第36話 位置確認は狼煙のあとで
「村長。メンフィスさんはどこにいったんですか?」
「そう言えば居ないな。ゴブリンがいなくなるまではいたんだが」
俺の問いに、村長は周囲を見て首をかしげるように言った。
地図を確認する。
メンフィスはどこだ?
地図上にある薄い赤の点は逃げてるゴブリンだ。
あちこちに散らばっているが、この中にはいそうにない。
「聖者様。メンフィスがどうしたというのだ。まさか、ゴブリンに攫われたのか?」
「わからない。だが、メンフィスには妙な点があった」
俺はハスティアに、一昨日メンフィスと会ったときのことを話した。
地図上で敵を示す赤いマークになったという部分は、殺気を感じたと言い換えて。
それを聞いて、ハスティアは「そんな、メンフィスが」という反応をしたが、心当たりがあったらしい。
なんでも、三日程前から俺との約束を反故にしてゴブリンキング退治に行かせようとしていたらしい。
その方が村人たちも安心して暮らせるとか、勇者が待っているとか言って説得しようとしたが、ハスティアは俺との約束を優先するために断っていたそうだ。
その時は、メンフィスもいろいろと考えているのだろうと思っていただけだったが、いまにして思えば少し異様だったようにも思えるとハスティアは語った。
だが、メンフィスはどこに?
何か手掛かりは……と俺は地図を見る。
だが、メンフィスは地図の範囲外にいるようだ。
一体どこに――
「ご主人様、煙が上がっています」
煙?
そりゃ、ゴブリンを燃やしているんだし、煙くらい……って違う。
目の前のゴブリンではなく、もっと遠くに煙が上がっている。
あれはもしかして、狼煙かっ!?
「あっちに行くぞ」
「待て、聖者様。あの煙が合図だとして、一体誰が?」
「頼りになるもう一人の仲間だよ……いや、違うな。もう一匹の仲間だ!」
ポチからの合図だ。
ポチには、ここに来る前、メンフィスを見張っておくように頼んでおいた。
俺たちがいない間に彼女が何かするんじゃないかと不安だったから。
まさか村からいなくなるとは思っていなかったが、ポチの奴、ちゃんと尾行してくれたようだ。
狼煙か……もしかして、ポチの奴、自分の糞を燃やしたんじゃないかな?
それだったら狼煙じゃなくて犬煙になってしまうが。
しかし、今日は走ってばかりだな。
アムとハスティアの俊敏値は俺より高いので俺が全力疾走になってしまう。
疾走レベルがまた上がるんじゃないか?
俺はいいから先に行ってくれ。
マラソン大会で一緒にゴールしたいなんて思わないから。
ようやく狼煙が上がっていた場所にたどり着く。
はぁ、疲れた。
本当に疾走レベルが上がったよ。
いやぁ、限界って案外簡単に超えられるものだな。
疾走レベルが上がったおかげで、走ることでの体力消費が少なくなったのは幸いだった。
目印となった狼煙の火元は犬の糞ではなく、乾いた草や木の枝だった。
だが、そこにポチもメンフィスの姿もない。
「このまま進むか」
メンフィスは今来た道を真っすぐ進もうとする。
「……いや、あっちだ!」
ハスティアはこれまで通り真っすぐ東に向かおうとしたが、俺は北東に向かって走った。
「聖者様、わかるのか?」
「ああ、だいぶ近付いたから俺にはわかる。この先にポチがいる。この距離だと直ぐに追いつける」
地図にNPCを示す白いマークがあった。
ポチがまだ狼煙を上げていないのは、俺の地図表示の範囲を知っているからだろう。
ここまで来てくれたら、あとは地図表示で追いつけると。
そして、走る事数分で、もう一つの表示も現れた。
この状況から見てメンフィスしかありえない。
だが、なんだこれ?
表示が白くなったり赤くなったり点滅している。
こんなの、この世界でも、ゲームの中でも見たことがない。
「ポチ!」
「あるじ! 待ってたのです」
「君がポチか。私はハスティアという。挨拶もそこそこに悪いのだが、メンフィスはどこだ?」
「あっちなのです。でも、様子がおかしいのです」
様子がおかしいか。
それって、地図の表示だけのことじゃないよな。
ポチが見る先に歩く一人の影。
走っていない。
ただ、ゆっくりと歩いている。
俺たちから逃げようとしているのなら、こんなにのんびり歩いているはずがない。
普通ならメンフィスからもあの狼煙は気付いただろうに。
「メンフィス!」
ハスティアが叫んだ。
すると、メンフィスはゆっくりと振り返り、ハスティアの姿を見て笑った。
まるで子供がお母さんを見つけたときのような無邪気な笑み――いや、無邪気というよりも不気味な笑みで。
「……ハスティア様、来てくれたんですね。あはは、ゴブリンキングを倒したんですよね。さすがです。私の騎士様。私だけの騎士様。ハスティア様、本当に凄いです」
「メンフィス、貴様に聞きたいことがある」
「はい、なんですか? もちろんハスティア様の頼みだったらなんでも答えますよ。好きな人ですか? それはもちろん――」
「その剣はなんだ?」
ハスティアの質問に、メンフィスはゆっくりと視線を自分の手元に下げる。
視線のその先、彼女のその手にはさっき消えたはずの黒い太刀が握られていた。
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