第37話 トドメを刺すのはリザルトのあとで

「メンフィス、その剣はなんだ?」


 ハスティアの質問に、メンフィスはゆっくりと視線を自分の手元に下げる。

 視線のその先、彼女のその手にはさっき消えたはずの黒い太刀が握られていた。

 大きさこそ、ゴブリンキングが持っていた剣より一回り小さくなって見えるが、しかしその黒い瘴気はあの時のまま。

 いや、あの時以上に感じる。


「ああ、これですか。これを持っているととても気持ちいいんですよ。ハスティア様、持ってみますか?」

「それ以上近付くな」


 ただならぬ狂気を感じたハスティアが剣を抜く。

 すると、さっきまで笑っていたメンフィスの顔は絶望にゆがみ、歯をカタカタと鳴らして自分の顔をひっかく。

 彼女の顔に爪のひっかき傷ができるくらいに強い力で。


「なんで私に剣を向けるんですか。私はただハスティア様の事を思ってるだけです。そう、ゴブリンキング退治を勧めたのだってハスティア様に早く勇者様のところに行ってほしいからですし、なのに約束だ約束だって言って聞かないから、私がゴブリンキングの呪縛を解いて自由に動けるようにしてあげたんじゃないですか。そうしたらゴブリンキングは絶対に恨みを晴らすために近くにいる村を襲うのがわかっていましたから。そう、全部ハスティア様のためにやっていることなんですよ」


 彼女は声を上げた。

 ゴブリンキングが村を襲ったのは彼女の仕業だっていうのか?

 俺は自然と剣を取り出す。

 彼女を示すマークは、白から完全な赤になっていた。

 しかし、俺にやれるのか?

 人を殺したことのない俺に。

 

「待て、聖者様。手を出さないでくれ。彼女は私の従者だ」

「しかし――」

「けじめは私がつける」


 ハスティアはそう言って前に出た。

 いいのか?

 何か見落としていないか。

 本当にこれが最善の方法なのか?

 最善……そうか、最善だ。


「ハスティア様、少し待ってくれ! ポチ!」

「はいなのです」

「襲撃イベントのリザルト結果! 俺に出してくれ!」




―――――――――――――――――――――

ゴブリン襲撃クエスト


クリア時間:43分02秒

討伐数454

村人被害0

―――――――――――――――――――――

 結構長い間戦ったと思ったが、一時間もかかっていない。

 それに、454体も倒していたのか。

 だが、いまはそんなのはどうでもいい。

 【達成ランクC】と【獲得拠点ポイント153ポイント】の項目が眼に入る。

 この二つは文字が大きいから意識しなくても視界の端に入ってしまうが、それもいまはどうでもいい。

 今気になるのはクエストの達成状況。


【達成:ゴブリンを400体以上倒してクリア】


 これじゃない。


【達成:ボスにファーストアタックを決める】


 これでもない。


【未達成:ゴブリンキングゾンビを倒してクリア】


 これじゃない……ってこれはなんだ? クリア条件がわからん。


【未達成:ボスにラストアタックを決める】


 トドメの一撃は俺じゃなくてアムかハスティアだったか。

 これでもない。


【達成:マザーゴブリンを四体撃破してクリア】


 マザーゴブリン、ちゃんと全員倒せたようだが、これでもない。

 無いのか? 俺が見たかったものは?

 諦めかけたが、最後にそれがあった。


【未達成:メンフィスの呪いを解いてからクリア】


 あった!

 前のリザルト画面でも、アムルタートの怪我を治してからクリアとかいう初見ではわからないものがあったが、今回もあった。


「ハスティア! メンフィスは何か呪いを受けている!」

「何だと⁉ 聖者様、それは本当か!?」

「ああ。だから殺すな! 生きて捕まえたらなんとでもする!」


 俺がそう言った直後、メンフィスが剣を振り上げて跳躍した。

 俺にめがけて。


「その汚い口でハスティア様と話すなっ!」


 その剣を受け止めたのはアムだった。

 彼女の二本の剣の交わる一点で黒い太刀を受け止めている。


「邪魔をするな!」

「ご主人様に指一本触れさせません」

「どけ、獣人風情が! 狐のくせに群れるな!」

「どきません!」


 彼女のその生んだ瞬間を俺も見逃さない。

 横に回り、剣を振る。

 しかし避けられた。

 ハスティアが後ろから斬りかかるも、それを避ける。

 掠ってローブの一部が破れただけだ。

 ゴブリンキングの時と同じ、まるで後ろに目があるかのような。


「ふふふ、ハスティア様と何百年付き合ってると思うんですか? そんな攻撃見なくてもわかりますよ」

「ああ、何百年と付き合ってるからわかるぞ。私の知ってるメンフィスは私の動きを理解できてもそんな風には動けない。それに、私の知ってる彼女は首にそんな素敵なものはなかったぞ」


 斬れたローブの向こう。

 現在のハスティアからは見えないだろうが、俺の位置からははっきりと見えた。

 首の後ろに刺青があったのだ。


「ご主人様。あれはゴブリンキングにあった刺青と同じです」

「……事情は呪いを解いてから聞いた方がよさそうだな」


 ハスティアの剣がメンフィスに届かないのは事実だった。

 実力差以上に大きな問題だ。

 本当にメンフィスはハスティアの動きを見切っているのだ。


「あはは、嬉しいです! 私、こんな風にハスティア様と踊りたかったんです。でも、悲しいです! ハスティア様はなんで私の気持ちに気付いてくれないんですか! こんなにも敬愛しているというのに」

「ああ、そこまで思ってくれていたのは気付かなかったな。いくらでも聞いてやる。だから、大人しく気絶しろ! 治してやるから!」

「嫌です! 私、今最高の気分なんです。気絶したらダメな気分なんですよ」

「気絶したら膝枕をして起きるまで待ってやろうと思ったんだが」


 そう言って振るったハスティアの剣はメンフィスの脳天に直撃した。

 ……大丈夫か? 気絶するだけでよかったんだけど、生きてるよな?

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