第6話 住居の場所決めはNPC召喚のあとで

 俺が能力を使った場所だけ急激に成長をみせた作物たち。

 当然、村人たちは俺が何かをしたと思い、慌てて呼びに来た。

 能力の効果に対してこれはあまりにも異常過ぎる。

 俺は少し考えた。


 天の恵みにより改良された畑は、確かに植物の生長を早める効果がある。

 しかし、ここまで露骨な差が出るのは何故か?

 その原因を考え、一つの仮説に行きあたる。

 原因はゲーム内の作物の育つ速度に違いない。

 たとえば、大根は種をまいてから収穫まで地球では60日は必要だが、蒼剣の世界では種をまいてから収穫まで6日で済む。

 天の恵みⅠによって一段階改良した畑では、さらに一日短縮して5日で済む。

 もしかして、畑を改良したことで、ここで育つ野菜や穀物の成長速度がゲーム時間と同じになったのではないだろうか?

 通常の十二倍の速度の成長――そりゃ村人も驚くわ。


「俺の能力です。作物の成長を促進させ、さらには品質も良くする祈祷(?)みたいな力です。聞いたことがないですか?」

「そんなの聞いたことがない」

「冒険者様は聖者様だったのですね!?」

「聖者様!」


 村人たちが俺を拝み始めた。

 いやいや、そんなんじゃないから。

 ただの雑魚能力だから。

 一段階目の天の恵みでこれなら、これ、天の恵みの能力が上昇したらどうなるんだ?


「この能力のことはできれば他の人には言わないでもらいたいです。それと、暫くの間、ここを拠点に活動させていただきたい」


 暫くはこの村で実験をしよう。

 都心部で力を使って騒ぎになったら収拾がつかなくなる。

 俺の申し出に、村人全員が喜び頷いた。

 その時だった。

 まるでスマホの着信音のような音が聞こえた。

 村人たちは何も反応しないから、俺にしか聞こえていないのかもしれない。

 これはもしかして――


「ちょっと失礼します」


 俺はそう言って、いそいそと借りている部屋に戻った。

 そして、メニューを開くと、メール機能が開放アンロックされていたのだ。

 これはアップデート情報やDLC特典などが届くときに使われる機能なので、これだけは永遠に封印されるものと思っていたが。

 メールの差出人を確認する。


「アイリス様っ!?」


 神様からの手紙だ。

 俺は手紙を開く。


【遊佐紀様、メリシアでの生活は順調のようですね。

 拠点獲得おめでとうございます。

 頑張っている遊佐紀様に特殊能力NPC召喚Ⅰを付与しました。

 NPC召喚Ⅰを使うと拠点の生活に必要なNPCを召喚することができます。

 一回限りの使い捨て能力ですが、これを使って頑張ってください】


 拠点獲得っ!?

 蒼剣の世界だと、拠点はとても重要な施設だ。

 畑で野菜を育てたり、錬金術で薬、料理で食事、鍛冶で防具やアクセサリーなどを作成したり、襲撃イベントや拠点クエストを達成して拠点ポイントを稼ぎ、施設を充実させたりできる。

