第11話 金稼ぎ勝負は交渉のあとで
その日、俺は久しぶりのベッドのせいでなかなか起きれなかった。
起きたときは太陽はすっかり昇り、昼になっていた。
ゴブリンキングを倒すために頑張るって決意したばかりなのにこの体たらくはよくないな。
とマップを確認する。
あれ? やけに広場に人が集まってるな。
「ポチ、出掛けてくる」
「これ、おべんとうなのです!」
「ありがとう」
ポチからお弁当を受け取った。
やっぱりポチはお母さんだな。
広場に行くと、見慣れぬ馬車が停まっていた。
この世界にも馬車があるんだ。
「村長、あの馬車は?」
「行商人の馬車だよ。月に一度、辺境の村々を廻ってるんだ。このあたりは岩塩も少ないから、行商人に頼らないといけないんだ」
うちだと自宅の塩は使い放題だが、普通はそうじゃないもんな。
代わりに、蕎麦や日保ちのするものを売っているのだという。
俺も買い物をしようかな?
この村だとあまり物が少ないが、行商人相手なら欲しいものが見つかるかもしれない。
そう思って馬車に近付き、それが視界に入った。
アムが馬車の中に座っていたのだ。
彼女に声を掛けようとして近付いたとき、
「見掛けない顔ですね。あなたが噂の聖者様ですか」
そう言って狸耳の小太りのおっさんが近付いてきた。
「トーカと申します」
「やはりそうでしたか。話は伺っています。ゴブリンを一人で退けたとか。是非、私の護衛として雇いたいくらいですよ。おっと、申し遅れました、私はポットクール申します。種族はよく狂熊族と間違えられますが、茶狸族です」
ポットクールは、二流詐欺師のような薄っぺらい笑みと世辞を言ってきた。
「聖者様は何かご入用で? 勉強させてもらいますよ」
「米の苗と、あとは虫取り網とかあったら欲しいかな」
「米の苗に虫取り網……どちらも扱ってないですね。今度来るときまでに用意させてもらいましょう」
米の苗あるのかっ!?
これはいいことを聞いた。
なんだ、ポットクール、良い奴じゃないか。
「ありがとう。では、俺はこれからアムと一緒にゴブリン狩りに行くので」
「聖者様、それは無理な相談です」
「え?」
「当然ですよ。せっかくの商品に傷がついたら困りますからね」
商品? なんのことだ?
振り返ると、村人たちは申し訳なさそうに顔をそむける。
「おや? ご存知ないですか? アムルタートは私が奴隷として引き取ったんですよ。先月、そういう約束をしていましたから」
「奴隷っ!? どういうことですか!」
俺はポットクールと正面で向かい合いながらも視線をアムに向ける。
彼女の首には見たことのない首輪が付けられていた。
あれが奴隷の証ってことか。
「五年前、この村を開拓するとなったとき、アムルタートさんのお母上さんに二万イリスを貸し付けたんです。十年がかりで返済の予定でしたが、そのお母上さんは去年お亡くなりになり、その負債はアムルタートさんが背負うことになりました」
「……あぁ」
「去年、今年の干ばつにより作物が採れず、先月の返済日に四千イリスを払えなかったため"約束通り”“契約通り”“皆さんと決めた通り”彼女を奴隷として引き取ることになったのですよ。妖狐族は珍しい種族で、あの美しさですからね。四万イリスの価値はあります。もちろん、これまで返済していただいた借金の分から手数料や利息などを差し引いたお金は村長にお渡ししましたよ。こっちはまっとうな商売をしていますからね」
約束通りとか、まっとうとか言っているが、つまりはこの男、借金を理由にアムを奴隷にしたのか。
腹が立つがわかっている。
ポットクールは商人として普通の行動をしているだけだ。
二万イリス借りて四万イリス返済と聞けば暴利に聞こえるかもしれないが、十年という期間を考えるとその利息はかなり良心的なのだろう。
それに、借金のカタにアムを奴隷にした後、その差額分を村人に渡している。
彼の言う通り、まっとうな商売をしているのだろう。
だったら、まだ話ができるかもしれない。
「だったら、俺が四千イリス払います。それでアムを解放してください」
「おっと、聖者様。既に契約は成立しています。一万イリスを村には支払いましたし、奴隷にするにも契約魔法やらなんやらで諸費用が掛かっているんです。どうしてもと彼女が欲しいと仰るのでしたら、四万イリス、耳を揃えて用意してもらいましょう」
「くっ」
俺の所持金は九千イリス。
村人がポットクールから受け取ったお金も一万イリス。
あと、村人の全財産を集めても千イリス。
この村にある全ての金を集めても二万イリス足りない。
「聖者様、私はいいのです。最初からこうなる覚悟はできていました」
馬車の中にいたアムが言った。
村のお金を集めても四千イリスを払うことができないため、アムがポットクールに奴隷として引き取られることはわかっていた。
もしも俺が治療せずに彼女を死なせてしまっていたら、アムの代わりに村の働き手の男たちが何人も買われることになっていたそうだ。
回復薬の代金は、ポットクールから支払われた一万イリスから俺に支払われる。
最後に、短い間だったが、俺と一緒に戦えて幸せだった。
彼女はそんなことを言った。
だが、俺の耳には届いても頭で理解できない。
なんだよ、それ。
俺と一緒に戦えて幸せ?
昨日、アムは言っていた。
『聖者様と一緒に行動できたこと、このアムは一生の誇りと思い生きていくことができます』
彼女は最初から、今日、こうなることをわかっていたうえで言ったのだ。
だが、俺はそこまで言われるような男じゃない。
誰かに召喚され、神から与えられた力とゲームの知識だけで強くなったつもりでいただけの高校生だ。
アムが誇りに思えるような行動なんて何一つできていない。
「ポットクールさん、これから一週間、村に滞在していきませんか?」
「どういうことですか?」
「一週間で四万イリス用意します。だから待ってください」
「なるほど……わかりました。ですが、こっちも商売人。タダで待つほど甘くはないです。行商人にとって時間はお金と同じくらい大事ですから」
ポットクールは少し考えた後頷き、俺の腕輪を指差して言った。
「私には鑑定の能力がありましてね。聖者様、あなたの腕輪、見たところ防毒効果のある腕輪とみました。それを5000イリスで買い取ります。その5000イリスで私の一週間を買ってください。それが条件です」
物は言いようだ。
つまり、一週間待ってほしかったらこの腕輪をタダでよこせってことだろ?
上等だ。
「聖者様、その条件はあまりにも無茶です。どうかおやめください!」
「アム、お前は俺と一緒にいられたことを誇りに思うなんて言ったが、俺はまだまだ強くなる! それを見届ける人が俺には必要なんだ! だからお前には見ていてほしい! 安心しろ、俺にかかれば40000イリスなんてあっという間だ」
「……聖者様」
そして俺は腕輪を外すと、彼に差し出す。
「いいです。ポットクールさんの時間、買い取らせてもらいます」
「契約成立ですね」
「ええ、勝負です」
ポットクールはそう言って、腕輪を受け取った。
いまから一週間で四万イリス。
我ながら無茶な勝負だと思うが、絶対にアムを解放する。
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