第10話 夕食はおさわりタイムのあとで

 お風呂上りの女性の濡れた髪はとてもセクシーだと聞いたことがある。

 濡れた髪が光に反射して輝くのが幻想的らしい

 だが、ドライヤーの音がここまで聞こえるから、二人でしっかりと髪を乾かしているのだろう。相変わらず、この家の設備は凄いな。

 アムの輝く濡れ髪を見れないのが少し残念だったが――


「聖者様、お待たせしました」


 そう言って厨房にやってきたアムを見て、髪が濡れていないのが残念だと思った自分をぶん殴りたくなった。

 そのくらい、アムの髪は濡れていなくても輝いていた。

 白髪だと思っていた彼女の髪だが、いまはプラチナのように輝いていて、きめ細やかな肌の白さとあっている。


「あるじ、どうですか? お風呂上りのポチの毛は柔軟剤を使ったかのようにもふもふなのです」

「うん、かわいいぞ。もふらせろ」

「あるじなら構わないのですよ」


 と尻尾を振ってくるので、アムにできない分、ポチの尻尾や頭やお腹や背中をもふもふした。

 いいコンディショナーを使っているのか、乾かし方がうまいのか、それともポチのポテンシャルが高すぎるのか、もふもふ感が半端ない。

 もふもふだ。

 もふもふしまくった。


「あるじ、そろそろご飯の仕上げをするのです」


 料理の仕上げの時間になったので、俺の楽しみは終わった。

 手が少し寂しく、グーパーさせているとポチは去り際に言う。


「続きはアムの頭でするのです」

「え?」


 続きはアムでって。

 横目でアムを見ると、彼女は頭を下げて、


「どうぞ――」


 と頭を少し下げる。


「えっと、撫でていいか?」

「はい。聖者様になら耳も――」

「うん、じゃあ――」


 アムの髪は絹糸のように滑らかだ。

 そして狐耳――モフモフしているのかと思ったけれど、思ったより毛は少ない。だからだろうか?

 独特な感触があり、病みつきになってしまいそうだ。

 ただ、少し触ると耳がピクっと動いてしまう。


「ごめん」

「いえ、耳を触られるのは慣れていないので。嫌、ではないです」


 嫌じゃないって、それって――


「ご飯できたのです!」


 ポチの声が聞こえた。

 気付けば、食卓の上に焼き魚と煮魚、そしてカブの酢漬けとパンが並んでいた。


「このパン、ポチが焼いたのか?」

「はい。村人から蕎麦粉を分けてもらったのです」


 蕎麦粉?

 そうか、村のパンは小麦粉じゃなくて蕎麦粉を使っているのか。

 どうりで少し味が違うと思った。

 じゃあ、ポチに頼めば蕎麦も作ってくれそうだな。

 できた食事を三人で囲む。


「いただきます」

「いただきますなのです」

「……いただきます」


 俺とポチは箸を使って、アムはフォークで食事を始めた。

 まずは煮魚――おぉ、醤油の味が良く染みている。

 調味料が五種類あるとはいえ、酒もみりんもないのによくここまでの味が出せたと感心する。

 焼き魚も塩味がしっかり効いていてぱりぱりの皮がまたたまらない。

 懸念材料だったハラワタもしっかり取り除いてくれている。


「ポチ、凄くうまいぞ」

「はい、とても美味です」

「喜んでもらえてうれしいのです」


 でも、これだけうまいと、白いご飯が欲しくなるな。カブの浅漬けがあるから猶更だ。

 パンも美味しいのだが、どうにかして米が手に入らないだろうか。

 そんなことを思いながら、塩味のスープを飲んで食事を終えた。


「では、ポチは魚を届けてくるのです!」


 食器を洗い終えたポチは魚の燻製を持って出て行った。

 魚の燻製なんていつの間に作ったんだ?

 夕食に出してくれたらよかったのに……と思ったが魚だけで三品は流石に多いか。

 燻製なら暫く保存できるから、これは明日の夕食だな。


 俺とアム、二人きりになった。


「あの……聖者様」

「あぁ、アム。家まで送っていくよ」


 そう言った直後、泊まっていけばいいって言えばよかったと後悔した。

 アムは一人暮らしらしいし、ポチは人間のベッドは合わないらしくリビングで寝るそうなので、部屋が余っているから。


「それとも家に――」

「私達妖狐族は古くは神に仕えたとされる種族です」


 アムが突然語りだした。


「そのため、本能的に自分が尊敬できる方を主人とし、一緒に行動することを誇りとする種族なのです。なので、昨日、今日、聖者様と一緒に行動できたこと、このアムは一生の誇りと思い生きていくことができます」

「そんな大げさな」

「いいえ、大げさではありません。聖者様はこの村を、そして私の命を救ってくださった偉大なお方です。本当にありがとうございました」


 そして彼女は俺に背を向けると、


「ご安心ください、妖狐族は夜目も利きます。暗い道でも迷うことはありません」


 そう言うと家を出た。

 アムは笑っていた。

 その笑顔に、俺の心臓が止まったかのような気分だった。


 アムが帰って暫くして、俺はようやく正気に戻った。

 アム、普段もかわいいけれど、笑うとめっちゃ可愛いな。

 尊敬してくれているのか。

 そう言ってもらえるのは嬉しい。

 彼女が安心して暮らせるためにも、ゴブリンキング討伐をしないといけない。

 明日からまた頑張ろう。


 俺はそう思い、大きなあくびをした。

 ポチが帰って来てから、ベッドに行った。

 久しぶりにふかふかベッドの上で熟睡できた。


 翌朝、村を訪れた商人がアムを奴隷として引き取ったと村長に聞かされた。

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