第58話 身体魔法の技能は体力が減ったあとで

 俺たちは武器を構えた。

 いつもの武器とは違う。

 今回の武器は虫取り網だ!

 これは市場で買っておいた。

 早速訳に立つ日が来るのは僥倖だ。

 そして、着替えを取り出して、とにかく顔や頭、腕など覆える場所は覆う。


「準備はいいな?」

「はい」

「……任せて」


 よし――まずは俺から。

 投石能力を発動。

 石を投げると、真っすぐ蜂の巣に向かって飛んでいき、命中。

 蜂の巣を揺らした。

 その結果、出てくる出てくる、蜂の大群だ!


「いまだ!」

「……水よ、顕現せよ!」


 ミスラの杖から水が飛び出し、出てきた蜂の群れに直撃。

 群れの一部が地面に落ちて数が減った。


「行くぞ!」

「はい!」


 俺とアムは跳び出した。

 網を使って蜂を捕まえる、捕まえる、また捕まえる!

 やっぱりゲームと同じで、一度網に入れてしまえば自動的に道具欄に収納される。

 だから、ひたすら捕まえる。

 あちこち刺されるが、それでも捕まえる。


 数が減ったところで、蜂が巣の中に退散した。


「ステータス確認! 毒になってないな?」

「はい、大丈夫です」


 蜂に刺されると、五パーセントの確率で鉢毒状態になる。

 この鉢毒というのは危険で、治療しなくてもすぐに毒状態は消えるのだが、毒が消えたあともう一度蜂に刺されると、一パーセントの確率で即死効果となる。

 ただし、鉢毒状態で解毒ポーションや解毒魔法で治療したら問題ない。

 なので、蜂とのバトルの後はすぐに状態を確認する。

 今回は二人とも無事のようだ。

 そして――


「……トーカ様、大変」

「どうした?」

「……自然魔法の技能レベルが一気に3になった」


 うんうん、わかるぞ。

 驚く気持ちはわかる。

 剣の素振りだけでも剣術が上がらない、斧の素振りだけでも斧術や伐採技能が上がらないように、ほとんどの技能は対象に攻撃をしないと上がらない。

 対象がいたら技能経験値が入る。

 そして、ここからが重要。

 例えば、剣を振るってスライムを二匹同時に攻撃したら、二回分の剣術技能経験値が、三匹同時に攻撃したら三匹分の技能経験値が入る。

 あ、二連撃などの能力を使っても一回分の技能経験値が入らない。十六連撃なんて能力もあったが、やっぱり一回分の技能経験値だ。

 もっとも、物理攻撃で一度に複数の相手に攻撃しようなんて、一部の例外を除き難しい。

 畑の作物に使っても、作物一つにつき一回分の経験値ではなく、一区画の作物の水やりにつき一回分の技能経験値しか入らない。

 だが、この蜂取りループは違う。


 群れている蜂に水を浴びせる。

 一度に数十匹の蜂に浴びせたことで、数十回分の魔法と杖術の技能経験値が入手できるのだ。

 魔法はクールタイムがある分、普通の攻撃より技能経験値が多く貰えるのに、それを一度に数十匹分。

 そりゃ技能レベルが上がるさ。

 杖術技能が上がれば、魔力が上がるだけでなく、杖を使って殴るダメージと、杖を使ったときの魔法ダメージも上がる。

 自然魔法技能が上がれば、魔力が上がり、やはり自然魔法の威力も上がる。

 つまり、ミスラの生存の確率が上がるというわけだ。


 ちなみに、魔法のクールタイムはだいたい30秒。

 蜂も三十秒くらいしたら巣の中に戻ってしまうため、一回につき使える魔法は一度だけ。


「ご主人様は自然魔法のレベルを上げなくていいのですか?」

「ああ、俺は今回は虫取り技能を上げるのに専念させてもらう。黒木の杖を手に入れたら杖術と一緒に自然魔法の技能を上げるつもりだ。あと、アムも虫取り技能のレベルが1になってるぞ」

