第35話 勝ち鬨は疑念のあとで
うつ伏せに倒れているゴブリンキングの首にあったはずの刺青がない。
アムの母親の仇を示すはずのその刺青が。
もしかして、手前側にあるのかと思ったが、戦いの途中にそんなもの見なかったし、なにより刺青を首の前側に彫るなんてするはずがない。
「どういうことだ? 別の個体なのか? ゴブリンキングがもう一体いるというのか?」
ハスティアが困惑した様子で言う。
彼女の言う通り、この個体がアムの親の仇ではないというのなら、ゴブリンキングがもう一体いることになる。
「もしかして、内部分裂が起こったのか? 新たなゴブリンキングが生まれたから、ゴブリンの群れに内部分裂が起きて、新たなゴブリンキングが仲間を率いて群れを出たということかもしれない。だったら、ゴブリンキングがダンジョンから出てきたことも納得できる」
「……そういうことか……その可能性を考えてはいなかった。私の落ち度だ」
ハスティアが首を振る。
ということは、ゴブリンキング戦はまだ終わってない。
俺の拠点クエストも終わっていないことに――いや、拠点クエストはゴブリンキングを倒すことであり、どの個体かは明記されていなかったから、別にいいのか?
「別の個体ではありません。これは私の母の仇の魔物でした。少なくとも、ダンジョンで見た魔物とは同一の個体です。刺青こそありませんが、そこを見間違えるはずがありません」
「じゃあ、どういうことなんだ? 刺青が消えたっていうのか?」
「……そうなります」
そうなりますって、刺青は消えないためにあるもので。
いや、でも回復魔法があるこの世界なら、刺青を消す魔法なんてのも存在してもおかしくない。
刺青ではなくて、ただの絵の具だった――とかいう可能性ももちろんあるが、だとしたら逆にアムの母親が死んでからアムが見るまでの間消えなかったことの方がおかしい。
「…………!? 刺青の件もそうだがもう一つ気になることができたな」
ハスティアが何かに気付き、周囲を見回してから言う。
一体、今度は何だというんだ?
「ゴブリンキングが持っていた剣が無くなっている」
言われて俺も気付いた。
あの黒く禍々しい剣――それが消えて無くなっていたのだ。
ゴブリンキングが倒れたときは、確かにその剣は共に落ちていた。
それがいつの間にか消えているのだ。
消えた剣に消えた刺青。
謎が深まるかと思ったが、そちらについては問題を露見させたハスティアが自分で見当を付けた。
「やはり、あれは呪法の剣だったのかもしれないな」
「呪法の剣?」
「ああ。魔力の中でも呪いの力によって生み出された剣のことだ。聖者様の使う魔力の武器と似たようなものだな」
「え?」
「気付かないと思ったのか? 何もないところから石の斧や剣を生み出していただろう。本来、魔力の武器といえば生み出すには明確なイメージが必要なため、数種類の魔力の剣を生み出せる人間はほとんどいないのだが、さすがは聖者と呼ばれるだけのことはあるな。御見それした」
聖剣を生み出すところを見られたことは気付いていたが、魔力の武器なんてものがこの世界にはあるのか。
今度から聖剣を生み出すときは、魔力の剣だと言って誤魔化そう。
「呪法の剣は本来、ゴブリンには生み出せないものだ。アムルタート。君が以前見たときゴブリンキングはあの剣を持っていたか?」
「いいえ、持っていませんでした」
「となると、誰かが剣を与えたか? ゴブリンキングが呪法の剣を与えられ、刺青が消え、そしてネグラである洞窟を棄てて外に出た。そのどれもが繋がっている可能性がある……」
ハスティアがそう言ってうつむき、深く考える。
しかし、彼女は直ぐに顔を上げた。
「考えてもわからないな。それより村に戻るぞ。ゴブリンも全滅したわけではないだろうからな」
その通りだ。
ゴブリンキングは倒したが、ゴブリンから村を守り切るのが一番の目標だ。
俺たちは急いで村に戻った。
村の前にも、俺たちが村を出たときにはなかった戦いの痕跡があちこちにあった。
畑は無事のようだ。
畑から少し離れたところに巨大な焚き火のようなものがあり、村人たちがゴブリンの死体を運んでそこに投げ込んでいた。
ゴブリンの死体をそのままにしていたら、臭いにつられて狼や野犬がやってくるらしい。
それに、腐ったら衛生的にもよくないだろう。
死体を運んでいた村人たちの中で、一番目立つスキンヘッド――村長が俺たちに気付いて大きく手を振った。
「聖者様! ハスティア様! でかい声が聞こえたと思ったら、ゴブリンたちが急にいなくなって。もしかしてって思ったけど、やっぱりそうなんだよな? ゴブリンキングは倒したんだよな?」
期待に満ちた質問。
ゴブリンがいなくなったのは、ゴブリンキングを倒したからではなく、俺を狙うようにゴブリンキングが指示を出したからだろうが、ここで訂正するような無粋なことはしない。
「ええ、倒しました。俺たちの勝利です!」
俺がそう言うと、それを聞いていた村人全員が歓喜の声を上げた。
たった十人程度の声なのに、満員の武道館ライブに来たかのような歓声だ。
まるで刺青や無くなった剣のせいで素直に喜べなかった俺たちの分まで喜んでいるようだ。
一人が、「妻に報せてくる!」と言って村の方に走っていく。
終わったんだな――と一区切りを付きたかったが地図を見て俺は不思議なことに気付いた。
人数が足りない。
「村長。メンフィスさんはどこにいったんですか?」
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