第5話 人助けはゴブリン退治のあとで
醜悪な顔の緑色で、毛の生えていない猿のような魔物――たぶんあれはゴブリンだ。
マップによると、ゴブリンの色は薄い赤色。
つまり、俺より5以上レベルが低い、つまりレベル1か2の雑魚モンスターということになる。
その数は十匹。
対して木の柵を守っている数は五人。
それ以外の人は、村の奥の建物の中にいるみたいだ。
うーん、これはどっちだ?
ゴブリンに襲われているのであれば、退治してもいい。というか退治したい。
だが、ゴブリンをおびき寄せて魔物を倒してレベルを上げている最中だとしたら、ここで俺がしゃしゃり出て倒してしまったら問題になる。
幸い、ゴブリンが襲撃してきたのは村の東側――俺がいる方向とは反対側になるので、普通に村に入ることができた。
蒼木の剣を持って、村の柵で木の槍を持っているスキンヘッドのおっさんに話しかけた。
「あの、すみません」
「ん!? なんだ、お前は!?」
「いえ、普通の冒険者です。ところで、このゴブリン、倒していいですか?」
これって、負けフラグとなる台詞の定番なんだけど、負ける気はしない。
「倒してって、倒せるのなら助かるが……」
「よし、じゃあ行ってきます」
俺はそう言うと飛び出した。
まずは手始めに投石!
鞄の中から手ごろなサイズの石をゴブリンに向かって投げる。
頭に当たったのだが、マップから敵の反応が消えない。
やっぱりスライムよりは強いか。
だが、石がぶつかって脳震盪を起こしたのか気絶している。つまり、その程度の強さ。
やっぱり、俺は強くなってる。
蒼木の剣でゴブリンを殴る。
マップから敵の反応が消えた。
やっぱり一撃だ。
俺は向かって来るゴブリンをさらに倒す。
逃げ出そうとするゴブリンには石を投げて気絶させた。
投石能力のお陰でコントロールは抜群だ。
瞬く間にゴブリンの群れを撃破したが、レベルは上がっていない。
やっぱり弱い魔物相手だと効率が悪い。
しかし、今回の戦いで蒼木の剣のレベルが5になり、三種類の進化条件が解放された。
―――――――――――――――――――――
聖剣総合レベル:7
☆蒼木の剣:5(攻撃+10 防御+5)
蒼木の短剣:1(攻撃+2 俊敏+1)
蒼木の槍:1(攻撃+2 防御+1)
紅石の剣:未開放(必要技能:剣術レベル5 必要素材:紅の石)
蒼石の斧:未開放(必要技能:採掘レベル5 必要素材:蒼の石)
―――――――――――――――――――――
聖剣という名前だけど、槍や斧、他にも杖などに進化可能なのはゲームと一緒だな。
蒼木の剣の横に星マークがついている。どうやらレベルがカンストしたらしい。
紅の石と蒼の石は初心者向けダンジョンのドロップアイテムだが、この世界にあるのかは不明。
あと、ゴブリン10匹で500イリスと錆びた剣か。
研いだらボロの剣になるけれど、それでも攻撃+2の弱い剣だ。
お金はともかく、剣は使い物にならないな。
アイテム欄を圧迫するので、処分しておかないと。
「つ、つえぇ……あんた、一体……」
戻ると、さっきのスキンヘッドの男が驚き言っている。
「え? 俺って強いですか?」
「ああ、冒険者は何人か見たことがあるが、俺の知る限りだとあんたみたいな強い奴を見るのは初めてだ。D、いや、Cランク冒険者か?」
へぇ、俺って結構強いのか。
何人かって言ってたから、それほど多くの冒険者を見ていないのだろう。
自惚れないようにしないとな。
「なぁ……さっき、魔物を倒してほしいって頼んだが、その……この村には金がない」
「ん?」
「悪いと思ってる。冒険者に依頼をしておきながら、金が払えないなんて。図々しい願いだが、どうか勘弁してもらえないだろうか?」
スキンヘッドのおっさんがそう言って土下座をしてきた。
「ちょっと待ってください。え? どういうことですか?」
「わかってる。金がないのなら別のもので払えって言うんだろ? だが、村の蓄えを金に換えたらこの村の連中は全員飢え死ぬ」
金を貰うつもりはなかったんだが、このスキンヘッドの男が言っていることから察するに、ここは金を請求するのが普通のことらしい。
だったらここは――
「金が払えないって言うんだったら、代わりに……暫くこの村に泊めてください。それと、買い物をさせてもらえたらと思います。もちろん、代金は支払いますので」
「それだけでいいのか?」
「ええ。あ、でも一つ貸しですよ?」
スキンヘッドの男は逡巡している。裏がないか考えているのだろう。
そして立ち上がると、
「感謝する」
と深く頭を下げた。
その話を聞いていた周囲の村人たちも感謝し、一人が建物の中に隠れていた村人たちを呼びにいった。
ちなみに、冒険者への謝礼の相場を訪ねたところ、ゴブリン退治の相場は3000イリスらしい。
村のお金をすべてかき集めても1000イリスくらいしかないそうだ。
ちなみに、俺の全財産は8000イリスを超えている。
この村の一人あたりの平均収入は年間200イリスくらいらしいが、だからといって、1イリス1万円と単純に計算することはできない。
ゴブリン退治に3000万はさすがに高すぎるし、この村は見たところ貧乏そうだから、たぶん村と都会とでは物価が全然違うのだろう。
都会だったら、普通に宿代だけで数百イリスとか支払ったりするのかもしれないからな。
その後、村人たちを紹介され、簡単な歓迎会が開かれた。
といっても、パサパサの堅いパンに野菜の入った山羊の乳のスープという貧乏料理だったが……
「うまいです」
久しぶりに食べた温かい料理を前に、俺は心から言った。
それを見て、村人たちも安心し、温かい笑みを浮かべてくれた。
「冒険者様、悪いね。本当は酒でもご馳走したいんだが、そんなもんここにはなくて」
「今年も不作でね。穀物もろくに取れないんだ」
「気にしないで下さい。美味しい食事、ありがとうございます。でも、ゴブリンを退治できる人がいないと大変ですね。これまで襲われたことはなかったのですか?」
「アムがいたのですが……」
「アムさん?」
「はい。妖狐族の娘です」
妖狐族……獣人か何かだろうか?
