第34話 切り札は火球のあとで

 ファイアボールを切り裂いたゴブリンキングのあの剣、一体なんなんだ?

 俺は鑑定をするが、


【ã?“ã?®ãƒ¡ãƒ¼ãƒ«ã?】


 文字化けして全然読み取れない。

 何かプロテクトのようなものが掛かっているのかもしれないが、しかし、それだけでもただの変な剣ではないという事実を俺に伝えていた。


 ゴブリンキングはハスティアと向き合う。

 左右に位置する俺とアムのことは無視しているわけではないが、本当に相手をするのは彼女一人だと感じたようだ。

 悔しいが、俺もアムも成長途中。

 ゴブリンキングの判断は正しいと思う。


 先に動いたのはゴブリンキングだった。

 その巨体とは裏腹に、素早い動きでハスティアに切りかかる。

 ハスティアはそれを剣で受け止めた。

 いや、剣ではない。彼女が受け止めたのは鞘だった。

 剣を抜いていない。

 最初からゴブリンがその太刀を振り下ろすと判断し、鞘に収めたままの剣を盾代わりに使ったのだ。

 剣を抜いていれば、両手で支えられない。

 片手だけではゴブリンキングの剣を受け止められない、そう判断しての行動か。


「悪いな、ゴブリンキング。私の剣術は騎士の剣ではない。勇者様を支えるための剣だ。簡単に屠れると思うなよ」


 そう言うと同時に彼女は手の中に隠し持っていた小袋を投げた。

 小袋の中身は砂、狙うはゴブリンキングの視力を奪うこと。

 ゴブリンキングは砂を振り払いその目論見は失敗したものの、しかしその隙をついて腹に一太刀を入れる。

 凄い人だな。

 騎士としての見た目、正々堂々一対一での立ち向かいからの騎士らしからぬ防御、そして目つぶし。

 昨日のフェイントといい、彼女は戦い方がうまいんだ。


 アムが背後に回って後ろから斬りかかるが、ゴブリンキングは右サイドに跳び躱す。

 まるで後ろに目が見えているのかと言わんばかりの動きだ。

 そして、二対一の戦いとなった。

 俺は側面に回る。

 ハスティアとアムがゴブリンキングから距離を取った。


「ファイアボール!」


 ここで火の魔法。

 ゴブリンキングはこちらを見ずに剣でそれを叩き斬るが、そのわずかな隙をついてハスティアとアムが斬りかかる。

 アムの一撃が入ったが浅い。

 ゴブリンキングの警戒はやはりハスティアのようだ。

 アムの動きは警戒はしているものの、最小限にしか避けないし、最悪その剣戟を食らってもいいからハスティア相手に無防備な体勢を取るまいとしている。


【キカヌ!】


 俺は三十秒動かない。

 二人の間に入っていけないのが腹立たしい。

 やきもきする。

 ファイアボールのクールタイムよ、早く終わってくれと願う。

 若干ハスティアが押され始めた。

 アムの攻撃は何度か入っているが致命傷にはなっていない。

 三十秒経過した。


「ファイアボール!」


 三度目のファイアボール、それもまたゴブリンキングは剣で振り払う。

 まるで俺が魔法を使うのをわかっているかのように。

 だが、次は違った。

 俺はファイアボールを打つと同時にそれを投げていたのだ。

 それはファイアボールの後ろに隠れて飛んでいき、剣を振った直後のゴブリンキングに飛んでいく。

 ゴブリンキングはそれを避けない。

 避けるより、ハスティアに注意しないといけないと思ったからだ。

 そう、本来なら避ける必要なんてない――だってそれはただの投石なのだから。


【ナッ】


 石がぶつかった直後、ゴブリンキングは驚いたことだろう。

 当然だ。

 ただのまるい石・・・・がぶつかっただけだというのに、それだけのことで自分が動けなくなったのだから。

 その隙をアムとハスティアは見逃さない。

 アムの二本の剣がゴブリンキングの背中から胸を貫き、ハスティアの剣がその首を切り裂き、最後に石がぶつかると同時に駆けだした俺は大きく飛んでその脳天に蒼石の斧を叩きこんだ。

 勝負は一瞬で決まった。

 そう、まるい石の効果でスタン状態にし動けなくするその一瞬で。


 ゴブリンキングはうつぶせに倒れる。


「聖者様の言った通りになったな。作戦通りだ。本当は作戦前に倒せるのではないかと思っていたが、さすがに自惚れだったようだな」

「ああ。自分で提案しておいてなんだが、魔法だけ使って二人に戦わせるのはやきもきしたよ。別の作戦にしたらよかったと後悔した」

「ご主人様の提案があったからこそ、我々は楽にゴブリンキングを倒すことができたのです」


 ゴブリンキングに、まるい石のスタン攻撃が有効である

 それはゲームでは常識だった。

 まるい石を釣りまくってレベル1でゴブリンキングに完勝するって縛りプレイ動画もあったくらいだ。

 こっちの世界のゴブリンキングに効くかどうかは実際に試してみないとわからなかったが、俺は有効だと思った。


 女神アイリス様に与えられた力と、ゴブリンキングの力、どっちが上かって話だからな。

 結果、アイリス様に軍配が上がった。

 さて、あとはゴブリンを倒すだけだ――そう思ったときだ。


 ゴブリンキングが立ち上がった。

 ゴブリンキングは背中に刺さっている二本の剣を抜き、地面に投げる。


「まだ生きていたのかっ!?」


 俺は石斧を剣に変え、トドメを刺そうとするが、ハスティアがそれを制する。


「遺言があれば聞こう、強き者よ」


 彼女の言葉がわかった。

 地図上でゴブリンキングを示す赤いマークはなかった。

 もう命の灯は消えている。


【ワレノ……ジユウヲウバイシモノニ……シ……ォ…………】


 ゴブリンキングはそう言って倒れた。

 もう起き上がることはなかった。

 我の自由を奪いし者に死を。

 それがゴブリンキングの最期の言葉だった。

 自由を奪った人間。

 ゴブリンキングの恨みというのは、仲間を殺した俺たちへの恨みではなく、ただ自分を操って無理やり服従させていた人間――百獣の牙のリーダーである魔物使いへの恨みだったのかもしれない。

 無関係の人間を襲って恨みを晴らそうとするのは、皮肉にもその魔物使いの男の最後の命令と同じであった。

 支離滅裂とも言えるゴブリンキングの行動に、怒りより悲しみが増さる。


「悪いな。お前を操った魔物使いは生きていたら俺が必ずとっちめてやるからよ」


 俺はそう言って剣を消した。

 これで、解決……と思ったが、アムの顔色が優れない。

 彼女は死体の様子を――特にその首を凝視している。


「――っ!?」


 俺も気付いた。


「アム! これっていったい――」

「わかりません。確かに以前に見たときはあったのです」


 そうだ。

 そこに、あるべきものがなくなっていた。


「どうしたのだ、聖者様、アムルタート。何を騒いでいる?」

「ハスティア様、あなたも聞いていたでしょう! ゴブリンキングはアムの仇だって」

「ああ、聞いていた。ゴブリンキングもそう喋っていたし、なによりその証拠に…………っ!?」


 ハスティアも気付いたようだ。

 ゴブリンキングの首には百獣の牙の刺青が彫られていた。 

 アムはそう言った。

 しかし、ゴブリンキングの死体には、いや、そもそも戦っていたときからそんな刺青はどこにもなかったのだ。



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本日はもう一話更新予定(いつもより少し遅くなります)

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