第17話 アムの加入は虚言のあとで-2

 話がまとまり、漬物をお茶請けにして野草茶を飲む。

 緊張して喉が渇いていたらしく、グラスはもう空になった。


「おかわりどうぞなのです」


 ポチがお茶を追加で淹れてくれる。


「ありがとう」

「アムもどうぞなのです」

「ありがとうございます。そういえば、ポチさんも今の話を知っていたのですか?」


 アムがポチに尋ねた。

 しまった、ポチと口裏を合わせる時間がなかった。

 大丈夫だ、ポチは優秀だ。

 きっとちゃんと話を合わせてくれるはずです。


「はいなのです。ポチは元々女神アイリス様に作られて、あるじのお世話をするように言われたのです。ポチも神の遣いなのです。だから知っていて当然なのです」


 そう言われてみればポチこそが本物の神の遣い

 こんな優秀なコボルトがこの世界に野生でいるわけがないだろうし、アイリス様がゲームの性能を意識して作ったとしか考えられない。

 さすが神様だ。


「そうだったのですかっ!? いままで失礼しました、ポチ様」

「かしこまる必要はないのです。ポチはあるじの従魔であるのは変わりないのです。(それに、いまはポチの方があるじの部下としては先輩なのですが、いずれアムはあるじの奥方になると思うので、上下関係が難しいのですから)いままで通り接してほしいのです」

「……わかりました。共にご主人様に仕えていきましょう」


 ポチの少しの間が少し気になる。

 しかし、それより気になったのがアムの俺の呼び方だ。


「アム、そのご主人様ってのはなんだ?」

「奴隷となった者は主人のことをご主人様と呼ばなければなりません。母の遺言です」

「お母さんに?」

「はい。我々妖狐族は一人で戦うのを得意とする種族です。そのため、連携は得意ではありません。きっと、上下の関係をはっきりさせ、命令系統を統一することで、主君との戦闘をスムーズに行う必要がある。呼び名はそのために必要だと思ったのでしょう」


 それは考え過ぎな気がする。

 単純に、奴隷の多くが主人のことをそう呼んでいるってだけだと思う。

 本当は「トウシ」または「トーカ」って呼び捨てにしてほしかったのだが、母の遺言とか言われたら無理に変えさせることはできないだろう。

 俺に慣れてくれてから変えたらいいか。

 でも、同年代くらいの女の子から「ご主人様」なんて呼ばれるのはやっぱり恥ずかしい。


「そういえば、アムって何歳なんだ?」

「十八になりました」

「同い年か」


 俺は四月生まれで、高校三年に上がるとほぼ同時に成人したので十八歳だ。

 しっかりしてるからもっと年上のように見えるが、この可愛らしい顔は同い年のようにも見えた。

 少なくとも、妹のリンのように年齢と見た目が一致しないってことはないようだ。

 あいつは中学生なのに、どこからどう見ても小学生だったからな。

 この世界の一年が365日かどうかはわからないので、同じ十八歳でも同じ時間を生きているかはわからないが。


「ご主人様も十八歳だったのですね」

「年下に見えた?」

「……はい」


 アムは少し間を置いて小さく頷いた。

 落ち着きの無さもそうだが、日本人って世界では若く見られるって言うからな。

 他にも聞きたいことはいろいろあるのだが、ポットクールや村のみんなを待たせている。

 俺は広場に戻った。


「話し合いは終わったようですね。では、アムルート。背をこちらに向けて、首輪を見えるようにしてください」

「はい」


 アムはポットクールに背を向け、後ろ髪を上に上げる。

 首輪の後ろには鍵穴があった。

 ポットクールは鍵を取り出してその首輪を外す。

 アムのうなじ、とても綺麗だが変な紋様が刻まれていた。

 刺青……じゃないよな?

 刻んでいるのではなく、絵の具のようなもので塗られているだけのように思える。


「聖者様、これが奴隷紋――契約の魔法の巻物により刻まれた奴隷の証です。奴隷でいる間、決して消えることがありません。ここに魔力を流すことでその者が正式に奴隷の主人となるのです」


 首輪をつけていたのは、奴隷を買った人間以外の人間が勝手に魔力を流して主人に登録するのを防ぐための処置らしい。


「奴隷となった者は、主人を傷つけようとすることはできません。また、命令に違反する行為がすると奴隷紋が発動し、その状態が二日間続くと奴隷は死に至ります」

「命令に絶対に逆らえないというわけか……」

「いえ、そうではありません。法に反する命令を受けた場合は、司法機関に逃げればそこで奴隷紋の一時解除を行うことができます。奴隷が主人の命令に従って罪を犯した場合は奴隷と主人の両方が罰せられるのですが、奴隷は軽犯罪であろうと犯罪奴隷となり過酷な環境で働かされるため逃げ込む者が多いですね」

「違法な命令を受けていたかどうかはどうやって調べるんですか?」

「奴隷の主人を呼び出して、『これまでの命令を無視し、正直に司法機関の命令に答えるように』とこれまでの命令に上書きした命令させたうえで、職員が質問をするそうです。その質問に答えて奴隷紋の魔力が発動しなければ、それが真実として認められます。滅多にありませんが重犯罪の容疑者に対しても行われる尋問方法です」


 ウソ発見器よりも精度が高い気がするが、奴隷になったら簡単に解放されない。

 捜査のためとはいえ、犯罪者として確定していない人間を簡単に奴隷にはできないってことか。


「尚、一度登録すると奴隷の主人の変更には手数料が必要です。その額は1000イリスと決して安くはありません」

「解放するだけでなく、主人を変更するのも面倒なのか。あれ? ってことは、いまはアムルタートは奴隷紋こそ刻まれているが、誰の主人でもないってわけですよね? そんな状態なのに、アム一人に荷物を取りに行かせてもよかったんですか? 逃げようと思えば逃げることもできたわけですよね」

「聖者様。アムルタートが逃げると思いますか?」


 思わない。


「最後に――俺が死んだらどうなるんですか?」

「奴隷紋が発動します。司法機関に逃げ込めば、奴隷紋の発動は解除され、奴隷は国の所有物になります。そこから奴隷を扱う商人に売り払われ、商品になります」


 主人が死んでも解放されないってことか。

 いや、主人が死ぬだけで解放されるっていうのなら、わざわざ貴族の許可を貰わなくても、余命幾許もない人に主人になってもらい、あとはその人が死ぬのを待つだけでいい。

 わざわざ元老院や貴族や王族の許可を取る必要がないわけだ。


「ご主人様、魔力を流してください」


 アムが肩越しにこちらを見て言う。

 うん、そうだな。

 本当はこのままアムのうなじを見ていたいが別の人間に主人登録されるわけにもいかない。

 俺は彼女の紋様に手を当てた。

 魔力を流すってどうするんだ?


 ファイアボールの魔法を使うときは手の平に魔力を集める感じだった。

 それと同じでいいのだろうか?

 この世界の人間はやっぱり全員魔力を持っているってことでいいのかな?

 と思っていたら、奴隷紋が白く輝いた。

 アムの主人として登録できたのだろう。

 だからといって特に何かが変わったとは――


【アムルタートをレギュラーメンバーに登録しました】


 ――っ!?

 レギュラーメンバー……だとっ!?


 蒼剣におけるレギュラーメンバーがどういう意味を持つか……それは俺が誰よりもわかっている。

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