第38話 解呪は膝枕のあとで

 ハスティアに剣の腹で思いっきり殴られたメンフィス、大きなたんこぶを作り、白目をむいて気絶しているが、多分生きているだろう。

 しかし、呪いの状態で正気を失っていながらも、殴られて膝枕される道を選ぶ意識が残っているとは。

 本当にハスティアの事が好きなんだな。

 それと、黒い剣だが、ゴブリンキングの時と同じだ。

 無くなっていた。

 今度は無くなる瞬間も目撃した。

 メンフィスが気絶して三秒後だった。

 どういう仕組みなのかはわからない。


「それで、聖者様。メンフィスをどのように治療をするのだ?」

「これを飲ませる」


 俺は道具欄の中にあった薬を取り出した。

 突然手の中に薬が現れたことについては、ハスティアは何も言わない。


「魔法薬か? しかし、呪いは回復薬では効果がないぞ?」

「回復薬じゃないよ。これは万能薬だ。怪我は治せないが、毒や麻痺、病気、毒などの状態異常を治すことができる」

「なんだとっ!? 待て、それが本当なら国宝級の薬ではないか!? それを使ってもよいのか!?」

「国宝級の薬とメンフィスの命、ハスティアはどっちが大事なんだ?」

「……愚問だったな。わかった。薬の代金は一生をかけて返そう」

「いらな……ああ、勇者様にあったらサイン色紙でも貰ってきてくれ。額に入れて部屋に飾りたい。トーカとアムルタートへって名前も入れてくれよ」

「む、確かにそれはいい考えだ。私も欲しいくらいだ。しかし、聖者様は畏まった敬語より、その方が自然な感じがしていいな」


 ……気付けば、俺のハスティアへの言葉遣いが敬語からため口になっていた。

 相手は貴族のお嬢様なんだし、不敬罪なんてことにはならないよな?


「咎めるつもりはない。その方が私も話しやすいからそうしてくれ。他の村人もそうしてくれているだろ?」


 いや、あいつらは敬語を知らないだけだと思う。

 俺のことを敬ってくれているが、ずっとため口で話される。


「いや、それより聖者様は私の命の恩人なのだから、私の方が敬語を使った方がよいな」

「貴族に敬語で話されるような悪目立ちはしたくない。メンフィスは助けたけど、ハスティアを助けてないぞ?」

「いいや、全てが終わったら私も死ぬつもりだった」


 こいつ、本気だ。

 本気でメンフィスを殺してから死ぬつもりだった

 なんだよ、その主従関係は。


「なるほど。その気持ち、理解できます。私もご主人様が死んだらこの命、共に天に捧げる覚悟です。ご主人様を死なせてのうのうと生き恥を晒すつもりはありませんから」

「いや、生きて! 俺の屍を超えていって!」

「私は奴隷ですから、ご主人様が亡くなって別の主人を持とうだなんて思いません」


 うわぁ、俺、絶対に死ねない奴じゃん。

 アムより一秒でも長生きしないといけないってことだろ?

 ハスティアは万能薬を受け取ると、その半開きになっている口の中に薬液を入れた。

 そして、首の後ろを確認すると、刺青が消えていた。

 やっぱり、あの刺青が呪いの証だったのだろう。

 地図のマークも赤から白に戻っている。


「いまから回復魔法を掛ける。呪いは解けてると思うが、注意してくれ」

「聖者様は魔力の剣や攻撃魔法だけでなく回復魔法も使えるのか……本当に万能だな」

「ご主人様ですから当然です」


 いやいや、アム、当然じゃないからね?

 回復魔法はつい先日まで使えなかったから。

 お前も知ってるだろうに。


「ヒール」


 魔法を掛けると、頭のコブが消えた。

 さて、後は呪いが解けているかどうかだが。


「ん……」


 メンフィスが声を上げ、その瞳に一瞬正気が宿った。

 ハスティアが安堵の息を漏らした直後、メンフィスはすぐに目を閉じる。


「おい、メンフィス、大丈夫か、メンフィス!」

「……………………」

「メンフィス!」


 ハスティアが声を掛けるが反応がない。

 これはもしかして――


「ハスティア、俺が膝枕変わろうか!」

「貴様、余計なことをするな」


 メンフィスが目を開けて俺を睨みつけた。

 やっぱり膝枕の時間を堪能したかっただけか。


「……メンフィス、無事なのだな?」

「ハスティア様……すみません。私……」

「記憶はあるのだな。何があった? 話してくれ」


 メンフィスは膝枕されたまま事の経緯を説明した。

 事件があったのは四日前――彼女がゴブリンの洞窟まで様子を見に行ったときのことだった。

 彼女はゴブリンのダンジョンに行き周囲を探っていると、洞窟から一人の男が出てきた。

 怪しい男だと思っていたが、直ぐに男に見つかり、声を掛けられた。

 彼女は少しでも情報を得るために話をしたところ、男のことを信用に足ると判断し、いろいろと話をした。


 彼にゴブリンキングをハスティアに退治させた方が彼女のためになると勧め、メンフィスもその気になった。

 そして、気付けば男はいなくなっていた。

 その後は、ハスティアにゴブリンキング退治をさせないといけないと必死になり、その弊害となる俺のことを疎ましく思っていたようだ。

 殺そうと考えたこともあったという。


 そして、ゴブリンキングを倒したとき、彼女の手の中に黒い剣が現れた。

 何故その剣が現れたのかはわからないが、メンフィスはそれが危険だと直ぐに悟った。

 意識が闇に染まるかのような感覚。

 このままでは村人を殺してしまうと思った彼女は、村から逃げ出した。

 そこからは俺たちの知っている通りだ。


「何故、ハスティアにゴブリンキング退治をさせようとしたんだろうな」

「剣を持っていたからわかる。あの剣は持ち主が死ねば、その恨みで強くなる。そういう邪の剣だ。ゴブリンキングを殺させた後、私に剣を持たせ、私にハスティア様を殺させようとしたのだろう。私を操ることで」

「…………私はまんまとその男の思惑に乗るところだったということか。じゃあ、その剣はその男のところに?」

「わかりません。もしかしたら、私のように別の持ち主の手に渡っているのかもしれません」


 それ以上の情報は得られなかった。

 いや、もしかしたらその男が、百獣の牙のリーダーだった男、アムの母親の仇なのかもしれないが、しかし情報が少ない。

 メンフィスはその男の顔を一切覚えていなかった。

 いまとなっては、本当に男だったかどうかも怪しいそうだ。

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