第9話 お風呂は魚釣りのあとで

 ポチの案内で俺は建設予定地だった場所に向かった。

 そこには、平屋の一軒家が建っていた。

 豪邸ではないが、村の建物のレベルと比べると立派な造りをしている。

 蒼剣にも登場する初期段階の家だ。


「ポチ、凄いな。一人でこれだけ作ったのか」

「はいなのです。中を案内するのです」


 家は普通の民家。

 玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えるスタイルも俺好み。

 2LDKで、素晴らしいことに、風呂とトイレもある。もちろん風呂トイレ別。

 トイレはトイレットペーパーが完備、ウォシュレット付き!

 風呂も蛇口を捻れば自動で水とお湯が出るし、シャワーまでついてる。

 そういえば、ゲームの中でもここだけ妙に現実的だったっけ。

 さらに部屋にはダブルサイズのベッドが一つ。

 マットレスを押すと手が僅かに沈む。

 低反発の寝やすいベッドだ。

 さらにダイニングキッチンに行くと便利機能として、冷蔵庫と収納棚がある。

 冷蔵庫には食品を、収納棚にはそれ以外の物を入れることができるのだ。

 ここで、道具を整理することができる。


「凄いぞ、ポチ。何か褒美をあげたい……けど何も無いな」

「それでは、お肉が欲しいのです。ポチは何も食べなくても大丈夫なのですが、美味しい物は好きなのです。美味しそうな山羊が村にいたです」

「山羊はダメだぞ。村の大事な資産だ。ゴブリンの肉はダメか?」

「ゴブリンはマズくて食べられないのです」


 ポチが渋い顔とともに腕でバツ印を作った。

 だったら狩りに行くしかないな。

 アムに聞けば獲物がいる場所を教えてくれるだろう。

 いや、待てよ?

 じゃあ釣竿を用意して泉に釣りに行くのもありだな。

 釣り技能が欲しい。

 採取、伐採、採掘、釣り、虫取りは自然界五大素材入手技能だからな。


「ポチ、魚でもいいか?」

「はい、ポチは魚が大好きなのです。釣りに行くのでしたら、ポチは焼いて食べる準備をして待ってるのです」

「わかった」

「あ、待つのです! あるじ、予備の着替えを置いていくです。ポチが洗っておくのです」


 ポチがお母さんに見えてきた。

 家を出た俺はアムの家に向かった。

 釣り竿が借りれたらと思ったからだ。


「釣りですか? それでしたら私の家に釣り竿が二本ありますので一本差し上げます」

「本当に? ありがとう。あ、お金は払うよ。一本1000イリスくらいでいい?」

「高すぎます! 木の枝を削って糸と針を取りつけただけの簡易なものですので、無料で構いません」

「そうか――じゃあ、魚を釣れたらわけてあげるってことで。この辺りにいい釣りポイントはある?」

「はい。ご案内します!」


 俺とアムは村から走って三十分くらいの場所にある小川に行った。

 村の近くにも水くみできる泉はあるのだが、そこには小さな魚しかいないらしく、地図を見ても釣りポイントではなかったが、この川は釣りポイントに指定されていた。

 よし、さっそく釣るぞ。

 俺が釣りに行くと言ったら、村長が餌となるミミズを用意してくれた。

 俺は都会っ子だが、ミミズを素手で触ることくらいはできる。

 ミミズを半分に切って、アムと二人で釣り開始。

 さて、まったり楽しむか。


 と、直ぐに目の前に「!」マークが。

 これもゲームと一緒かよっ! と思いながら竿を上げると、魚が釣れていた。

 

