第52話 大々的な発表は歓迎会のあとで
ゾニックが俺とミスラを見て、「えぇ?」と声を上げた。
「聖者様、町での用事って女の子を買うことだったのか? でも、さすがにこんな小さい子は倫理的にアウトだろ」
と呆れている。
「買ってないし、そのために町に来たんじゃない」
「ご主人様は紳士です。失礼な考えはやめてください」
「……ミスラは十八歳。倫理的にはセーフ。むしろ遅い方」
ミスラは余計なことを言うな。
誤解は解けたのか、とりあえずゾニックが買ってきた小麦と岩塩、そして薪を道具欄の収納する。
そして村に戻ることにした。
途中、一度野宿をし、翌日には村に到着。
いやぁ、流石に疲れるな。
周囲で畑の水やりと収穫作業、そして開墾作業をしていた村人たちから声を掛けられる。
「聖者様、おかえり!」
「ゾニック、野菜は売れたのか?」
「聖者様、女の子買ってきたのか?」
「聖者様、今夜酒を飲みに行くってミケに伝えておいてくれ」
相変わらず距離の近い挨拶に戸惑いながらも、俺は「ただいま」と挨拶をして家路についた。
家の裏にあるゴールデンコーンとぶどうがもうすぐ収穫ってところまで育っているのが目に入った。
明日はポチに頼んで葡萄ジュースでも作ってもらおうかな?
「……ここがトーカ様の家?」
「そうだ。とりあえず、ポチを紹介するよ」
「……ポチ?」
俺はポチを紹介した。
「はじめまして、コボルトビルダーのポチなのです!」
どうだ、このもふもふと愛くるしさ。
きっとミスラももふもふしたくなることだろうと思ったら、怪訝な表情で俺を見る。
「……このコボルト、従魔契約してない。大丈夫?」
「従魔契約? 俺の言うことを聞いてくれるけど?」
「……従魔契約は人間と魔物の間に交わされる契約魔法。特に従魔三原則は必須」
第一原則「従魔は主人の命令に従わなくてはならない」
第二原則「第一原則に反しない限り、主人及びその財産を守らなければならない」
第三原則「第一原則、第二原則に反しない限り、人間及びその財産に危害を加えてはならない」
これが従魔三原則というらしい。
なんか、ロボット工学三原則に似ているな。
少し内容が違うけど。
ロボット工学三原則の最初は、人間に危害を加えてはならないが絶対で、これが最上位の命令だった。
ただ、この世界だと盗賊などから守ってもらう必要もあるので、主人の命令次第では人間を殺す必要も出てくるのだろう。
いや、それ以上に戦争などに使われるケースもあるに違いない。
「……私は契約魔法が使えるから相手が契約魔法に掛かってるかどうかわかる。そのままにしておくのは危険」
「大丈夫だ。ポチは女神アイリス様から与えられた神獣のようなものだ」
「……女神アイリス様に? そう、トーカ様は勇者だった……失念。ポチさん、ごめん」
「気にしてないのです」
ポチは心が広いからよかった。
ミケのことも事前に説明しておくか。
でも、契約魔法が掛けられているのかわかるのか。
「じゃあ、アムに掛けられている契約魔法も最初から知ってたのか?」
「……知ってる。奴隷契約」
「それって、ミスラ以外にもわかる人は多いのか?」
「……契約魔法か看破の能力の使い手ならわかる。五百人に一人くらい。能力がなくても、首の後ろの印を見られたらわかる」
多いのか少ないのかわからない数だな。
そもそも、魔法を使える人がそれほど多くないのだろう。
村でも使える奴はいなかったし。
……ん?
