第32話 アムの心配はマザーゴブリンを倒したあとで
俺は一人、左方に向かった。
引火物が周囲にないのを確認し、ファイアボールを放つ。
ゴブリン二匹が吹き飛んだ。
威力が上がっている。
次にファイアボールが使えるまでのクールタイムは三十秒。
俺は剣を出した。
ゴブリンの数は多い。
一匹一匹は大したことがないのだが、戦いながらも陣形を気にしないといけない。
背後を取られて後ろから殴られたり噛みつかれたりしたら危険だ。
周囲に警戒し、背後を取られないようにしながら攻撃をし、敵に囲まれかけたら、一気に駆け抜ける。
一カ所にとどまって戦うことはできない。
今倒した敵が、本当に絶命しているかマップを見て確認する余裕もない。
倒した敵は起き上がってもおかしくないものだと認識する。
大勢対一人の戦いがこれほどまでに厄介だとは。
最初は順調だった。
位置取りも悪くなかったし、途中でステータスを見る余裕もあった。
戦いの中でレベルが16になったときは、ボーナスステージだと思ったほどだ。
だが、中盤になると囲まれ出した。
横から、後ろから殴られる。
意識は保っているが、痛い。
一撃一撃が、最初にスライムに殴られたときのように痛い。
クールタイムが終わり、ファイアボールを放つ。
ファイアボールを放ってから次のクールタイムが終わるまでが長い。
アムは大丈夫だろうか?
彼女のステータスを確認する余裕がない。
ただ、地図を見ると青い点は二つ残っている。
まだアムもハスティアも生きている。
【体力32/99、魔力83/162】
気付けば俺の体力が1/3を下回っていた。
自動回復では追いつかないくらいダメージを受けていた。
痛い痛いと思っていたが、こんなことになっていたとは。
ポーションを使う。
道具使用のクールタイムも30秒。
大丈夫、30秒で死なない。倒れない。
ヒールも使える。
まずはここを切り抜ける。
俺は武器を紅石の剣から、蒼木の短剣に持ち替える。
一撃の重さより、速さを優先にした。
木の短剣でも、ステータスのあるこの世界では威力は高い。
何度も短剣を振っていると、クリティカルが出た。
ただそれだけなのに思わずニヤついてしまう。
戦いの中で興奮状態に陥った人間はこうなるものなのかと、まるで他人事かのように思った。
いまなら箸が転がっているのを見ただけで笑ってしまうかもしれない。いや、確実に笑う。
こんな戦場で、しかも異世界で箸が転がってるんだぞ? 笑うに決まってる。
少し余裕が出たので地図を確認する。
倒し損ねたゴブリンの一部が村に向かって移動を開始した。
だが、その数は決して多くない。
大丈夫だ、このくらいは想定の範囲内だ。
地図の確認を横目に、俺はひと際大きなゴブリンを見据える。
ゴブリンキングではない。
ゴブリンキングの位置は既に地図で確認済み。
色は強敵を示す赤黒の濃い赤ではなく、通常の赤になっている。
目の前の敵はもう薄い赤だ。
誰か理解した。
四体いるマザーゴブリンのうちの一匹だ。
つまり、ゴブリン四天王の一匹ってことか。
「GUAAAAAAA!」
マザーゴブリンが雄たけび――いや、雌だから
自分がお腹を痛めて産んだ子供が次々に殺されて怒り狂っているかのようだ。
口には出さないが、内心でイラつく。
子だくさん過ぎるだろう。
まったく、お前みたいなのが日本人の中にいてくれたら、少しは少子高齢化対策になるのにな。
もっとも、夫は子育て費用だけで破産しないといけなくなりそうだが。
「ファイアボール!」
クールタイム明け一発のファイアボールをマザーゴブリンに対して放つ。
マザーゴブリンは極太の左腕で自分の顔をガードする。
急所は防がれたが、片腕は焼けただれ、使い物にならなくなっているようだ。
ファイアボールで怯んだマザーゴブリンに向かって俺は走る。
そのまま体当たりをした。
日本にいた頃の俺なら、巨体のマザーゴブリンに体当たりをしたところで、逆に自分の身体が吹き飛ばされていただろう。
だが、今の俺ならステータスと能力のお陰でマザーゴブリンをぶっ飛ばし、マザーゴブリンの後ろにいたゴブリンたちもろともダメージを与えることだってできる。
(まるでゲームの主人公だな)
ゲームの主人公なら絶対に言わない台詞を頭に思い浮かべながら、俺は倒れたマザーゴブリンの上に跳び、武器を短剣から斧に持ち替えて、振り下ろした。
こいつだけは死亡を確認する。
(こっちはマザー四天王の一角を落としたぞ。アム、そっちは大丈夫か?)
アムが気がかりだ。
地図上の青い点はまだどちらも消えていないが、それだけではわからない。
少し余裕ができたので、ステータスからアムの現在の体力を確認する。
九割くらいある。
道具欄のポーションは一つ消費されていた。
ちゃんと回復しながら戦っているようだ。
アムはレベル5の時でさえ、一人でゴブリンダンジョンの最奥に行けたんだ。
戦いの経験は俺より遥かに上だし、ポーションもある。
きっと大丈夫に決まっている。
ならば、俺は俺のできることをするだけだ。
少し息を整え、そしてさらに走る。
レベルは17になっていた。
そして、ゴブリンの波の向こうにそれを見つける。
さっきのマザーゴブリンよりさらに大きな、マウンテンゴリラサイズはあるゴブリン。
ゴブリンキングだ。
ようやく見えてきたぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます