第15話 アムの解放はお金を貯めたあとで-2
「解放はできません」
40000イリスを払ったのに、ポットクールは俺に対してそう言った。
アムを解放できないと。
「どういうことです? 40000イリス払えば彼女を解放する約束でしょう」
「いいえ、私が言ったのはこうです。『彼女が欲しいというのであれば、四万イリス用意してもらいましょう』と」
「どう違うんだ!」
俺は声を荒げて言った。
「落ち着いてください、聖者様。彼女は正式に魔法として奴隷になりました。それは簡単に解放できるものではありません」
「簡単にできないって、解放する方法はあるのか?」
「トランクル王国では元老院、伯爵以上の貴族、王族どれかの承認を得た後、魔法ギルドに多額の献金が必要です。この中だと貴族に承認を貰うのが一番現実的ですが、それにもかなりの賄賂が必要となります。それこそ40000イリスでは到底足りません。だから、私はアムルテートをあなたに売る事はできても、解放することはできないのですよ」
俺に売る?
俺にアムルタートを買えって言うのか?
奴隷としての彼女を?
「聖者様、ひとつだけ、私の昔話を聞いてください。アムの母親との話です」
「アムの母親?」
「ええ。妖狐族と私達茶狸族とは先祖を辿れば同郷の出身。まぁ、その祖国は既に滅び、妖狐族は生まれ持った戦闘能力で傭兵部族に、そして私達茶狸族は銭稼ぎが好きということで多くは商人としてそれぞれ分かれたわけですが、そういう縁もあり彼女の母親とは懇意にさせてもらっていたわけなんです。私は友人と思っていましたね。あ、男と女の関係ではないですよ。あいつはもう子供がいましたし、私も妻がいますので。本当にただの友人です。まぁ、そんなわけで商売として本来はあり得ないような低金利の貸付を行ったのもそのためです」
十年で二倍の利息って、やっぱり今回の条件の場合だと超低金利だったのか。
担保として奴隷落ちなんて言ってるけど、逃げられたらそれで終わり。
しかも、辺境の開拓となったら猶更だ。
下手したら魔物に襲われたり流行り病、飢饉で村が全滅なんて可能性も大いにあるわけだし、そもそもこの村がどの国にも属していないというのであれば、お金の回収に国の司法の介入も難しいだろう。
「私は最初は断ったんです。借金が返せなければ奴隷落ちの契約なんてね。知ってるかとは思いますが、妖狐族はかつては神に仕えたなんて言われる種族でして、自らが主と認めた人間に仕えることを誇りに生きる種族です。そんな種族に奴隷なんて絶対に無理だって。そしたら彼女は言ったんです。『ポットクール、私が奴隷に落ちたらあなたが私の主に相応しいと思える人間を見つけて、その人に売ってください。私はあなたの商売人としての実力以上に、人を見る目を信じているのですよ』とね。まったくなんて厄介な女だと思いましたよ。でも、だからこそ彼女に金を貸し、そして野盗に殺されたと聞いたときは悲しかったです」
アムの母親、野盗に殺されていたのか。
死んでいるとは聞いていたが、魔物ではなく人間に殺されていたのか。
蒼剣にも野盗や山賊は出てくるが、魔物と同じような扱いだった。
たぶん、その時は野盗を人間だとも思っていなかっただろう。
ここは現実なんだ。
「そして、借金はアムルタートに引き継がれることになりました。でも、友人の娘ですからね。回収できるだけのお金を回収して残りの借金は元本分だけでも彼女に働いて返してもらおうと思ったんです」
「あ、借金帳消しにするって考えはないんですね」
「そこは商売ですから。そう提案したんですが、ですが彼女は――」
アムは言ったそうだ。
『条件はこのままで構いません。私が母に代わって返します』
その姿、想像できるな。
俺にポーションの代金を支払うと言ったときと同じ顔をしていたのだろう。
こうして、契約はアムに引き継がれたそうだ。
「だから、彼女が借金を返せず契約に従って奴隷になると決まった時は、私は決めたんです。彼女の母の言葉通り、彼女の主に相応しい主人を見つけると。そう意気込んでいたんですが……まさか既に見つけていたとは。そんなこと一言も言わないので気付きようもなかったです」
ポットクールは乾いた笑みを浮かべたあと、深いため息をついた。
そうだと知っていたら、借金の返済を少し待つことはできたのにと。
俺が今年分の4000イリスを支払うと言ったとき、既に奴隷契約をしているから無理だと言ったのは言葉のままの意味だったのか。
「聖者様。アムルタートはきっと、あなたの奴隷になるのを最初は断ると思います。聖者様に迷惑を掛けたくないと思うでしょうから。でも、どうか彼女の主人になってやってください。それが彼女の母の最期の願いでしょうから」
ポットクールは深く頭を下げた。
最初は、詐欺師みたいな男だと思っていたし、商売人としては優秀でもアムを奴隷に落とした冷徹な男だと思っていたが、本当はそんな風に思っていたのか。
「それで、アムはどこですか?」
「さすがに三日でお金を貯められるとは思っていなかったので、支店の方に遣いに出しています。彼女の脚力と体力だとそろそろ戻ると思うのですが」
ポットクールがそう言ったときだった。
遠くから走って来るアムルタートを見つけた。
手には細長い箱が握られている。
「ご主人様、ただいま戻りました。頼まれていた物を持ってきました」
「アムルタートさん、ご苦労様。それと、もう私は主人ではありません」
ポットクールは箱を受け取ると、俺の背中を叩いて言った。
「先ほど、こちらの聖者様が四万イリスを支払いになりました。だから、あなたの主人は聖者様です」
アムが眼を見開き、そしてポットクールを見る。
喜んでいる様子はない。
どうしていいか戸惑っている感じがする。
だが、それは俺が嫌いだからではない。
彼女が俺のことを思ってのことだと信じる。
だから俺は言った。
「アム、二人で話をしたい。その後、アム自身でどうするのか決めてほしい」
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