第67話 名前を決めるのは全てが終わったあとで
ミスラはエルフの母と人間の父との間に生まれたハーフエルフだ。
彼女が聞いたところによると、父となる人間がエルフの住む森に迷い込み、そこで母となるエルフと出会い、恋に落ち、生まれたのがミスラなのだそうだ。
三人は長閑な田舎に家を構えていた。
些細な喧嘩はあれど、仲のいい家族だったとミスラは語った。
そんなある日、ミスラの家族三人が拉致された。
あるカルト教団が悪魔を召喚するために、強い魔力の持ち主が必要だったらしく、ミスラの母に目を付けられた。
エルフの魔力が通常の人より高いことは世間に知られていたそうだ。
そして、ミスラの母は、彼女の目の前で殺された。
殺したのはミスラの父だった。
ミスラが人質に取られていて、そうするしかなかったそうだ。
そして、小さな悪魔が召喚された。
ミスラの母の魔力を糧に、ミスラの父の魂を贄に。
この場合、悪魔の召喚主はミスラの父となる。
カルト教団の教祖を名乗る男は、ミスラの父にこう言った。
『悪魔に、この私のために働くように契約しろ。そうすれば娘の命は助けてやる』
そう言われ、父親は頷き、悪魔に言った。
『悪魔、私の魂は貴様にやる。だから――』
私たちの子供を助けてくれ。
次の瞬間、ミスラは森の中に悪魔と二人でいた。
転移魔法だった。
『これで契約はなったな。おかげで上質な魔力と魂が手に入った』
悪魔の手の中には父の魂が握られていた。
ミスラは悪魔に言った。
父の魂を解放してほしいと。
だが、悪魔は首を横に振る。
『この魂は私にとって餌だ。お前達が狩りと称して動物や植物を食べるのと同じこと。それを止めることはできん』
『……だったら私の魂と交換でいいから』
『それも無理な相談だ。私は貴様を逃がすと、貴様の父親と契約を交わした。だから貴様は殺せん』
『……あなたは既に私を逃がした。契約はもう履行されている。ここで私の魂を取っても契約違反にはならない』
ミスラがそう言うと、悪魔は邪悪な笑みを浮かべて言う。
『面白いことを言う。だったら、こういうのはどうだ? 貴様が大人になったとき、我と貴様が戦うのだ。もし貴様が勝てば父の魂を解放してやろう。だが、貴様が負ければ貴様と父、二人分の魂を我がいただく。ただし、我のことを誰にも言ってはいけない』
『……わかった』
『いいだろう。では、貴様が大人になったとき、再び貴様の元を訪れる。それまでに死なれてはかなわなんからな。ほんのわずかだが我の力を分けてやろう』
悪魔はそう言って、ミスラに魔力のペンダントを彼女に与えた。
『我を倒したければ魔法の修練を怠るな』
そう言い残し、悪魔は消えた。
彼女は悪魔を倒す方法を研究し、魔力の腕を磨いた。
悪魔を倒すには魔法の力が必要だからだ。
だが、ミスラが成人しても悪魔は現れなかった。
それでも彼女は魔法の修練を怠ることはなかった。
四元魔法を全て覚え、お金を貯めて魔法の杖を購入し、魔導書を借りてそれを頭の中に叩き込む日々を過ごした。
そして、一年前、悪魔が訪れた。
ミスラは絶望した。
ミスラは十年間で成長し、魔力の腕を磨いて来た。
だが、悪魔はミスラ以上に成長していたのだ。
ミスラは悟った。今のままでは勝てないと。
『久しいな。よもや約束の勝負、忘れているわけではあるまいな――』
『……忘れてない。でも、こちらの準備はまだ終わっていない』
『ふむ、準備か。いいだろう、確かに我も囚われの身であったためとはいえ、貴様が大人になった時に来るといいながら、二年も遅れてしまったのは我の不徳の致すところだ』
『……囚われの身?』
『期限をやろう。一年だ。その間にせいぜい腕を磨くがよい。いまのままでは強くなった我の鼻息ひとつで貴様の命は吹き飛んでしまう。それと、また準備不足だと言われては困るからな。貴様に契約を施す。なに、悪い契約ではない。勝負の十日前以降に貴様の首に残り日数の数字が浮かび上がるようにする。その後は我の事を話して好きに仲間を募るなり、なんなら国に庇護を求めても構わん。忘れるな、一年後だ』
そう言い残し、悪魔は消えた。
そして、今日、ミスラの首に数字が浮かび上がった。
「悪魔か。また厄介な敵だな」
蒼剣の中でも悪魔はいたが特に知恵のある悪魔は強敵揃いだった。
少なくともボスクラスか。
「……トーカ様とアムを巻き込むつもりはない。二人に話したのは諦めてもらうため。残り一日になったらあとは一人で戦う。だから――」
「いや、そうはいっても、この話、たぶんアムにとっては無関係じゃない気がするんだよな。ミスラ、悪魔が現れたのは一年前で、それまで悪魔は囚われていたって言ったんだよな?」
「……そう」
うん、だとしたらある可能性が浮かび上がった。
「ご主人様の予想通りかと。確かに、私の母の仇の魔物の中に、悪魔族と思われる敵もいました」
「……何の話?」
アムはミスラに話した。
村を襲った盗賊団――百獣の牙のこと。
その盗賊団のリーダーが多くの魔物を従えていたこと。
それらがアムの母親の仇であること。
「……百獣の牙――冒険者ギルドで賞金首になってるのを見たことがある。ものすごい大金が掛けられていた」
「悪魔まで従えていたって、タダの盗賊にしてはスケールでかすぎるだろ」
「悪魔だけでなく、グリフォンやワイバーン、ドラゴンもいましたからね……ゴブリンキングはあの中では弱い方でした」
「マジか……そんな相手にアムの母親、よく一人で戦ったな」
「立派な母でした。私も一緒に戦えればよかったのですが、当時の私では足手まといにしかならず、遠くで見ることしかできなかったのを歯がゆく思っています」
いまの俺でもそんな中に突入したら足手まといにしかならないよ。
アムが無茶をしないでくれて本当によかった。
「まぁ、というわけで、アムにとっては無関係じゃないし、アムと無関係じゃないのなら俺にとっても無関係じゃない」
「でも、相手は悪魔」
「なに、相手が悪魔ならこっちは勇者だ。まだレベルは低いけど、あと十日あるんだろ? 強くなるための手段はいくらでもある」
蒼剣の世界だと、十日あったらレベル1の勇者が魔王を倒すことだってできるんだからな。
さすがにリアルだと厳しいが。
「……本当に?」
「本当と書いてマジだ。とりあえず、ダンジョン周回続けるぞ」
「ワン」
俺の号令に、アムの手の中にいた白い犬が真っ先に吠えて同意した。
「いい子だな。ミスラ、ちゃんとこの子の名前を考えるんだぞ。宝箱を開けたのはお前なんだから、最後まで責任もって飼わないとな」
「……うん」
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