ただ、「いた」という表現が少し気になった。
「そのアムさんはどうしたんですか?」
「ゴブリンの発生源を潰すために南東の洞窟に行き、そして傷ついて帰ってきました。いま、治療を――しかし、おそらく今晩が峠かと……」
「俺に診せてもらってもいいですか? 治療できるかもしれません」
俺はスキンヘッドのおっさんと一緒にそのアムがいるという家の中に入った。
錆びた鉄の匂いや何かが腐っているようなにおいが鼻を刺激した。
そこにいたのは俺と同い年くらいの女性だった。
頭に白いケモミミが生えている。犬? いや、キツネだろうか? 妖狐って言ってたもんな。
お婆さんが一人で治療――というか看病にあたっているらしい。
包帯で傷口を抑えているが、血で滲んで元の布の色もわからなくなっている。
恐らく痛みで叫んで舌を噛まないようにするためか、口には猿轡のようなものが噛まされている。
最低限の治療しかされていない。
これが村の医療の限界なのだろう。
「ゴブリンの群れの中に、上位種がいたらしい――」
「上位種、ホブゴブリンですか?」
「いや、ゴブリンキングだ」
ゴブリンキング……蒼剣の中だとレベル15くらいの敵だ。
今の俺のステータスでは倒せないだろう。
「回復薬はないのですか?」
「そんな高いものこの村にはない」
「まだ試してないってことですね。だったら、これを使います」
俺はそう言って、鞄から出すフリをして道具欄にあるポーションを取り出した。
「さっきも言ったが金が――」
「話は後で彼女とします」
俺はそう言って、彼女の上半身を起こして猿轡を外すと、ポーションを飲ませた。
飲ませ方が悪かったのか、「ごほっ、ごほっ」と咽たが、しっかり飲み干すことができた。
「うっ……」
意識が戻ったようだ。
「もう一本いっとくか」
「大丈夫です、冒険者様。顔色が落ち着いています。もう峠は越えました」
看病をしていたお婆さんが言う。
「そうですか。では、後はお任せします」
俺はそう言うと、鞄から保存食のスナックバーを取り出す。
「目を覚ましたら、これを砕いて山羊の乳に混ぜて飲ませてあげてください」
失われた血は戻らないから、栄養のある食事は必要だろう。
一応女神様が用意してくれた食事だから、そのあたりの効果は期待できる。
「わかった。重ね重ね感謝する。それで魔法薬の代金だが」
「お金を払えないのはわかってます。村の依頼ではないですから、支払いの方法は彼女と相談して決めます」
「そう言ってもらえると助かる。ただ、アムは村の恩人の娘だから、できるだけ穏便に済ましてもらえると助かる」
もちろん、無茶を言うつもりはない。
そうだな……お礼としてあのケモ耳をモフモフさせてもらえないだろうか?
さすがにそれはセクハラか。
その日、村の民家に案内された。
使われていなかった家らしいが、寝床として藁のベッドを用意してくれた。
久しぶりのベッド――だったが、背中がチクチクするので、下にダンボールを敷いて寝た。
掛け布団はないらしい。
ダンボールを掛けて寝た。
それでも、屋外で寝るよりははるかに快適だった。
翌日、俺はスキンヘッドの男に起こされた。
ひどく慌てた様子の男が、「冒険者様っ!」と言って入ってきたので何事かと思って置き上がる。
彼が慌てていた原因は畑にあった。
昨日の食事の後、畑を見せてもらった。
畑の状態は決していいとは言えない。麦や芋、根菜を中心に育てているようだが、村人全員が食べるのがやっとの収穫量だという。
試しに「天の恵みⅠ」の能力を使ってみた。
特にエフェクトが出るわけでもない、地面に手を当てているだけだったので、案内してくれた人は何をしているかわかっていなかったようだが。
どうやら、その成果が出た。
「成果出すぎだろ」
昨日までゴブリンに踏み荒されていた畑の作物たちは、俺が天の恵みを使った場所だけ元気に成長していた。
まるでその場所だけ時間の流れが違うかのように。
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