第54話 食糧提供はMPK通報のあとで

 村を襲っているのは細長い木の魔物だった。

 木の魔物は若い男を追いかけているようだ。

 村の方では防戦の準備もできていないので、囮による誘い込みではないのは明らかだ。

 ヤンガートレントのいる森まで結構距離があるそうなので、トレイン行為だとしたら是非スカウトしたいくら優秀だったが、違うようだ。

 俺とアムは男とヤンガートレントの間に割り込み、


「ここは任せて逃げろ!」


 と言うと、男は「わかった!」と礼も言わずに一目散に逃げていく。


「ご主人様、これはヤンガートレントですね」

「トレントの若木だな」


 ここからさらに南にいった森に生息する魔物で、普通なら森から出てくることはないらしい。

 アムが言うには、あの男がヤンガートレントの縄張りを荒らしたのだろうとのこと。

 だからといって、このまま放っておけば村に被害が出るのは明らかだし、ここで倒してしまおう。


「アム、行くぞ。ミスラはサンダーボルトで応戦してくれ。木材が勿体ないからファイアボールや火の魔法は使うなよ!」

「……わかった」


 トレント系の魔物は、倒すときに伐採の技能が成長するというちょっと面白い特性のある魔物だ。

 そして、ドロップする素材の木材は、拠点の施設のレベル上げにも必要になる。

 ただし、火の魔法でトドメを刺してしまうと、木材ではなく木炭になってしまうので注意が必要だ。木炭は木炭で、錬金術の素材になる。

 確か、トレントによる襲撃イベントは蒼剣にもあり、一体も炎属性でトドメを刺さずにクリアという達成条件があった。

 これが襲撃イベントになるかどうかはまだわからないが、いまは木炭より木材の方が役立つので火属性は厳禁で行く。


「サンダーボルト!」


 ミスラが魔法を放つ。

 まだレベルが低いので威力が低く、一撃では倒せないが、弱ったヤンガートレントに対してさらにサンダーボルトの魔法を放つと、息絶えた。

 アムが短剣で別のヤンガートレントの枝による攻撃を捌いているが、枝を切るのも難しそうだ。


「アム、いまは長剣を使え! 短剣だとダメージを与えにくい!」

「畏まりました!」


 アムが道具欄から取り出した二本の剣に持ち替えて攻撃をしようとするが――


「ファイアソードでトドメを刺すんじゃないぞ!」

「かしこまりました」


 アムは器用に戦った。

 ファイアソードは炎属性の剣であり、植物系の魔物に対して高いダメージを与える。

 彼女はそれで枝だけを倒し、枝を全部切り終えたら剣を持ち換えて鋼鉄の剣とリザードマンの剣で戦う。


 と俺も認めてばかりはいられない。

 聖剣を蒼石の斧に持ち替えて戦う。

 紅石の剣は火属性だし、それ以外は威力不足だ。

 斧による攻撃は強力だ。


 スコーンと良い音がして一撃で倒せた。

 久しぶりに出たな、クリティカル。

 それがきっかけだったのか、ヤンガートレントが撤退を始めた。

 アムが追撃をしようとするが、

 

「追いかけなくていい。ミスラも杖を収めてくれ」


 と言って、これ以上の攻撃をやめさせた。


「どうしてですか?」

「ゴブリンの時と違って、今回の場合、ヤンガートレントは被害者だろうからな」


 俺も斧を消して村に向かった。

 さすがに俺たちが村に到着したときには、村人たちも今回の騒ぎに気付いていたらしく、大勢の人が集まっていた。

 村人の数は三十人程か。


「北のガモンの村で新しく村長に就任したトーカと申します。エルマの村はこちらであっているでしょうか?」

「私が村長のエルマです。この度は村を救ってくださりありがとうございます」


 そういって村人の中から出てきたのは一人の女性だった。

 三十代後半から四十代前半くらいだろうか?

 少しやせすぎている気がするが、それは村人全員に言えることだった。 

 途中で見た畑の作物もやせ細っていたし、村の作物があまり育っていないのだろう。

 飢饉にあることは間違いない。


「えっと、そちらの方。もしかして、ヤンガートレントの若果実をもぎ取りましたか?」

「……あぁ、その通りだ。親父の弓矢を持ちだしたが全然獲物が獲れず、魔が差した」


 ヤンガートレントの若果実は、言うなれば食べごろになっていない酸っぱい果実のことだ。

 食べたことがないが、ゲームの情報ではリンゴに似ているらしい。

 最初は緑色で熟すと赤くなる。

 ヤンガートレントは赤い木の実を採られても怒ったりしない。というのも、その種はトレントの種であり、それを人間や動物に運んでもらうことで、遠くに自分の種を運ぶ可能性があると信じているからだ。

 だが、熟す前の緑色の木の実を採られるのを酷く嫌う。

 何故なら、熟す前の緑色の木の実は種の部分も未成熟であり、それを遠くに運ばれてもちゃんと発芽する確率が低いからなのだ。

 だから、緑の果実を奪ったあの男を敵とみなし、森からここまで追いかけてきたのだろう。


「二度としないでくださいね」

「ああ、もうトレントの緑の果実は採らない」

「違います。トレントを引きつれた状態で村に逃げようだなんてしないでくださいって言ってるんです。あなたが村に逃げ込んだとして、俺がいなければこの村は全滅していた可能性もあるんです」


 俺がそう言うと、ミスラが小さな声で「……魔物の引きつれ行為によって滅んだ村は過去にも何度もある」と説明する。

 MPK(魔物を引きつれて逃げ回り、巻き添えで他の人を殺す行為)ダメ、絶対。

 ネットゲームをする人間の最低限のマナーだぞ。

 ゲームによっては悪質と判断された場合、通報からのアカウント凍結だってありえる。

 運営への通報はできないので、とりあえず他の村民への通報をしておいた。

 彼の処罰は村の人間に任せよう。


「…………俺はただ、みんなに食糧を届けようと……いや、みんなすまなかった」


 狩人の男はそう言って他の村人に謝罪した。

 若気の至り、いや、焦りだったのだろうな。

 あぁ、空気が少し重くなったな。

 俺は説教をするためにこの村に来たわけじゃない。


「さて、今日は挨拶のついでに食糧を届けにきたんですけど、受け取ってもらえるでしょうか?」


 俺がそう言って食糧を取り出すと、村人たちの顔に期待に満ちた笑みが浮かんだ。

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