのですよ?」
「そうなのか?」
錬金工房について思い出す。
・複数の素材を組み合わせて別の素材や薬を作ることができる。
・一定数作った薬は製造ラインに載せて量産することができる。
・量産された薬は拠点、サブ拠点の近くの店や商店で売りに出される。
・レシピを解読することで新たな錬金術のレシピを知ることができる。
・武器に属性の付与ができる。
・宝石を使って装飾品の強化ができる。
量産した薬が店で売られるようになるのなら注目されるのもわかるが、商店がまだないから薬がこの町で売られることはないはずだ。
強いて言えば、俺たちが作った薬を提供することで人々の治療ができるが、
「聖者様。この度は我々に新たな雇用を与えてくださるとのことで」
「新たな雇用?」
「はい。薬を作る仕事です」
……そういえば、蒼剣でも錬金工房の中で村人たちが薬を量産してくれていた。
てっきり、NPC召喚で薬を作る人を呼ぶのかと思ったが――
「薬ってそんな簡単に作れるのか?」
「ボスが薬をいっぱい作って熟練度をあげたら、その薬の製法がマニュアル化されるにゃ。そのマニュアルと錬金工房のレシピがあれば、素人でも薬を作れるようににゃるにゃ」
ミケが説明をする。
そういうもの……なのか?
「俺たちの仕事といえば、畑で野菜を育てるくらいしかすることがなかったからな。それが薬師の真似事、いや、本当に薬を作るんだから真似事じゃねぇな? しかも貴重な回復薬を作れるっていうんだ。そんなありがてぇ話はない」
副村長がそう言って笑った。
既に、エルマの村との話し合いで、誰が錬金工房で働くか決まっているらしい。
俺のいないところで勝手に決めてくれるなよ。
まぁ、お飾りの村長でいたいって言ったのは俺自身だけど。
「じゃあ、お披露目会を始めるのです! あるじ、一言お願いするのですよ!」
「わかったよ」
俺は皆の前に立ち、言った。
転移門ができたときのお披露目会と比べ、随分と人も増えたな。
「みんな、夜遅くに集まってくれて感謝する。錬金工房は、錬金術――といっても金属を生み出すだけではなく、複数のものを組み合わせて新たな物を生み出す技術のことだ。その物の中には薬が含まれていることも聞いていると思う。俺たちの村には治療院がない。これまでは僅かな怪我や軽い病気で命を落としてきた者もいただろう」
この村では子どもの半数以上は八歳まで生きられなかったと聞く。
日本では考えられないことだが、しかし、地球でも他の国、過去の歴史を考えるとそれは決して珍しいことではない。
「畑の作物により皆の食事が改善され、この錬金工房により新たな薬ができれば、その死を乗り越えることができると信じている。でも、俺一人の力では無理だ。一本一本の薬を作ることができても、これから増えていく村人全員の薬を一人で作ることはできない。だから、皆で協力してほしい」
俺はそう言って、畑で薬草を育てる必要性を説く。
村人たちは喜んで協力してくれると言ってくれた。
俺の挨拶は皆の拍手とともに終わり、そしていよいよお披露目会の最後の目玉が訪れる。
現場シートを剥がすときがやってきた。
俺とポチとその他村人の代表者数人で、現場シートから延びた紐を引っ張る。
今回はアムとミスラは見守るだけにしたようだ。
「せぇの!」
俺の掛け声とともに現場シートが剥がれおち、錬金工房がその姿を現した。
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