第55話 瞑想技能は煩悩退散のあとで

「さて、今日は挨拶のついでに食糧を届けにきたんですけど、受け取ってもらえるでしょうか?」


 俺がそう言って食糧を取り出すと、村人たちの顔に期待に満ちた笑みが浮かんだ。

 ただ、村長のエルマだけは申し訳なさそうな顔をして、


「我々にはその支援をいただいても何もお返しできないのですが」

「問題ありません。困ったときはお互い様――というのが私の故郷の言葉です。とりあえず、物資を取り出しますので」


 俺はそう言って、まず町で買ってきた小麦粉のうち半分を置く。

 さらに、村で採れた野菜、ミケが作ったビール、それと――


「井戸の水は無事ですか?」

「もう枯れかかっていますがまだかろうじて使える状態です」

「そうですか。では、案内してもらえるでしょうか?」


 俺たちはエルマさんについていく。

 井戸の水がどれだけ入っているのかはここからだと見れない。


「――ミスラ」

「……任せて」


 彼女はそう言うと杖を使い、


「……水よ、顕現せよ」


 と魔法を唱えると杖の先から水が噴き出した。

 一回の放射で数十リットルくらいの水が出るらしい。


「彼女がこのように20回くらい水を出してくれます。ああ、水を汲むのが面倒な人は家から水瓶か空樽を持ってきてください。あとで入れておきます」

「……研究の成果。私の魔法の水、飲み水にもなる」


 村人たちが慌てて自分家から水瓶を持ってくる。

 普通の魔法の水は味が悪いらしい。

 ミネラルとかまったく含んでいないのが原因なのだとか。

 ミスラはそういうのも研究し、飲み水に適した魔法の水を作れるようになったらしい。

 そういえば、彼女の家って水瓶どころかコップすらなかったからな。

 もしかしたら魔法で水を作って、直接飲んでいたのかもしれない。

 

「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」

「いえいえ。まぁ、うちの元村長の奥さんがこの村の出身だと聞いたので――」

「はい。私の妹です。あの、元村長ということは、ガモンさんは……」

「あ、死んでません死んでません。副村長としていまも元気に頑張ってます。そうでないと村長の俺が自由に身動きとれませんから」

「あら、私ったら勘違いしちゃって……」


 なんでも、村長が代替わりをするのは、大半の場合、村長が死ぬ、働けないほどの病気を患う、もしくは村民から反感を抱かれて追放されるかのどれかがほとんどらしい。

 若い子供に世襲させるなんてことはあまりないのだとか。

 というのも、村長は相談役みたいな立場がほとんどなので、年よりの方が知識が豊富だと思われている。

 亀の甲より年の劫ってやつだ。

 俺みたいな若い奴が村長に就任するなんて、本来はあり得ない。


「さて、食糧の支援はこれで終わりですが、実は昨日、このミスラの歓迎会を村で開きまして、大量に料理を作ったんですが、半分以上余ってしまったんですよ。その料理を持ってきたので――」


 と俺が言うと、アムが食事の入った器を次々に地面の上に置いていく。

 いくら食器に入っているとはいえ、レジャーシートも敷いていない地面の上に食べ物を置くなんて――って思うかもしれないが、この地域の祭りでは食事の入った器を地面に置くのは普通のことだらしい。

 特にこういう祭りでは。


「全部完食しないとうちの料理人ポチが拗ねちゃうかもしれないんです。食べきるの、手伝ってもらえますよね?」


 村人たちから感謝の喜び、ではなく涙があふれた。


「本当にありがとうございます……このままでは私たちは村を枕に息絶えるしかないかと思っていたのです」


 大人たちがその光景を夢見る中、小さな子供が飛び出して、パンを食べようと手を伸ばし、母親に止められていた。


「ああ、子供もお腹を空かせていることですし、食事を始めましょう。ミスラ――」

「……私はお肉」

「井戸に水を入れたら畑に水を撒こうな」

「…………ぐぅ」

「明るいうちに済ませたいんだ。魔法をいっぱい使えば、自然魔法の技能が身に付いて魔力が上がるはずだぞ」

「………………任された」


 間が長かったな。

 でも、安心しろ。

 蛇肉も大量に持ってきてるから、無くなったら俺が追加で焼いてやる。


 幸い、大病で苦しんでいる人はいなかったので万能薬の出番はなかった。

 村人から、今日の料理を全部食べずに持って帰って家に保存してもいいかという質問があったので、食べきれない分は一度収納して、明日の朝もう一度出すから、今日持って帰るのはやめてほしいと頼んだ。

 支援物資を届けたはずなのに、それが原因で食中毒になったとか言われたら目も当てられないからな。


「私には特別な力がありまして、畑に祈りを捧げ力を与える能力があるのです。この村の畑にも祈りを捧げさせてもらってもいいでしょうか?」


 太陽が完全に沈み切る前に、俺はそう提案をした。

 もちろん、断る村人は一人もいなかった。

 ミスラが水を撒いている隣で能力【天の恵みⅠ】を使う。

 あ、農業技能のレベルが上がった。


 その日は村の空き家に泊めてもらうことになった。

 床に藁で編んだ布団を敷いているだけの部屋だったが、この村の寝床はだいたいこんなものらしい。


「……ふふふふふ」


 ミスラがステータスを見て不気味な笑みを浮かべている。

 どうやら、自然魔法と杖術の技能が二つも生えたらしい。

 魔力が8も上がっていると喜んでいた。

 魔力の上昇が命題の彼女にとって、たった一日でここまで魔力が上がるのは喜ばしいことだろう。


「もっと魔力が上がる方法があるんだが、やってみないか?」

「……本当に?」

「ああ。こういうポーズで座禅を組んで、目を閉じ、心を無心にするんだ。何も考えない。でも寝てはいけない」

「……何も考えないのに寝ない? 難しいけどやってみる」


 彼女はそう言って俺と向かい合い、同じように座禅を組む。


「私もまたやってみてもいいでしょうか?」

「ああ、やってみてくれ」


 アムは以前も試したのだが、瞑想技能は覚えられなかったが、単純に覚えにくいだけかもしれない。

 試すのは無料だし、技能関係なく精神の鍛練にもなりそうだからな。

 さて、俺も瞑想をするか。


 と俺は頑張るアムとミスラを見て――驚愕した。

 ここまで敢えて言わなかったが、二人はスカートだ。

 それもロングスカートではなく、短めのスカートである。

 短めのスカートの女の子二人が真正面で座禅を組むとどうなるか?


 どんな状況だったかは、睡眠前にミスラは瞑想技能が2になったが俺の技能は全く成長しなかったことから察してほしい。

 アムも瞑想技能はやっぱり生えなかった。

 彼女は魔法技能とは相性が悪いようだ。

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