第29話 行商人の旅立ちは想いを託したあとで

 ポットクールのいる家に向かったら、ちょうど旅立つ準備の最中だった。

 護衛の人間と一緒になって荷物を馬車に載せている。

 これから旅立つらしい……が、こんな時間に?


「ポットクールさん」

「聖者様っ! やっと帰って来られたのですか」

「ええ。ポットクールさんはまだ村にいたのですね」

「当然です。聖者様が私の一週間を買ったのではありませんか。だからその約束を守ったまでです」


 ……あ、そういえばアムを買う時に彼の一週間を買った。

 三日目には目標の金額を貯めたので、残りの四日については何も言わなかった。

 てっきり、もう帰ってるものだと思ったが。


「本来なら一昨日には聖者様の許可を貰って帰るつもりだったのですが、聖者様がいらっしゃらなかったので今日まで待っていたのですよ」

「ああ、すみません」

「クリオネル侯爵令嬢ともいい縁を築くことができましたので、決して無駄というわけではありません。ポチ殿の作ってくださった料理も美味しかったですしね」


 ポチには、俺たちが留守の間、退屈だったら村人たちに料理を振舞ってやってほしいと提案した。

 肉も腐るほどあるし、野菜も畑にいけばいくらでも採れるからな。


「最後にこれを直接渡すことができてよかったです。アムさん、受け取ってください」


 ポットクールは長い木箱をアムに渡す。

 アムが取りに行った品だ。

 許可を貰い、アムが中を開けると入っていたのは一振りの剣だった。

 鑑定をする。


【銅の剣:青銅の剣。よく手入れされている】


 攻撃力はリザードマンの剣とそれほど変わらない。

 あまりいい剣ではなさそうだ。


「これは?」

「アムさんの母が私に預けた剣です。『金を貸してくれた礼だ。ダンジョンで見つけたこの剣を使うまでは自分の命を何度も守ってくれた幸運のお守りだ。これを持ってればきっと商売がうまくいくぞ』とか言っていましたよ。そして、これを貰ってから商売がうまくいくようになりました。まぁ、この剣を受け取ったときには良くなる兆しが見えていた時だったんですけどね。アムさん、これを受け取ってください」

「いいのですか? お守りなのですよね?」

「いま彼女が一番守りたいと願っているのはあなたですから」

「……ありがとうございます」


 アムが深く頭を下げる。

 ポットクールは俺がアムを買うと信じていたんだな。

 だから、アムにこれを渡すために彼女自身に剣を取りに行かせたのか。

 彼女の母の願いをアム自身に託すために。


「ご主人様、この剣、家に置かせていただいてもいいでしょうか?」

「別にいいけど、使わないのか?」

「リザードマンの剣と変わりない強さですから」


 まぁ、武器の性能だけでみれば使う必要はない。

 お守りというのだから、大切に保管しておこう。

 ポットクールも頷いた。


「それで十分です。正直、私も年に何度か手入れをするくらいで使い道もなく、かといって売るのも申し訳なくて困っていたので引き取ってもらえて助かります」


 ポットクールはそう言って微笑んだ。

 感動話だったはずだが、こうしてみると処分に困っていた品を押し付けられたようにも聞こえる。

 そして、彼は護衛とともに去って行った。

 本当は水辺のダンジョンで手に入れた品の買い取りをしてほしかったし、もっとちゃんと別れを言いたかったのだが、仕事が結構溜まっているらしく、これ以上出発を延ばせないと言われた。

 ギリギリまで待ってくれていたのだろう。


 最初の印象とは違い、いい人だったな。


 彼の乗った馬車が見えなくなったあと、俺はもう一度頭を下げた。


 家に帰るとお風呂の準備ができていた。

 三日ぶりの風呂で英気を養う。

 夕食に出たのはスカイフィッシュの刺し身だった。

 生でも食べられるとポチのお墨付きが出たので、墨を――ではなく醤油をつけて食べる。

 見た目は白身魚。

 少し歯ごたえがあり、淡泊で上品な味わいだ。

 味は鯛に近い。

 アムは生で食べるのを躊躇っていたので、スカイフィッシュの切り身を塩を振って軽く炙ったものを出してもらった。

 これも美味い。

 スカイフィッシュ悪くない。

 ただ、次に出た魚料理はさすがに手が出なかった。


 見た目は魚の切り身を焼いているが、それはただの魚ではない。

 レッサーサハギンだった。

 俺はいらないって言ったんだが、ポチが調理したいと言ったので調理し、アムと二人で食べている。

 鑑定でも美味と太鼓判が出ているし、二人の評判も上々。

 でも、俺の箸が伸びることは最後までなかった。

 少し気分が悪くなったので、夜の散歩をしてくると言って家を出る。


 夜風が気持ちいい。

 それに、なんといっても星が綺麗だ。

 死の大地で野宿をしていたときも眺めていたが、日本の都会ではまず見ることのできないこの星空を見ていると本当に遠くに来た気がする。

 遠くどころか異世界だけど。


 リンの奴、元気にしてるかな?


 叔父夫婦があまりあてにできない以上、アイリス様頼りだ。

 いい女神様っぽかったし、ちゃんとしてくれているとは思うが、それでも状況がわからないのは不安だな。

 心配した所で、俺にはどうしようもないのだから、現状について考えよう。

 ゴブリンキング討伐の約束してから今日で四日目。

 あと三日ある。

 明日は一日技能のレベル上げに集中して、討伐は明後日だな。


「聖者様」


 と考えていたら突然声を掛けられた。

 声を掛けてきたのは、ハスティアの従者のメンフィスだ。


「こんばんは、メンフィスさん」

「今日は聖者様にお願いがあって参りました」


 彼女はそう言う。

 お願い……というにはなんか怒っている気がするのだが。

 一体なんなんだ?


「ゴブリンキング退治を諦めてもらえないでしょうか?」

「その話ですか。ハスティア様を引き留めているのは謝罪しますが、明後日には退治に行く予定です。それまで待ってください」

「それでは困るのです。どうか再考してください。失礼でなければ謝礼も支払いますので」


 金を支払ってまで?

 どうしてそこまで彼女が自分たちでのゴブリンキング退治にこだわるのかはわからないが、拠点ポイントは金で買えるものではない。

 俺が固辞すると、彼女の顔がさらに歪んだ気がする。

 その時、俺は気付いた。

 これ――


「おーい、聖者様! 帰ってきたなら声をかけてくれよ!」


 村長が大きな声をあげてやって来た。

 思わぬ第三者の登場に、メンフィスは頭を下げてその場を去る。


「どうしたんだ? 聖者様。修道女様がどうかしたのか?」

「……いえ」


 俺は村長には何も言えなかった。

 でも、確かに見た。

 メンフィスと会ったとき、俺は警戒から地図を開いていた。

 彼女はずっと怒っているようだからな。

 そして、その警戒は間違っていなかった。

 地図に表示されているメンフィスを示す色。

 無害なNPCを示す白色から、敵を示す赤色に変化したのだ。

 つまり、あそこで村長が来なかったら彼女は俺に襲い掛かっていたかもしれない。


 一体、なんなんだ?

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