「おめでとうございます」

「いやいや、大したことないよ」


 本当に大したことない。

 餌を付け直し、投入。

 必ず二十秒以内に目の前に「!」マークが出現、竿を上げると獲物がかかっている。

 なに、この接待ゲーム。

 まったり楽しむ空気なんてまったくない。


 釣り上げた魚は持ってきたバケツではなく、道具欄に収納する。

 そして、七匹目――


「スライムが釣れた」


 俺は蒼木の剣でスライムをぶん殴って倒す。


「どうしてスライムがこんなところに。全く気配を感じませんでした」

「俺もだ……」


 地図にもスライムがいるマークはなかった。

 ゲームでもレベルに応じた魔物が釣れることは多々あったが、そのシステムが採用されているらしい。

 魚に関してはこの川にいる魚しか釣れないが――


「長靴だ」

「変わったブーツですね……どのような素材でできているのでしょうか。ですが、どこに針が引っかかったのでしょう?」

「ヤカンだ」

「変わった形の鍋ですね。魚より価値が高そうです。どこに針が引っかかったんでしょうか?」

「丸い石だ」

「本当にどこに引っかかったんですかっ!?」


 俺も謎だ。

 ゴミも結構な割合で釣れる。

 ただ、魚も50匹くらい釣れたので大漁なのは間違いない。

 お陰で、たった一日だけで釣り技能のレベルが5に上がった。

 釣り技能は素晴らしい。

 レベル1ごとに体力が1増えるという微妙なステータス増だが、その代わりレベル5増えるごとに、運の値が1増える。

 運はレベルアップでも成長しないので、数少ない運を上昇する方法の一つだ。

 運が上がれば、敵の攻撃が当たりにくくなるほか、レアアイテムのドロップ確率も高くなる。

 昨日、ゴブリン退治で得た銅の腕輪も正直に言うと「運上昇」の効果のある装備が欲しかったくらいだ。


 夕方になり、家に帰る。


「アム、うちに寄っていかないか? ポチが魚を焼いてくれるそうだから一緒に食べよう」

「ポチ……さんは、料理もできるのですか?」

「ああ、そうみたいだ。手先が器用だからな」


 魚を持って家に帰った。

 玄関で思い出したようにアムに言う。


「ああ、そうだ。ここからは靴をこれに履き替えてくれ」


 俺は備え着けのスリッパを出してアムに言う。


「はい」


 アムは言われるがまま、靴を履き替えた。

 台所に行くと、ポチが何か作業をしていた。


「ポチ、魚持ってきたぞ。何してるんだ?」

「あるじ! 村の人からカブをいただいたので、酢漬けにしているのです!」

「酢? お酢なんてあるのか?」

「家の中だけ、料理に使うこと限定ですが、料理の【さしすせそ】は全部使えるのです」


 さしすせそって、砂糖、塩、酢、醤油、味噌が全部使い放題ってことか!

 家の中限定とはいえ、凄いな。

 そういえば、ポチとは一瞬顔合わせをしただけで、ちゃんとお互いの紹介をしていなかったな。


「ポチ、彼女はアムルタート。一緒に魚釣りを手伝ってくれたんだ。アム、こいつはポチ。コボルトビルダーって種族の魔物で、俺の従魔だ。とっても賢いから仲良くしてくれ」

「はじめまして、ポチなのです。よろしくなのです」

「はじめまして、アムルタートと申します。ポチさん、どうぞアムとお呼びください」


 うんうん、仲良くなってくれたな。

 俺は台所のシンクに、釣ってきた魚を出す。


「大漁なのです! あるじ、これだけあるのなら、カブをくれた人に分けてもいいですか?」

「うん、いいぞ。村人との交流はどんどんやってくれ。でも怪しい人にはついていくなよ」

「ポチは強いので大丈夫なのです」


 ポチはそう言って調理を開始する。

 コボルトビルダーの強さってどのくらいなんだろう?

 でも、ゴブリンよりは強いと思う。


「この家は凄いですね。これ、ポチさんが一人で作ったのですか?」

「うん、ポチはコボルトビルダーっていう建築のプロだからな」

「そうなのですか。聖者様の収納能力で建築用の資材を搬入しているとはいえ、照明の魔道具等見たこともないものばかりです」


 建築資材は俺が運んだんじゃないんだけど、否定すると、じゃあどこから出したんだ? ってなるからそういうことにしておこう。


「あるじ、食事ができるまで時間がかかるのです。お風呂の準備ができてるので入るのです」

「え、本当か? じゃあ、アム、最初に入っていいよ」

「お風呂があるのですか? いえ、私は――」

「あるじが先に入るのです。その後、アムにはポチが入り方を教えるのです。女の子同士仲良く入るのです」


 ポチってメスだったのかっ!?

 いや、まぁアムも俺を待たせてゆっくりお風呂に入るのは難しいか。


「わかった。じゃあ、さっと風呂に入ってくるよ」

「はいなのです。洗濯物はカゴに入れておけばポチが洗っておくのです」

「ありがとうな」


 俺はそう言うと風呂に向かった。

 脱衣場には俺の着替えが置かれている。

 ポチが洗ってくれたのだろう。

 浴室は湯気が立ち込め、お湯が張られた木製の浴槽が眼に入る。

 水道の蛇口をひねると水もお湯も出るしシャワーもある。

 もうこれだけでチート性能過ぎる。

 そのまま入りたいが、まずは身体を洗う。

 こっちに来てから水浴びくらいしかしていなかったからな。

 タオルと石鹸があったので、それを使って全身の垢を落とす。

 洗面器でタオルをすすぐと、お湯が真っ黒になった。

 これは一回洗うだけだと汚れが落ちないな。

 身体も頭も念入りに洗って、ようやくお湯に入る。

 変な声が出た。

 なんて気持ちいいんだ。

 このまま寝落ちしそうになるが、アムを待たせていると思うと長湯もできない。

 そう思うと、俺が先に入ってよかった。

 アムが先に入ったら、俺を待たせると思って彼女もお風呂でゆっくりできないだろう。

 全身を温めてから風呂から出た。

 綺麗な服を着るのも久しぶりだな。


「あがったよ。次はアムとポチが入ってくれ」

「ありがとうなのです。あるじ、あとは煮込むだけなので、鍋の火を見て吹きこぼれそうになったら弱火にしてほしいのです」

「わかった……弱火ってどうするんだ?」


 厨房にあったのはガスコンロではなかった。

 薪を使っているカマドだ。

 なので弱火にする方法がわからなかった。

 風を送り込めば強火になりそうだが、弱火にするのはどうするのかわからない。

 水を少しかけるのか?


「中の薪の数を減らせばいいのです。火鋏で薪を取り出して、この壺の中に入れるです」

「……あ、そっか」


 単純な話だった。

 ポチに言われた通り、火を見る。

 じっと火を見ると、なんか落ち着くな。

 日本にいた頃、焚き火を見るだけの動画が存在するって聞いて、誰がそんなの見るんだよって思っていたが、俺の認識が間違っていた。

 この火を見ているだけで無心になれ――


『アムの肌、とても綺麗なのです! それに胸も大きいのです』

『ポチさんこそ毛がすべすべしていて気持ちいいです』

『尻尾のケアは欠かしていないのです。アムの尻尾のケアもしてあげるです』

『あ……ポチさん、尻尾は敏感ですから……』


 なんで浴室の声がここまで聞こえてくるんだ?

 俺が聞き耳を立てているからだろう。

 これじゃダメだと、俺は耳を塞いだ。

 無心になるのは難しいな。

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