第23話 修行の開始はスズメが鳴いたあとで

 ハスティアたちとの話し合いが終わり、俺たちは自分の家に戻った。

 話もいろいろあるのだが、とりあえず順番にお風呂に入る。

 ポットクールから着替え用の古着を俺の分とアムの分、それぞれ何着か購入したので、風呂上りにはそれに袖を通す。

 俺と入れ替わりに、アムはお風呂に入った。

 静かに耳を澄ませているとシャワーの音がリビングまで聞こえてくる。

 女性が一人でお風呂に入っているときのシャワーの音って、何かいいよな。

 あ、ポチも一緒に入ってるんだったっけ。今日は声があまり聞こえてこない。

 ポチが冷蔵庫で冷やした野草茶を入れてくれたので、それを飲んで一息つく。

 そういえば、お湯の水道代とかガス代って払わなくてもいいのだろうか? 払わなくてもいいよな。蒼剣でも水道、ガス、電気、その他維持費の請求書が来たことはない。

 アムがお風呂から上がった。

 風呂上りのアムは一段と綺麗だ。

 アムも野草茶を飲み、一息ついたところで話を始める。


「アム、さっきは助かったよ。このままハスティアにゴブリンキング退治をされたら少し困ったことになってた」

「いえ、ご主人様が困っていたようでしたので。勝手なことを申しました」

「そんなことないよ。本当に助かってる。でも、ゴブリンキングがアムの母さんの仇っていうのは?」

「事実です。正確には仇の魔物のうちの一体ということになるでしょうが。魔物使いが率いていた魔物は百獣の牙の名の通り百体いたとされ、母が倒したのはそのうちの二割。残り八十体は周囲の野盗を殺し、母に致命傷を負わせた後、どこかに去ったそうです。魔物使いの命令が切れたのか、もしくは別の命令が下ったのかわかりません」

「それで、そのうちの一体、ゴブリンキングが村の近くの洞窟で見つかったと……刺青をしているから、その仲間のゴブリンキングに間違いない……と」

「はい。ゴブリンキング自身も言っていましたし。『あの時の狐の娘か』と」


 喋ったのかっ!?

 いや、そういえば喋る魔物は珍しいがいないことはないって言ってたな。

 ポチが喋る魔物として認知されたのもそれが理由だし。


「魔物百体に囲まれてニ十体の魔物を倒すなんて、アムの母親は強かったんだな……村長のやつ、俺みたいな強い冒険者は見たことがないって言ってたくせに。ただのお世辞だったのか」

「お世辞ではないと思いますよ。村長は人徳はありますが戦う力はなく、母が生きている間は、魔物に襲われたときも皆と一緒に避難していましたから、母が戦うところを見たことが無かったのだと思います」

「ダンジョンの場所は知っていたみたいだけど?」

「母が死んでから、魔物を退治するときに荷物運びとしてついてきてもらいました」


 話の辻褄はあった。

 納得だ。

 事情を聴いたあと、拾った素材を棚に収納する。

 道具欄から取り出した子牛が、棚の引き出しの中に入っていく光景は異常だった。

 魔法粘土も増えてきた。拠点の拡張に使うのでこれからも増やしていきたい。

 整理が終わってから、ポチが用意してくれた料理を堪能する。

 蛇肉、魚、各種野菜、蕎麦粉。

 食べられるものが増えてきて食事のレパートリーも増えてきた。


「さて、ゴブリンキング退治まで一週間。俺たちがしたいのは、アムのレベル上げ。そして、俺は技能レベルを上げたい」


 俺はレベルが上がってもステータスの伸びがアムの半分未満だ。

 技能でカバーするしかない。


「それと……ポチ、拠点クエストの追加はないか?」

「あるのです」


 ポチが一枚の紙を見せてくれた。

―――――――――――――――――――――

リザードマンの尻尾獲得:1ポイント

推奨レベル10

達成条件:リザードマンの尻尾を10本ドロップさせる。

(50回まで達成可能)

―――――――――――――――――――――

 うわ、弱クエストだ。

 弱クエストはレベルに応じたクエストが発生する。

 リザードマンの尻尾ドロップ……これは面倒なのだ。

 蒼剣にもこのクエストはあったのだが、リザードマンの尻尾は、リザードマンが逃げ出したとき限定でドロップする素材アイテムだ。

 つまり、ある程度リザードマンにダメージを与えると、逃げ出すまで耐えなければいけない。

 逃げ出すと経験値やお金は手に入らないので、旨味も少ない。

 リザードマンの死体から尻尾を切り落として納品すればよくないだろうか? と思ったが、達成条件はドロップさせる――とあるから解体での入手ではダメということだ。

 さすがは弱クエスト。

 とりあえず受けておく。


「アム、リザードマンの出る場所ってわかるか?」

「東の池の近くにある迷宮のことですね。これまで行っている迷宮より少し遠いですが、魔物の数もこちらの方が多く、修行に適していると母が言っていました。母が死んでからは一度も行ったことがありませんが」

「そうなのか?」

「ダンジョンに行くのは食糧の調達が主でしたからね。水辺の迷宮では魚やリザードマンの肉も取れるのですが、運ぶのが大変なので」

「よし、明日はその水辺の迷宮に行こう。アム、家まで送るよ」


 と俺が立ち上がったが、ポチが不思議そうに言う。


「あるじ。アムの荷物だったらすでに家に運んだのです。あの家にはもう何もないのですよ?」

「え?」


 どういうことかとアムを見ると、そういうことだと彼女は頷いた。


「一日参上が遅れて申し訳ありません。今宵からお世話になります」

「あ……うん。まぁ、部屋は空いているし、そこを自由に使ってもらって――」


 この家は2LDK。もう一部屋ある。

 ポチはリビングで寝ているので問題ない。

 そう、問題ないのだ。


「あるじ、客間はいま掃除中なので使えないのです。あるじの部屋で一緒に寝るのですよ。アムも了承しているので問題ないのですよ」


 問題あった。

 って、掃除中ってお前の力だったら直ぐに終わるだろうに。

 そうか、お風呂から声が聞こえないと思ったら、ポチの奴、俺に聞こえないように小声でアムに意思確認を取ってやがったな?


「ご主人様と同じ部屋でしたら、御迷惑でしょうか?」


 アムが不安そうに尋ねる。

 迷惑なわけがなかった。


「その……アムはいいのか?」

「はい。私はご主人様とともにありたいです。それが私の望みですから」


 彼女は力強く頷いた。

 勘違いするなよ、俺。

 一緒に寝るっていっても、アムは純真なのだ。

 本当に寝るだけ、本当に寝るだけ、本当に……



 朝、窓の外からスズメの鳴き声が聞こえた。

 この世界にもスズメっていたんだな。

 こうして、俺とアムは二人で大人になった。

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