第44話 商品の買い取りは国境を越えたあとで

 町に行くといったら、ミケとポチに注文を頼まれた。

 ポチが欲しいと言ったのは、香辛料類。

 調味料は「さしすせそ」は全部使えるが、胡椒や生姜、唐辛子などが一切使えないので困っているそうだ。

 ミケに頼まれたのは主に酒に使う食材だ。

 いろんな種類の果物を希望している。さらに、先ほどの香辛料と被るがシナモンなどもお酒には重要なため欲しいとのこと。

 ついでに、ピンガを売ってきてほしいと言われた。

 自分のお酒がどのような評価を受けるか気になるそうだ。

 ピンガは大樽から、村にあった小樽を買い取り、それに入れ替えて、道具欄に収納する。

 小樽は一つ50リットルくらいの酒が入るから、十個で500リットル――重すぎる。

 まぁ、道具欄に入れて運ぶから問題ないか。

 ビールはいいのかと尋ねたら、「ラガーは冷やしてこそ美味しいにゃ。あっちに冷蔵庫があるとは思えにゃいから今回はパスにゃ」と言われた。

 お使いを頼まれる代わりに、ミケには家の裏で育てている葡萄とゴールデンコーンの世話を頼んだ。

 お酒が掛かっているから、ちゃんと世話をしてくれることだろう。


 その日の夜はアムといっぱいいちゃついた。

 宿がどんな場所かわからないし、道中の野宿も同行者がいたらやっぱりいちゃつけないからね。


 そして、翌朝。

 待ち合わせの場所にいくとゾニックがいた。

 荷車には野菜が入った籠や穀物袋の入った袋がいっぱい入ってるが、荷車を曳く馬がいない。


「こんにちはゾニックさん」

「こんにちは、聖者様。じゃあ行きましょうか」

「行くって、えっと、馬は?」

「ははは、そんなものありませんよ。俺が引っ張っていきますので」


 おいおい、いくら荷車があるといっても人の力では大変だぞ。

 一馬力の仕事をするには人間四人が必要だっていうし、俺たちが手伝っても荷が重い。あ、文字通りか。

 黙っていてもらうことを前提に、収納能力のことを打ち明け(本当は道具欄だが)、野菜と穀物、荷車を全部収納した。


「いやぁ、聖者様に来ていただいて助かったしたよ。思ったより楽できそうだす」


 ゾニックはそう言って歩いていく。

 相変わらず敬語がおかしい。

 言葉遣いを訂正しながら、三人で町を目指す。

 途中、敬語抜きで雑談をする時間を設けた。

 そういうことなので、俺も敬語抜きで話す。

 ゾニックは村の中では若手の二十歳で、敬語を使われるのは苦手らしい。


「そういえば、ゾニックはその町には行ったことはあるのか?」

「ああ、一回目は今の村――というか、村を作る予定地に向かう途中に立ち寄った。二回目はアムの母親と一緒にな。当時成人してなかった奴ら全員で、町がどんなところか知っておこうってなったんだ。自給自足でやってるが、いざとなったら町の奴らに手を貸してもらう必要があるのも事実だからな。三回目はアムが怪我した直後、冒険者ギルドに応援の要請にいった。金がなかったから断られたが」


 そういえば、最初に村に来たとき、ゾニックはいなかったような気がする。

 その時は村人の名前なんて全然覚えていないが、若者がいない村だと思った印象があった。

 つまり、商売として行くのは初めてということになる。

 無事に終わるだろうか?


 とりあえず、旅は順調に進んだ。

 一回野宿を挟んだ。

 この辺りは夜になると魔物も出るらしく、交代で見張りをして寝る。

 俺のテントはひとつしかなかったが、ゾニックは焚き火の前で寝てくれた。

 俺と同じテントで寝るのは構わなかったが、アムと二人きりで寝かせるのは嫌だったから助かった。

 ゾニックのことを信用していないわけではない。

 独占欲が過ぎると思われるかもしれないが、アムの寝顔は今は俺だけのものであってほしかった


 そして、翌日、目的の町に到着する前に、大きな谷にある国境門にやってきた。

 この門の向こうがトランクル王国だ。

 門が見えたので、収納から荷車と荷物を出して移動する。

 手ぶらで、「物を売りに来た」と言っても信用してもらえないだろうからな。

 衛兵に止められ、要件を聞かれる。


「西のガモンの村から来た。売りものは野菜と蕎麦、それと酒だ」

「荷を拝見させてもらう」


 ゾニックの言葉を聞いて衛兵が荷を確認する。


「最近は日照り続きで不作だと聞いていたが随分と品質がいいな。酒……まぁ、麦酒か何かか? いいだろう。関税として2000イリスいただく」


 2000イリス!?

 作物の関税らしいが、それって高いんじゃないか?

 道中、ゾニックが言っていた値段だと全部売れても3000イリスにしかならないって言っていた。

 酒の関税については、100イリスが相場だろうってミケが言っていたのに。


「おっと、出し忘れた。これはクリオネル侯爵家からの紹介状だ」


 ゾニックがそう言って書状を出して見せると、男は不機嫌そうな顔をして、200イリスだと金額を変えた。

 ゾニックが200イリス支払うと通行が許可された。


「なんで2000イリスが急に200イリスに下がったんだ?」

「200イリスが正規の値段だからだよ。侯爵家に紹介された人間にボッタくりの値段を提示できないだろ?」

「なっ」

「まぁ、今回のは露骨だったがな。あそこで酒の一瓶でも出せば500イリスには値引きできたと思うぞ」

「それでも倍以上じゃないか。酷いな」

「まぁ、俺たちは国の庇護下にはない余所者だからな。その余所者がここを通って何か問題を起こせば、門を通したあいつらの責任にもなる。だから、本当なら誰にも門を通ってほしくない。門を通らせるのなら、少なくとも見返りは欲しい。だから、値段を高く言って、賄賂を貰ったり差額をポケットに入れるのが黙認されているのさ」