「――っ!? 気付きませんでした」


 俺の虫取りレベルは8まで上昇している。


「ミスラ、回復魔法で治療を頼む。ヒールを使って体力を回復させたら身体魔法の技能を修得できるぞ」

「……任せて、回復する」


 蜂に刺されて僅かに減った体力を回復させる。

 俺は石を取り出して投げた。



 それを十回繰り返すだけで、ミスラの杖術と自然魔法の技能がレベル10まで上がった。

 いやぁ、相変わらず蜂の巣ループは効率がいいな。

 通常経験値と職業経験値が入らないのは残念だが、ミツバチが300匹ほど手に入ったのも大きい。

 ミツバチは牧場レベルが2になったとき、養蜂小屋を作る事ができミツバチの数に応じて毎日蜂蜜が手に入るようになる。

 蜂蜜は周囲の花の種類により効果が代わり、バフアイテムとして重宝するので、やはりミツバチをここで手に入れておくのは重要だ。

 ついでに、俺の虫取りレベルは10に、アムも3まで上昇した。

 ミスラの技能レベルも時間がかかったな。

 本来なら三回くらいでレベル10になるはずなんだが。


 やっぱり、この世界の人間はレギュラーメンバーにならないと技能レベルが上がらず、レギュラーメンバーになっても技能レベルが上がらないこともあれば、技能レベルが上がったとしても、必要な経験値が多い、もしくは取得できる経験値が少ないようだ。

 これはレベルにも同じことがいえ、俺のレベルは22なのに対し、アムはまだ14、ミスラはレベル5だもんな。

 その代わり、レベルアップによるステータスの恩恵は俺だけ少ない。

 まぁ、それを踏まえても、俺の方がみんなより少しだけステータスの伸びは大きい感じか。


 勇者ってそういうものなのかな?


「さて、ミスラも強くなったので、これからダンジョンに行ってレベル上げと道具集めだ」

「はい。今回こそ虹色宝箱を拝みたいです」

「……魔導書希望」

「はいはい、物欲センサーが作動しないように無欲で行くからな!」


 瞑想をしてミスラの魔力が回復するのを待ってからダンジョンの中に入る。

 地下に続いているダンジョンだが、やっぱり仲は明るい。

 それに、見た目も今までと違う。

 壁も地面も天井も木の根っこなのか。凄いな。まるで大きな木の中に入ったみたい……あ、これただの模様か。

 側面の木の根っこを触ろうとするが、よく見ると壁に木の根が描かれているだけだった。

 考えてみれば床も平らだし、あくまで雰囲気だけみたいだな。

 蒼剣でも同じような風景のダンジョンはあったのだが、現実になるとこんなものか。


 地図を見ながら移動する。

 周囲にいくつか敵の反応があった。

 推奨レベル20のダンジョンなだけあって、出てくるのはレベル16から19の魔物がほとんど。

 半分は薄い赤、半分は通常の赤って感じか。


 最初に見つけたのは、人食いオレンジ――弱クエストの魔物だった。

 それが三匹いる。

 巨大なオレンジがぷかぷかと浮いている。

 オレンジのへこんでいる部分が口になっていて襲い掛かって来るだけでなく、強酸を飛ばしてくる。

 尚、酸だけど装備を溶かしたり、ましてや服を溶かしたりはしない。

 だが、人間の皮膚くらいは溶かしてくる。


「酸を飛ばしてくるから気を付けろ。ただし近付きすぎると吸い付いてくるぞ」

「……火よ、顕現せよ」


 ミスラの火の魔法が人食いオレンジに命中する。

 って、俺のファイアボールより威力が高くないかっ!?

 いや、いまはそれよりこっちだ。

 酸を飛ばしてくるが、それを躱し、剣を振った。


「ソニックブーム」


 人食いオレンジが、綺麗な輪切り状態になった。

 酸に気を付けさえすれば戦える。

 近付きすぎなければ大丈夫だ。

 さすがに近距離だと酸を躱すことが――


 って、アムの奴、普通に近距離で酸を躱してるぞ。

 さすがこのパーティで一番の俊敏値を持つだけのことはある。

 次々にナイフで真っ二つにした。

 半分焼きオレンジ状態になった人食いオレンジがまだ生きていたらしく、ミスラに酸を飛ばす。


「……いたっ」


 ミスラの体力が五分の一くらい削られた。


「ミスラ、下がってろ! 防御力の低いお前だと一撃のダメージがでかすぎる」

「……だいじょぶ……わざとだから」


 彼女はそう言って自分に回復魔法をかけた。

 わざとって、お前な。

 回復魔法は実際に体力を回復させないと技能レベルが上がらないって教えたけど、わざとダメージを負うなよ。

 だいじょぶじゃない、本気で心配したぞ。


 俺はため息をつきながらも、焼きオレンジとなった最後の一匹にトドメを刺した。

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