 どうやら、村人たちが俺にここにいてほしいと願ったこと、そして俺がここにいたいと願ったことで、拠点として認められたらしい。


 俺は早速NPC召喚の魔法を使った。

 すると、目の前にオーバーオールを着た二足歩行の犬が現れる。

 コボルトビルダーという名前のコボルトの亜種だ。


「はじめまして、あるじ」

「人間の言葉が喋れるのか? というか、あるじ?」

「ご主人様が僕を呼んだのですよね? だったらあなたが僕のあるじなのです」


 蒼剣の中でも、このオーバーオールを着たコボルトビルダーが拠点の管理をしてくれていた。


「あるじ、僕に名前をくださいなのです」

「じゃあポチで」


 俺は迷わずそう名付けた。

 蒼剣の中でも管理人に名前を付けるイベントがあり、デフォルトネームがないので、いつもポチと名付けていたからだ。


「ありがとうございます。では、このポチの最初の仕事なのです。こちらをどうぞなのです」


 ポチが一枚の紙を俺に渡した。


―――――――――――――――――――――

ゴブリン襲撃クエスト


クリア時間:56分42秒

討伐数10

村人被害0


達成:ゴブリンを一匹も逃がさずにクリア

未達成:ゴブリンに増援を呼ばせてからクリア

未達成:畑の被害が出る前にクリア

未達成:村人のレベルを上げてクリア

達成:村人の被害を出さずにクリア

未達成:アムルタートを治療して一緒に戦ってクリア


ランク:D

獲得ポイント130

―――――――――――――――――――――


 襲撃イベントの結果か!?

 駆けつけるのが遅かったので、クリア時間は悪い。

 あと、ゴブリンに増援を呼ばせてからクリアとか、アムルタートを治療して一緒に戦うとか、初見では達成できないだろう。

 

「人が襲われてるのにゲーム感覚ってのは、さすがに俺でも罪悪感があるな」

「リザルトは、拠点に住む人の被害が少なければ少ないほど高評価になりますので、村に住んでいる人のために戦った恩恵と考えればいいとポチは思うのです。ゲームの世界と違い、やり直しはできないので注意してほしいのです」


 ポチはゲームのことも知っているらしい。

 ゲームだと、実績全部達成してクリア時間も減らして、Sランクを目指すまで繰り返すだろう。

 しかし、ここはゲームじゃなくて現実だ。

 やり直しはできない。

 村人に戦わせてレベルを上げさせるのもいいが、安全を考えるのなら彼らに戦わせずに俺一人で戦ってよかったと思う。


「拠点ポイントを100使ってあるじの家を建てるのです!」


 ゲームでも最初に建てられるのは主人公の家だけだった。


「うん、頼む。場所は後で指定するけど、拠点クエストの発行はあるのか?」

「はい、こちらなのです」


 ポチはそう言って別の紙を俺に見せる。


―――――――――――――――――――――

ゴブリンダンジョン攻略:50ポイント

推奨レベル15

達成条件:ゴブリンダンジョンにてゴブリンキングの撃破

―――――――――――――――――――――


 一つだけか。

 しかし、ゴブリンダンジョン――ゴブリンの発生源はダンジョンになっていたらしい。

 今の俺ではゴブリンキングを倒すのは荷が重いが、しかしダンジョン化しているのなら紅の石と蒼の石を手に入れるチャンスだ。

 とりあえず、クエストは受けておく。

 そして家を出ると、村人たちが待っていた。


「聖者様、その魔物は?」

「こいつはコボルトビルダーのポチ。俺の従魔です」

「はじめまして、コボルトビルダーのポチなのです」


 ポチが挨拶をするが、村人たちのリアクションは低い。

 どういうことかというと、高ランクの魔物は人間の言葉をしゃべるのは普通のことであり、コボルトが喋るのは珍しいが、俺の従魔だったらそのくらいあるだろうと思ったらしい。


「村に俺の家を建てたいんですが、村長の許可って貰えるんでしょうか?」

「村長は俺だ。もちろん聖者様の家を建てるっていうのなら喜んでお手伝いするぜ。どこに建てる?」


 スキンヘッドの男が村長だったのか。

 もっと爺さんだと思ってた。


「あるじ、こっちがいいのです」


 ポチがそう言って俺たちを連れて行ったのは、村の西側だった。

 確かに、今後施設を拡張していくことを考えるのなら、今は何もない場所に建てた方がいいか。


「ここを使っていいですか?」

「俺たちは構わないが、しかし、いいのか? 村の西側は死の大地に近いから作物が育ちにくいぞ?」

「死の大地?」

「聖者様、死の大地を知らないのか? ここから西に少し行ったところは死の大地って呼ばれる恐ろしい化け物が封印されている大地でな。結界が張られていて誰も入れないが、その結界を維持するために大地のエネルギーを使っているので植物が育ちにくく、動物も魔物もほとんどいない」


 え? 俺が召喚されたのって、その死の大地の中だったってことかっ!?