 あぁ、だから男は不機嫌そうだったのか。

 貰えるはずの賄賂が全くもらえないから。


「ハスティア様に相談して、紹介状を書いてもらってよかったよ」

「よく書いてくれたな。どうやって交渉したんだ?」

「村に迷惑をかけた詫びだって言ってな。メンフィスが何か言いたそうにしてたから、きっと貴重なものだと思うぞ」


 ゾニックはその価値があまりわかっていない様子で雑に紹介状を鞄に入れた。

 アムが言うには、侯爵家の押印の入った紹介状は、大きな商会が大金を支払いでもなければ書いてもらえないそうだ。

 そして、荷車をもう一度収納したあと、ようやく目的の町に到着する。


 周囲を壁に囲まれた都市――城郭都市だ。

 こういうのを見ると、異世界に来たって気になるよな。


「いやぁ、凄い立派な城壁だな……ん? でもあの城壁、おかしくないか?」


 城壁が町の内側と外側の二箇所あるのだが、内側の城壁の方が高い。


「内側の城壁はダンジョンから魔物が溢れたとき、外に出るのを防ぐために造られたそうです」

「ああ、なるほどね」


 ダンジョンがあるってのはこういうことか。

 とりあえず、俺たちは荷車を取り出し町の中に入った。

 町に入る時に身分証の提示を求められたが、今回も侯爵家の手紙ですんなり中に入る事ができた。

 マップで町の様子を確認する。

 人口は2000人ほど……かな?

 町の中に薄い赤と赤のマークがいくつかある。

 アムが言うには、そのあたりはスラム街らしいから犯罪者だろうか?

 そこには近付かないようにしよう。


 俺たちはそのまま門の近くのポットクールの店に入った。

 店は周囲の建物より大きく、立派だ。

 ポットクール、かなりやり手の商人らしい。

 中は店というよりは事務所のようだ。

 たぶん、商品を売ったりする場所は別にあるのだろう。


「いらっしゃいませ。ポットクール商会へようこそおいでくださいました。今日はどのようなご用件でしょうか?」


 老紳士と思えるスーツを着た男が俺たちを出迎えた。


「こんにちは。西のガモンの村から来た。ポットクールの旦那はいるか?」

「すみません、ポットクール会頭は不在です。要件なら私がお聞きします」

「そうか。野菜と穀物、そして酒を売りたい」

「かしこまりました。では、査定を行いますので、着いてきてください」


 彼は他の従業員たちに仕事を続けるように言い、俺たちを案内してくれる。

 ところで、さっきから出てるガモンの村って、それが俺たちの村の名前だったのか? とアムに小声で尋ねたら、村にはまだ名前がなく、ガモンは村長の名前らしい。

 村長は村長としか認識していなかった。

 と話が終わったところで、スーツの男が一言俺に言う。


「あなたが聖者のトーカ様ですね。会頭から話は伺っております。先日は高品質の魔法薬を卸していただき感謝しております」


 なんでわかった――と尋ねそうになったが、そういえばアムがここに剣を取りに来たことがあるから、彼女の顔は知っていただろう。

 そして、アムが俺の奴隷になったことを知っていれば、おのずと俺がアムの主人の聖者であると想像できる。


「いえいえ。あ、今日はこれらの他に、買い取ってもらえるものは買い取ってもらってお金にしたいので協力してもらえますか?」

「もちろんです。お金になるのは法を犯すもの以外なんでも買い取るのがこのポットクールのモットーですから」


 裏の倉庫に案内された。

 そこで野菜と穀物、そして酒を見てもらう。

 野菜と穀物は品質がとても良く、通常の倍以上の値段で買い取ってもらうことができ、ゾニックはほくそ笑んでいた。

 問題は酒だった。


「こちらの酒、見たことがありませんね」

「ピンガというお酒です。これはそのお酒を造った人が、査定する人の試飲用にと持たせてくれたものです」

「頂戴いたします」


 彼女はそう言うと、小樽の中の酒を一滴手の甲に落とし、それを舐めた。

 それだけでわかるのか?


「これは酒精の強い酒ですね。このまま飲むよりは果汁を入れた方がよさそうですが、しかし、いやはや素晴らしい酒です。原材料を伺ってもよろしいですか?」

「砂糖水だそうです」

「砂糖ですか。そのような貴重なものでしたか……ならば一樽5000イリスで買い取りましょう」


 おっ、これは凄いのか?

 と聞いたら、ワインが一樽1000イリス、エールは一樽500イリスが相場らしい。

 小樽はだいたい50リットルくらいだから、一リットル100イリスか。

 結構な値段になったな。

 

「でも、いいんですか? えっと、鑑定とかできませんよね? 俺の言葉を全部信用して値段を決めちゃっても」

「ええ。申し遅れましたが、私はこの支部の支店長を任せられておりますアルフレッドと申します。ここでの値付けは私に一任されておりますので問題ありません。それに、私には虚実看破の能力があるので、聖者様が嘘をついていないことがわかるのですよ」


 うお、天然のウソ発見器人間だったのか。


「俺、何か嘘言ってませんよね」

「はい。お酒を造った人――と言ったときに少し反応しましたが、嘘というよりかは本人でも気づかないような些細な違和感レベルだと思いますので、嘘は一切仰っていませんね」


 酒を造ったの部分に反応……あ、人じゃなくて猫だったわ。

 本当に嘘を見抜く力があるんだな。

 アルフレッド……恐ろしい能力の持ち主だ。

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