第56話 伝説の種明かしは十五年経ったあとで

 朝起きたら、アムとミスラが二人揃って俺の布団に入り込んで抱き枕状態になっていた――なんていうのはただの妄想であり、こういう妄想が昨日の瞑想の妨げとなり、技能が成長しなかったのではないかと思う所存で。

 そんな瞑想すら碌にできない俺だが、


「聖者様!」


 ここでも聖者扱いされました。

 村人たちが俺を崇めだした。

 うん、知ってた。

 そりゃ、飢饉の村に無償で食糧を届けたうえ、今日現在、畑が急成長し、一部の作物なんて収穫できる状態になっているのだから聖者と呼ばれても仕方がないことくらい。

 でも、それは俺にとってデメリットではない。

 それについては今後語ることにしよう。

 俺の目的はただ一つ。


「この近くにダンジョンがあるって伺ったんですけど、そこに案内してくれませんか?」

「あぁ、南の森のダンジョンのことだな。俺が案内する。罪滅ぼしにはならないのはわかってるが、俺にやらせてくれ」


 そう言ったのはトレントのトレイン行為をした狩人の息子だった。

 昨日は大人たちにこっぴどく怒られたそうだが、事情が事情だけに大きな罰にはならなかったようだ。

 だが、こうして俺を案内してくれるっていうのだから反省はしているのだろう。

 彼の申し出を俺たちは受け入れた。


「聖者様――昨日の件ですが、是非受けさせてもらおうと思います」

「はい、エルマさん。そう言っていただけると思っていました。こちらこそよろしくお願いします」


 俺とエルマは握手を交わした。

 これで俺の修行もだいぶ楽になるな。


「ご主人様、いまのは何の話ですか?」

「ミスラと俺たちを強くなるための契約だ。詳しく説明するのは今度でいいか? できればサプライズでいきたいんだが、どうしてもって言うなら教えるぞ?」

「ご主人様がそうおっしゃるのであれば楽しみにしています」

「……ミスラも、トーカ様のことは信じてる」

「そりゃありがとうな」


 狩人の息子のレンの案内で、俺たちは森のダンジョンに到着した。

 うん、たぶんここで間違いないな。

 ポチから受けた拠点クエスト。


―――――――――――――――――――――

人食いオレンジの種:1ポイント

推奨レベル20

達成条件:人食いオレンジの種を20個をドロップさせる。

(50回まで達成可能)

―――――――――――――――――――――


 相変わらずポイントが低い

 弱クエストでポイントを貯めるのは苦痛だな。

 50回達成って1000枚か。

 人食いオレンジは蒼剣にも登場した魔物だ。

 ゲーム内で人食いオレンジの種のドロップ率50%。

 畑に植えることはできず、錬金素材として使用しする。

 なので単純計算にクエスト一回に40匹、完全クリアに2000匹人食いオレンジを倒す必要があり、それだけ倒しても50ポイントにしかならない。

 しかも、トレントと同じように火属性で倒したらドロップしないという条件もある。

 だが、これについてはちょっとだけ裏技が通用しそうな気がするので、楽しみでもある。

 この人食いオレンジが出るのが、これから行く畑のダンジョンらしい。

 そのことはアムに聞いたのだが、


「アムは来るのは初めてなんだよな?」

「はい。でも母が一度だけ来たことがあるそうです。十五年前でした」

「へぇ、遠いのにわざわざ……そんなにいい魔物がいたのか?」

「ここに出てくるビックリピーチという魔物を私に食べさせたかったそうで。風邪をひいてしまった私のために採ってきてくれたんです」


 あぁ、風邪の子供のために桃の缶詰を買って来るようなものか。


「でも、風邪の子供を残して二日も家を留守にするって」

「いえ、母は四時間ほどで帰ってきました」

「四時間っ!?」


 アムの母ちゃんどれだけ俊敏値高いんだよ。

 んー、俊敏400くらいなら往復四時間可能だろうか?

 

「アムさんの母さんって、もしかして伝説の白キツネか!?」


 レンが気付いたように叫ぶ。


「……伝説?」

「俺がガキだったころ、今回のように飢饉で村が苦しんでたとき、森に食べ物を捜しにいった親父が、大量に野菜と大きな桃を持った美しい妖狐族に出会ったんだ。そして、その妖狐族は親父に大量の野菜を渡して桃だけを持って立ち去った。せめて礼を言おうとしたけれど、あまりの速さにすぐに見えなくなった。そのお陰で多くの人が救われたんだ」


 ミスラが尋ねたのでレンが答えた。

 実はレンが森にいったのも、その伝説の妖狐族が現れてまた助けてくれるのではないかと思ったからだそうだ。

 いい話だな。

 アムの母さん、自分の村だけでなく周りの村も助けていたのか。

 レンなんて、「十五年前はアムさんの母さんに、そして今回はアムさんの主人に助けられるなんて……」となにやら運命を感じて涙を流している。

 すると、アムが小声で言う。


「母が後で言っていました。調子に乗って食べられる野菜や果物の魔物を狩り過ぎたけど、持ちきれないから、たまたま森にいた男に押し付けたと」

「それって照れ隠しじゃ?」

「本当に村に譲るのであれば、ダンジョンの入り口で押し付けたりなんてせずに、村まで一緒に運んでいます。運ぶのが面倒だったからとしか考えられません。母が持ちきれないって言うほどの野菜を、たまたま通りがかっただけの男性が一度に持って帰られるわけがありませんから」


 ……美談が台無しだなぁ。

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