第62話 目を開けるのは見られたあとで
帰還チケットの使い方は、半券を千切るだけ。
そうすれば、拠点の転移門の前に出る。
ダンジョンの中では使えない。
ただし、今回に限って一つ小さな問題があるが、問題ないだろう。
俺はダンジョンから脱出してすぐに帰還チケットを使った。
俺たち三人は転移門の前に出た……と同時に、目の前に突然現れた白い布が剥がれ落ちる。
白い布が現場シートだというのはすぐにわかるだろう。
俺が帰ってきたことに気付いたのか、家の中からポチが出てきた。
「あるじ、お披露目会がしたかったのに残念なのです」
ポチが拗ねている。
蒼剣の中でもお披露目会前の転移門に帰還チケットを使って帰ったり、施設完成後一週間拠点に帰らなかったりすると、このようにコボルトビルダーが「お披露目会をしたかった」と拗ねてしまうことがある。
これが小さな問題だ。
「悪い、ポチ。これをポチに早く渡したくてつい」
俺はそう言って、道具欄からお土産を取り出した。
「ドッグフードなのです! ポチが食べていいのですか?」
「当然だろ、ポチへのお土産なんだから」
「ありがとうなのです!」
落ち込んでいたポチだが、直ぐに笑顔を取り戻した。
さっそく酒場にドリンクバーの設置をしたいが、汚れた格好で酒場に行ったらミケに怒られそうなので、まずは風呂に入る。
「ご主人様、御背中をお流しします」
「お願いするよ」
そうだよな。
ここしばらくはそっち方面も我慢していたんだ。
ちょっとくらいお風呂に入りたい。
「あ、まだお風呂の準備ができていないのです。三十分待って欲しいのです」
少しお預けを貰った。
仕方がないので、先に道具の整理を済ませるか。
といっても、持ってきた物を棚と冷蔵庫に入れるのが主な仕事になるのだが、試してみたいことがある。
「アム、ミスラ、ちょっと手伝ってくれ」
俺はそう言って、台所に人食いオレンジを取り出す。
まずは真っ二つに割れた人食いオレンジから作業を行う。
「ここから種を取り出してくれ。皮の部分は強く持ったらダメだぞ。酸性の汁が出るから」
「わかりました」
「……怪我したら回復する」
「わざと酸を浴びるなよ」
「……善処する」
それって、約束を守らない人の台詞だろう。
と思ったが、ミスラはちゃんと真面目に仕事をした。
人食いみかんの中には薄皮に包まれた果肉が十房あり、それぞれに種が入っている。
十個解体したら百個の種が手に入った。
「あるじ、お風呂の準備ができたのです」
「ポチ、ちょうどよかった。拠点クエスト、達成できてるか?」
「人食いオレンジの種ドロップ数は五個なのです。クエスト達成していないのです」
やっぱりか。
このままだとダメだよな。
解体して得られたオレンジはドロップとは呼べない。
「ズルはダメということでしょうか?」
「いや、そうでもない。とりあえずこの百個の種は有効活用させてもらおう。ポチ、この人食いオレンジだけど、風呂上りのジュースにしてもらえるか?」
「もちろんなのです。美味しいジュースを作って冷蔵庫で冷やしておくのですよ」
ということで、今日は俺から風呂に入る。
はぁ、我が家の風呂って本当に広いよな。
五人くらいなら一緒に入れそうだ。
これで初期レベルの家だっていうのだから驚きだ。
確か、最終レベルだとジャグジーとサウナと打たせ湯のついている超豪華風呂になるんだよな。
自宅のレベルを上げたくなってくるよ。
そう思いながら、身体を洗っていると、アムが来た。
背中を流してくれるって言ってたもんな。
「ありがとう、アム……ミスラっ!?」
振り返るとそこにいたのはアムだけでなく、ミスラも一緒だった。
ミスラはバスタオルを巻いている。
「アム? なんでミスラが一緒なんだ?」
「ミスラもご主人様の従者ですから。一緒に背中を流そうと思いまして」
「……うん、任せて」
なんだこの展開は。
いくらなんでもロリっ子に背中を拭いてもらうのは通報案件――って、ミスラも既に十八歳。
日本の法律でも成人年齢だった。
といっても、当然だがやってくれるのは背中をタオルで拭くだけだ。
本当はアムと交代で彼女の背中を拭いてあげたりしたかったのだが、女の子二人に背中を拭いてもらえるってだけでもリア充爆発しろ案件なので、そこまで欲はかかない。
背中を拭いてもらった俺はそのままお風呂に入って目を閉じた。
「……アムの背中を流す」
「はい、お願いしますね。気持ちいいです。上手ですよ、ミスラ」
「……尻尾はボディーソープでいいの?」
「あ、ポチさんに尻尾用シャンプーをいただいていますので、それで洗ってください」
「……凄い泡立つ。お湯で流すね」
「ありがとうございます。じゃあ交代ですね。ミスラ、背中を向けてください」
「……わかった」
「ミスラの背中はすべすべですね」
「……ハーフエルフの肌年齢はエルフ並み。自身ある」
「エルフの方は耳の裏が敏感って聞きましたけど、ミスラもそうなのですか?」
「……あっ、耳の裏は自分で洗える」
なに? この天国と地獄の板挟みは。
俺はここで目を開けていいのだろうか?
アムとミスラの信用が――いや、そもそも二人に目を閉じておくように言われたわけではないんだし。
しかし――
「ではお風呂に入りましょうか」
「……入る」
アムとミスラがお風呂に入った。
大事なことなのでもう一度言った。
「……トーカ様、目を開けてもいいよ」
「それは試してるのか?」
「……トーカ様、聞いて。ミスラはトーカ様が命綱。でも、だから一緒にお風呂に入ってるんじゃない。トーカ様のことは一緒にお風呂に入ってもいいって思えるくらいには好き」
「それは、ミスラのことを助けようとしているから?」
「……それもあるけど、なにより顔が合格点。」
顔かい!
ぶっちゃけすぎだろ――いや、顔が嫌いって言われるよりは遥かにいいんだが。
「ご主人様。私もミスラが責任感や恩返しのために背中を流しているわけではないと思いますよ。そんなことをしなくてもご主人様ならミスラを見捨てることはないと私の方から申しておきましたから。これは彼女の意思です」
「そうなのか」
「……そう。というか、ミスラの方が男性の身体に興味がある。知識では知ってるが見るのは初めて。興味深い」
え?
と俺がゆっくり目を開けると、ミスラがじっと俺の身体を見ていた。
お前、ハーフエルフじゃなくてハーフエロフだったのかよ。
見られて恥ずかしいという感情は少しあったが、それよりなんか力が抜けた。
なんだろ……さっきまで紳士でいよう紳士でいようって思ってたのが馬鹿らしくなってきた。
今度は俺が二人の背中を流そう。
そう心に決めた。
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