第39話 勇者の名乗りは認められたあとで
メンフィスの沙汰は村人たちと話し合って決めることになった。
ゴブリンに襲われた原因は自分にある。
そう言えば、私刑を覚悟していたメンフィスだったが、村人たちからの裁定は無罪。というより、感謝の言葉の方が多かった。
二回目の襲撃のとき、メンフィスは村に残って村人とゴブリンを倒していたのだが、その時多くの村人がメンフィスに助けられたそうだ。
村を危険に晒したのはメンフィスなのだから、見事なまでのマッチポンプであるが、だからといって受けた恩を仇で返せるような人はこの村にはいなかったらしい。
それに、村から黙っていなくなったのも、黒い剣の呪いで村人を傷つけないためだったというのだから猶更だ。
それに、ハスティアの訓練を受けたお陰で彼らはゴブリンと戦うことができた。
それがなかったら、前のように畑が荒らされ、自分たちの無力さに打ちひしがれていた。
ハスティアへの感謝がさらにメンフィスに罪を課さないという意見に繋がったらしい。
普通ならそれでも怒る人はいるだろうし、なんなら怒ってないけど怒っているフリをして金品を要求したりするだろうが、この村の人たちはそんなことは一切しなかった。
敬語は使わないけどいい人なんだよな。
ハスティアもメンフィスも深く頭を下げて感謝していた。
そして、俺は彼女たちを家に招待し、順番にお風呂に入る。
メンフィスはともかく俺とアムとハスティアの三人はゴブリンの返り血塗れなのだから。
最初は二人で風呂に入るように勧めたのだが――
「いや、家主より先に風呂には入れんだろう。我々は聖者様とアムルタートの次でいい」
「ハスティア様の残り湯で何をするつもりだ。そのような破廉恥なことは断じてさせんぞ」
とハスティアに謙虚断られ、メンフィスにはあらぬ疑いを掛けられた。
直後、メンフィスの頭はハスティアに殴られていた。
恩人に向かってその態度はなんだと説教をされる。
「じゃあ、急いで入ってきますので」
「ご主人様、お伴致します」
「うん……お願いします」
一緒にお風呂に入ると言われて、少しドキっとしたがそれでも平然を装うことができた。
まぁ、一緒にお風呂に入るよりもっとすごいことをしているわけだからな。
ハスティアやメンフィスは特に何も言わない。
アムが奴隷だというのは知っているらしく、奴隷が主人の世話をするのは当然だと思っているのだろう。
スポンジでボディーソープを泡立てて背中を流してくれるのは気持ちいい。
それに、アムの違う一面も少し見られた。
いつもはふわふわの尻尾が水に濡れてしぼんでいた。
「その、濡れている尻尾はあまり見ないで下さい。少し恥ずかしいです」
裸を見られるより、濡れた尻尾を見られるのが恥ずかしいとは。
いやぁ、いいものを見た。
その後、ハスティアとメンフィス、そしてポチがお風呂に入る。
ポチにはお風呂の道具は魔道具だと嘘の説明をしてもらった。
どうやって水を出しているか、お湯を沸かしているかもわからないので俺にとっては魔道具みたいなものなのだが、ポチが言うには魔道具ではなく神具らしい。
「シャワーというのは気持ちいいものだな。我が家にも欲しいものだ。それに、ドライヤーというのも素晴らしいな」
「……お風呂はかくもすばらしいものだ。湯あみ着もなく一糸纏わず湯に入る文化、是非我が国にも取り入れてもらいたい」
ハスティアは風呂の気持ちよさを賞賛し、メンフィスは風呂の文化を賞賛していた。
トランクル王国ではお風呂には湯あみ着――服を着て入るのが普通なのか。
公衆浴場ってあるのかな?
確か、古代ローマではお風呂は一般的だったけれど、中世ヨーロッパでは一度その文化が多くの地域で途絶えたって聞いた気がする。
別の町か……少し見てみたいな。
「もっと早く知りたかった。明日の旅立ちが残念に思えるよ」
「明日、もう行くのか?」
「一週間という約束だったからな」
「そうか。勇者様と一緒にこの近くに来ることがあったら是非寄ってくれ」
「わかった。是非寄らせてもらう」
俺とハスティアはそう約束をした。
そして、四人で食事をした後、ハスティアは村長と何か話をするため、家を出た。
メンフィスもすぐに出るかと思ったら、俺のところに来る。
残り湯を貰いにきたのだろうか?
「……あなたにはお世話になりました、感謝しています。ハスティア様に聞きましたが、貴重な薬を使ってくださったとか」
「ああ、うん。別に構わないですよ」
「そうはいきません。大したお礼はできませんが――これをお渡しします。いざというときに路銀にしようと思っていたのですが、そのいざというときでしょう」
彼女はそう言って、純金ぽい十字架のネックレスを俺に渡した。
鑑定したら本当に純金だった。
「もちろん、これで釣り合うとは思っていません。残りは後日支払います」
「いや、本当にこれで――」
「あなたはよくても私の気が済みません。では、失礼します」
彼女はそう言って深く頭を下げると、ハスティアのあとを追って家を出た。
タダで手に入れた薬が純金のネックレスに代わってしまった。
「……メンフィスも悪い奴じゃなかったな。変態だけど」
「はい……ご主人様、よろしかったのですか?」
「なにがだ?」
「ご主人様が勇者であると教えなくても」
……そうだよな。
勇者が召喚された人間だというのなら、ハスティアの探している勇者は実は俺なのかもしれない。
「俺は身長四メートルないし、目は赤く光ってないし、頭には角が生えてないし、口から火を吐けないよ」
「背中に翼も生えていませんし飛べませんね」
「それに、勇者って自分から名乗るものじゃなくて、自分の功績を認められて他人から呼ばれるものだろ? だったら俺はまだまだ勇者じゃないよ。聖者ですら分不相応だって思ってるんだから」
さて、今日は疲れたし、寝るとするか。
本当に長い一日だった。
「私にとってトーカ様はご主人様であり、聖者であり、そして勇者だと思っています」
「……うん、ありがと」
そう言われると、本当に勇者にならないといけないな。
明日から、また修行のし直しだ。
すくなくとも、ゴブリンキングくらい一撃で屠れるくらい俺TUEEEな勇者になってやる。
女神アイリス様から貰ったゲームシステムの力でな!
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第一章はこれで終わりです。
ここまでお付き合いありがとうございました。
第二章は明日からになります。
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