第33話 ゴブリン殲滅は全力疾走のあとで

 ゴブリンキングに向かってファイアボールを撃つ。

 マザーゴブリンは自分の腕で炎を防いだ。同じようにして少しでもダメージを与えられたらという淡い期待だった。

 避けられるのも覚悟していた。

 ゴブリンキングは避けない。

 まるで王は動かないと言わんばかりに。

 ただ、近くにいたゴブリンを掴んで、それを盾にした。

 

 どのマザーゴブリンが産んだ奴かは知らんが、自分の子供だろう!

 非道だと思ったが、あくまでも人間の倫理観だ。そんなもの、ゴブリンキングに通用しない。

 ゴブリンキングは俺を見ると、焼け焦げたゴブリンをこちらに向かって投げた。


 速い。

 だが、距離があり、俺のところまでは届かない。

 それは俺への攻撃ではない。

 ゴブリンキングは死んだゴブリンを伝えることで仲間に伝えたのだ。

 俺を殺せと。

 ゴブリンたちが雄たけびとともにこちらに向かって来る。

 その声は周囲に響き渡り、一つの大きな変化をもたらす。

 地図を見ていてわかったが、ゴブリンキングを守っていたゴブリンだけでなく、他の場所にいたゴブリンまでもがこちらに向かってくる。

 その数は先ほどまでとはくらべものにならない。


 俺は囲まれる前に駆けた。

 悔しいが、ゴブリンキングには背を向ける形になった。

 背を向ける直前、ゴブリンキングの奴は笑ってやがった。


 そういえば、昔漫画で読んだことがある。

 一対大勢での戦い方だ。

 一番簡単なのは狭い路地に誘い込む。

 そうすると、必然的に一度に戦う敵の数は数人になる。

 それに、敵が倒れるとそれが壁となり、敵の足止めもできるようになる。

 もちろん、異世界の荒野に路地はない。

 狭い谷もないし、橋もない。

 壁を背にして戦うなんてのもあるが、壁もないし崖もない。

 なら、どうするか?

 走る。

 ゴブリンたちから逃げきれないくらいのギリギリの距離で。

 そうすると、ゴブリンたちは追いついてくる。

 脚の速いゴブリンだけが。

 この状況で、既に一人対大勢の構図が、一人対数人にまで変わっている。

 そこを叩く。そして逃げる。

 この繰り返しだ。

 完全に逃げ切ったりしない。

 せっかく、ゴブリンを引き付けてるんだ。俺がゴブリンを引き付ければ引き付けるほど、アムとハスティアが楽になる。


 喉が熱い。

 途中何度か使ったファイアーボールの熱気を吸い込んでいるからだけではなく、身体の中の熱が逃げきらない。

 限界を超えて走っていたのはわかる。

 その証拠に、レベルを上げないと誓った疾走技能のレベルが2に増えていた。

 道具から水のペットボトルを取り出して一気に飲む。

 はぁ、水の中に塩を少し入れてくればよかった。

 低ナトリウム血症になりそうだ。

 ポチが朝作ってくれた塩味のスープを飲んできてよかったと思う。

 残った水を顔にかけた。

 返り血が少しだけ落ちた気がするが、それでもまだ視界が少し赤いきがする。

 空になったペットボトルを、走ってくるゴブリンに向かって投げる。

 そんなものでダメージは与えられないが、それは俺にとって一つの決意表明だ。

 俺は今来た道を引き返すように走る。

 ゴブリンは現在、一本の列のようになっていた。

 もはや囲まれる心配はないほどに。

 

 ゴブリンキングの命令の強さが仇となったな。

 本来ならゴブリンたちもこのような愚かなことにはならなかった。

 一匹、また一匹と倒していく。

 ファイアボールを放つまでもない。

 途中でポーションを飲んで、全力疾走の影響で失った体力を回復しながら、ようやくゴブリンキングのところまで戻ってきたときには、既に戦いが始まっていた。

 アムもハスティアも二人とも無事だったようだ。


「遅くなった!」

「ご主人様、ご無事のようでなによりです」

「聖者様がゴブリンを引き付けてくれたのだろう。おかげで途中から楽になった」


 言葉を交わす。

 まだ二人とも余裕がありそうだ。

 いや、余裕があるのはゴブリンキングも同じか。

 その手には、黒い刀身の大剣が握られている。


「なんなんだ、あの剣。さっきは持ってなかったが。ゴブリンキングはあんな武器を持ってるのか?」

「ゴブリンキングの剣といえば大剣だが、もっと武骨なものだ。あのような剣は見たことがない」

「百獣の牙のリーダーが与えた武器だと思われます」


 ちっ、やっかいなものを与えやがって。

 明らかに呪われてる武器じゃねぇか。


【モドッテキタカ】


 喋ったっ!?

 そういえば、アムがゴブリンキングは人間の言葉を話すって言っていた。


【ドウホウタチデワ アイテニナラナカッタヨウダナ】


 ああ、ゴブリンに負わされたダメージより、全力疾走のダメージの方が大きかったくらいだ。


【ソレデヨイ ソノウラミガワシオサラニツヨクスル】

「恨みだって? 最初に村を攻めてきたのはお前らだろうが!」


 俺が叫ぶもゴブリンキングは何も返してこない。

 一方的に喋って俺の声は無視する気か。

 だったらいい。

 声を無視するなら魔法を掛けてやる。


「ファイアボール!」


 さっきはゴブリンを盾に防がれたが、もう盾にする仲間はいない。

 それにこの距離だ。

 今度こそ――


【フンッ】


 ゴブリンキングは黒い大剣を振るい、ファイアボールを切り裂いた。

 切り裂かれた炎の玉はそれでもゴブリンキングに当たるが、そのダメージは決して大きくない。

 ポチ、本当にこいつが推奨レベル15のボスなのか?


―――――――――――――――――

ゴブリンキングの台詞、「は」を「わ」、「を」を「お」にしているはもわざとです。読みにくくてごめんなさい。

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