「なぁ、呪いで操られている人も見抜くことができるのか?」
「……呪いのレベルによる。呪いのレベルが高いと内容まで見抜くのは難しい。でも、呪いが掛けられているかどうかは気付くことができる」
だったら、メンフィスやゴブリンキングように操られている人間や魔物がいたら、ミスラなら見抜くことができるってことか。
それは助かる。
「あるじ、お風呂ができてるので、入っちゃうのです。それと洗濯物はちゃんと洗濯籠に入れるのですよ?」
「わかってる。あー、でも俺はすることがあるから、悪い。今回はアムとミスラ、先に入ってくれ」
「わかりました。ミスラ行きますよ」
「……ご主人様、魔導書は?」
「ポチに預けておくから、風呂からあがって髪の毛乾かしてからな」
俺はそう言って、二人を見送る。
そして、棚に移動。
とりあえず、今回手に入れた道具を全部棚の中に収納。
「ポチ、シナモンは渡しておいていいか?」
「今は使わないので冷蔵庫に入れて欲しいのです」
「了解。あ、魔導書、棚の中に入れておくからミスラがお風呂から上がったら三冊とも渡してくれ」
「かしこまりましたのです」
「ああ、それと今晩はミスラの歓迎会を村でしたいと思ってるから、食事を用意できるかな?」
「任せるのです」
ポチは頼もしいな。
俺は棚の中から子ヤギと子牛を棚から道具欄に出して、散歩に行くと言って家を出た。
子牛と子ヤギを道具欄から外に出す。
「よしよし、いい子だな。大人しくするんだぞ」
ずっと棚の中に入れっぱなしだった。
棚の中に入っている間はどうなってるかわからないが、散歩くらいはさせてあげようと思ったのだ。
子ヤギと子牛が逃げようとしたのならすぐに取り押さえる準備もしていたのだが、二頭は特に暴れることもなく、俺に頭を垂れた。
鶏は逃げられたらどうしようもないので、牧場を早めに作ってやらないと。
二頭を引きつれて、酒場の扉をノックする。
ミケが出てきた。
昼間から飲んでいるのか、少し酒臭い。
「ボス、おかえりにゃ。子牛と子ヤギを連れてどうしたのにゃ? 牧場がにゃいとヤギ乳も牛乳も取れにゃいにゃよ?」
「頼まれてた食材類は、家の冷蔵庫に入れてあるから好きに持って行ってくれ。米はなかったが、ライムはあったぞ?」
「ライムは助かるにゃ。種を勝手に畑に植えてもいいにゃか?」
「迷惑を掛けない場所でな。一応裏庭は全部天の恵みを使ってるから、そこなら好きに使っていいぞ。香辛料とかも育てられるなら育ててくれ」
「さすがボスにゃ」
ミケはそう言って家に向かった。
子牛と子ヤギを少し歩かせると、畑の一区画が雑草だらけになっていることに気付いた。
そこで、村のヤギも食事をしている。
ちょうどこの畑は休閑地らしい。
ゲームでも収穫を終えた畑は一日何も育てられず、雑草だらけになっている期間があったから、その時期のようだ。
「聖者様、手伝いにきてくれたのか?」
村長が尋ねた。
「手伝いって?」
「ここの雑草だよ。全部抜かないと明日から作物を育てられないからな。うちの山羊に草をたべさせてるんだ」
「結構草が残ってるが大丈夫なのですか?」
「ポチさんが言うには、むしろこの程度残しておいたら明日には枯れて土の栄養になるらしい」
「なんというかご都合主義な畑ですね」
そういうことならと、子牛と子ヤギにもここで食事をさせることにした。
ミスラの歓迎会の話になり、広場を使って盛大に行うと約束してくれた。
のんびりとした時間が流れる。
そして、太陽が少し傾きはじめ、そろそろ家に帰ろうかと思ったとき、村長が言った。
「なぁ、聖者様。村長になる気はないか?」
「いいですよ、別に」
「聞いた俺がいうのもなんだが、即答だな」
「だって、俺が村長にならないと不安なんですよね?」
俺は別に人間の機微に疎いわけではない。
一昨日の夜、ミスラが俺と一緒に寝ようとしたのだって、俺が好きだからではなく俺の従者という立場が彼女にとって生命線だからだ。
自分の価値を高めるために、その身体を差し出そうとしたのだろう。
村長だって同じだ。
彼らにとって、俺の価値は高い。
俺がここからいなくなれば、畑がどうなるかもわからないし、アムが一緒に出ていくのなら防備の面でも不安が残る。
きっと、ゾニックから俺が得たお金について聞いたのだろう。
その金があれば、この村にこだわらなくても他の町で大きな家を買って暮らすことができる。
そんなことになるのなら、村長という役職を押し付けて村に定住してもらいたい。
そう願っているのだろう。
俺だって、この村が好きだ。
これでも結構気に入ってるし、拠点だってある。
なら、ここで俺の立場をはっきりさせるために、村長を押し付けられそうになったら引き受けようって思っていた。
ただし――
「村長が副村長として今まで通り仕事をしてくれるっていうのなら――ですけど」
「それって本当にいままでと変わらないな」
「あたりまえですよ。あ、でも村長になったら俺、敬語使いませんよ? タメ口で話します」
「その方がありがたいよ。あぁ、でも敬語をちゃんと学ぶくらいはしないとな。前に貴族様が来たときはさすがに覚えないといけないって思ったよ」
「だったら、うちのミケを練習相手にしてください。ミケの機嫌を損ねたら酒場出入り禁止だって言えば、敬おうって気になるでしょ? 村長や聖者を相手にするよりも」
「はは、ちげぇねぇ。酒場のマスターはここでは天下人だな。あ、天下猫か」
村長がそう言って笑った。
その日の夜、村人たちが集まりミスラの歓迎会を行ったのち、俺の村長就任が大々的に発表された。
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