 魔物どころか普通の動物や鳥もいない、いたのは水辺のスライムだけだから変だと思っていたが、そんな場所だったとは。

 おかげで魔物に襲われずに済んだから助かったとも言えるが。


「聖者様、顔色が悪いですが、どうかしましたか? やはり場所を変えましょうか?」

「いえ、大丈夫です。じゃあ、ポチ。ここに俺の家を作ってくれ」

「かしこまりましたのです! 三日間待って欲しいのです」


 ポチはそう言うと、一瞬にして建設予定地に幕を立てた。

 その幕の中からポチが顔だけを出して俺に言う。


「今から作業を始めるので、中を覗いたらダメなのですよ?」

「わかったよ。助けてもいない鶴の恩返しには期待しないから覗かないさ」


 中にいるのが鶴だったら、自分の身を傷つけてまで機織りするのはかわいそうだからすぐに覗いてあげないとな。

 村人たちにも中を覗かないように頼んだ。

 その後は、俺は村人と相談し、全ての畑に天の恵みの能力を発動させた。

 

 そして――


 いまから短剣の訓練だ。

 蒼木の短剣を使って、近くにあった岩をひたすら攻撃する。

 技能によるステータス増加はゲーム内では微々たるものでタイパが悪い成長方法なのだが、レベルアップによるステータスの恩恵の低い俺にとっては、むしろこの技能のステータスこそが命綱だ。

 短剣技能はレベル1ごとに攻撃が3、俊敏が1上がる。

 俊敏の低い俺にとっては必須の技能だ。


 三時間くらいで短剣技能がレベル1になった。


「聖者様」


 そろそろ聖者様と呼ばれる頃にも慣れてきた。

 後ろから声を掛けられて振り返ると、そこにいたのは――白い髪の美少女だった。

 誰かはわかる。

 昨日助けたアムだ。

 ただ、あの時はあちこち包帯を巻いていたし、顔なども血で汚れていて顔までよく見なかった。

 こんなに美人だったなんて。

 それに胸も……いかんいかん。


「アムさんだっけ?」

「はい。アムルタートと申します。どうか私のことはアムとお呼びください。昨日は村を救ってくださっただけでなく、私の命を助けて下さりありがとうございました」

「アム、怪我の具合はどう?」

「いつでも戦えます」


 常在戦場かっ!?

 スキンヘッドの男――村長が戦えるのはアムしかいないって言っていたから、そういう心構えが染みついているのかもしれない。

 見たところ、後遺症とかはないようだ。


「私の治療費のことですが……申し訳ありません。暫く待っていただけると助かります。その頃にまとまったお金を用意します」

「別に急いでないからいいよ。無理だったら――」

「必ず支払います」


 アムが言い切った。

 元は無料のポーションなんだし、無理だったら周辺の案内や一緒に魔物退治などをしてそれを対価にしようと思ってたんだが。

 お金はあって困るものではないし、払ってくれるというのなら払ってもらおう。

 ここで必要ないって言えば、どうせ払えないんだろうと決めつけているようで、彼女のプライドを傷つけることになるかもしれない。


「わかった。待つよ」

「ありがとうございます。もちろん、待ってもらっている間、私は聖者様のために尽くします。何なりとご命じください」

「そういうのは――」

「ご命じください」


 アムは頭が固いようだ。

 断ってもついてきそうだな。

 美少女がなんでも命令を聞いてくれるというのはそそるが、俺は紳士だ。

 下種な命令をしたりはしない。


「わかったよ。じゃあ、とりあえず一緒に来てくれるかな?」

「はい」


 振り返る。

 前からだとよく見えないが、それでもふわふわの白い尻尾が見えた。

 いまからでも、あの白い尻尾と耳をもふらせてもらえないかな?

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