第63話 スライムを倒すのは回復のあとで

 風呂から上がり、ポチが作ってくれた夕食とオレンジジュースで舌鼓を打ったあと、三人でミケのいる酒場に行った。

 酒場では、副村長たち男衆が酒盛りをしていた。


「村長! 帰ったのか!」

「聖者様、かけつけ一杯だ! ビールでいいか?」

「バカ、ここは麦焼酎だろ」

「蕎麦焼酎も忘れるな! 蕎麦の実はこの村ができたときからの特産だぞ!」

「どれもいらないよ。さっきオレンジジュースを飲んできたんだ。てか、こんな時間まで飲んで、奥さんに怒られるぞ。早く家に帰れよ」


 ここにいる村人たちは全員妻帯者だ。

 この村の結婚率は非常に高い。

 まぁ、開拓村なんて、ほとんどの家庭が産めや増やせやって感じだからな。

 というのも、この村の子供のな七歳までの生存率は25%程度。

 飢餓、病気、その他さまざまな要因により四人に三人は七歳までに死ぬ。

 だから次々に産む。

 そうしないと人は子孫を残せないことを知っていたから。

 日本でも江戸時代の死亡率が70%程度だったっていうし、それが普通なのだろう。

 なのに、子供も奥さんも放ったらかして飲み歩いてていいのか?


「ああ、大丈夫だ。というのも、こうしないと俺たちが飲めないんだ」

「どういうことだ?」


 と俺はミケを見る。


「酒場の利用を求める客が多すぎるので二部制にしたのにゃ。午後八時までは女性客が優先で、それ以降は男性客が利用するってことにしてるのにゃ」


 つまり、女性は早めに酒を飲んで、家に帰って子供の寝かしつけ。

 その間に男が酒場に来て酒を飲む――ってことか。

 なら、この時間に酒を飲むのも仕方ないのか。


「ボス、ところでお土産はあるのかにゃ? 外からドッグフードの匂いがしたけど、またたび酒のお土産とかあったら――」

「悪いな。でも、これならあるぞ」


 俺はそう言って、ドリンクバーを取り出す。


「ああ、ドリンクバーにゃ……その辺に置くにゃ」

「ミケもドリンクバーって呼んでるのか。あんまり興味ないのか?」

「できるのは酒じゃにゃいからにゃ。迷惑とはいわにゃいが、仕事が増えるのはにゃ……」


 そう言われてみれば、飲むのも俺たちだしな。


「それより、さっき言ってたオレンジジュースの方が気ににゃるにゃ。柑橘系の果物は酒と相性がいいからにゃ」

「ああ、森のダンジョンに行ってきて、結構野菜とか果物の素材を採って来たぞ。冷蔵庫に入れてあるから、ポチと相談して好きに使ってくれ」

「そうさせてもらうにゃ。アムとミスラも飲んでいくにゃ? 本当は女性の時間は終わりにゃんだが、二人は特別にゃ」

「ありがとうございます。いただきます」

「……エールをロックで」


 ミスラはいける口らしい。

 俺がいない間に、ラガーだけでなくエールも作っていたらしく、ミスラの要望通り氷の入ったエールが出てきた。

 アムには麦焼酎だ。

 俺は飲みやすいものを頼んだら、赤ワインの水割りが出された。

 うーん、ちょっと苦めの葡萄水って感じだな。

 これなら、まぁ飲めるか。


「それで、村長。エルマの村はどうだった?」

「トレントに襲われそうになってたり、食糧不足で大変だったりしましたが、とりあえずは解決しました」

「そうか、そりゃよかった。エルマは何か言ってなかったか?」

「俺が村長になったと言ったから、副村長のことを心配してるようだったが、それだけだな」

「そうか。まぁ、エルマが無事でよかったよ」

「それで、今後もエルマの村に援助をしていくことになったんだが、いいよな?」

「もちろんだ。妻にいい土産話ができた。さっそく伝えてくる」


 副村長はそう言うと、代金をカウンターに置き、店を出た。

 それを見て、他の村人たちもそろそろ時間だとお開きの準備を始める。

 俺はワインの水割りを飲みながら、えらくあっさり引き上げるなと感心した。

 てっきり、何人かは酔いつぶれるまで飲むものだと思っていたからだ。


「酔いつぶれたら出禁だって伝えてるからにゃ。変にゃ飲み方をする客はいにゃいにゃ。ミスラも注意するにゃよ」

「……大丈夫。まだ余裕」

「私はそろそろ酔ってきましたね」


 アムの白い頬が少し赤みを帯びている。

 酔ってるアムもかわいいな。


「ところで、ボス。エルマの村に援助って、もしかして――」

「ああ、そのつもりだ。ポチには悪いが、早速仕事に取り掛かってもらったよ」

「ポチも大変にゃ……まぁ、それがコボルトビルダーの望みにゃのだから仕方にゃいな。酔いどれケット・シーのミケにはわからにゃいことだけど、ボス、魔核があったら預かっておくにゃ」

「ありがたい。頼んだ」


 俺はロケット人参の魔核を三つミケに渡した。

 これで明日には魔力薬ができているだろう。


 さて、じゃあそろそろ――


「……ZZZ」


 なんかミスラが昭和っぽい寝落ちをしている。

 さっきまで余裕だって言ってたのに、あれはなんだったんだよ。




 翌日。

 俺たちは釣りに行った。

 といっても、釣りをするのは俺とアムだけで、ミスラは日影で魔導書を読んでいる。

 いつも通り、俺が釣るとゲームのようにポンポン釣れる。

 ゴミも釣れる。

 だが、物欲センサーが働いているのか、目的の物が釣れない。


「大漁ですね」

「だな。あとで焼いて食べよう」


 今日はポチが朝から出掛けているので、食事は自分たちで作る必要があるが、この川の魚は塩を振って焼くだけでも美味しいだろう。


「でも、村から川まで結構距離があるよな? どうせなら川沿いに村を作ったらよかったのに」

「川の近くは魔物が多いですから。あのように」


 ん? おぉ、遠巻きにゴブリンがこちらを見ている。

 ゴブリンのダンジョンの生き残りか?

 それともそれ以外の野生のゴブリンか?


「大丈夫でしょう。あのゴブリンは群れを持たないはぐれのようです。数の上で劣っているとゴブリンは襲ってくることはありません」

「強さを見抜いてるわけじゃないのか」


 まぁ、数は脅威だって言うからな。

 特に自分たちが群れで行動しているゴブリンは、そういうのを顕著に感じているのかもしれない。

 なら、ゴブリンのことはとりあえず無視して釣りを続けるか。

 合図が出たので釣竿を上げる。


「丸い石三つ目……ここまで出ないか?」

「何を狙っているのですか?」

「ん? スライムが欲しいんだよ」

「……トーカ様、スライムは泉の中にいても流れのある川にはいない」

「普通はそうなんだろうけど、俺が釣るとレベル関係なくスライムが釣れるし――と大物来た!」


 スライムが来ないのにレッサーサハギンがきた。

 サンダーボルトとアムの剣で倒す。


「……え?」

「まぁ、俺が釣るとたまに魔物が釣れるんだよ。スライムはレベル関係なく釣れるはずなんだが」


 サハギンの死骸を回収し、また釣りを再開。


「……トーカ様の能力、相変わらず意味不明」

「まぁな……と、来た! スライムだ!」


 ようやくスライムが釣れた。


「倒すの?」

「ああ、倒す。でも、その前に――ミスラ! ヒールの魔法をこいつに使ってくれ」

「…………わかった」


 少し疑問に思ったようだが、ミスラがスライムにヒールの魔法を使う。

 スライムは体力全開。

 普通なら何も起きないはずなのだが――


 俺の手の中でスライムが膨らみ、三匹に分裂し、二匹が俺の手から逃げ出した。


「よし、成功! 過回復によるスライム分裂だ」


 スライムは体力を過剰に回復させると、分裂する特性がある。

 そして、俺は分裂して増えたスライムに、人食いオレンジの種を投げた。

 人食いオレンジの種がスライムの中に入って消化される。

 スライムは有機物なら何でも食べる。

 当然、種も貴重な餌だ。

 直ぐに消化が始まった。


「アム、スライムを倒してくれ」

「はい!」


 アムがスライムを倒す。

 人食いオレンジの種は既にドロドロになって使いものにならないが、道具欄を確認する。

 あった、人食いオレンジの種。

 ゲームでも、薬草や野菜、種などをスライムに投げることができた。

 すると、スライムは一ターンの間、消化するために動かなくなる。

 そして、そのターン中にスライムを倒すと、投げたものがドロップアイテムとして手に入る。

 つまり、これで人食いオレンジの種が、正式にドロップアイテムになったわけだ。


 これを繰り返せば、拠点クエストを達成できる。


「理屈はわかりましたが、弱クエストは狙ってするものではないと仰っていましたよね? そこまでする価値はあるのですか?」

「ああ、これはあくまでついでだ。スライムの過回復により三匹の分裂するんだが、その結果回復魔法による技能が三匹分手に入るんだ。つまり、身体魔法の技能レベルを上げるには効率が非常にいい」

「……!?」

「経験値、職業経験値、技能レベル、ドロップアイテムにイリスが無限に手に入る。これぞスライム分裂ループだ」


 まぁ、スライムの経験値は最低の1。

 経験値や職業経験値もレベル差がありすぎるせいで、ほとんど入ってこない。

 蒼剣内だとスライム分裂ループは、スライム討伐依頼を達成するときにしか使わない小技のようなものなのだが、こちらの世界ではポーションは価値があるし、魔物を探す手間もない。

 なにより怪我をする必要もなく身体魔法のレベルを上げることができる。

 小技が裏技に進化するってもんだ。


「さぁ、スライム狩りだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る