第11話 勝春の罠

 勝春は、落書き犯を既に特定したという。

 そして、仕上げのために何かを仕掛けるつもりのようだ。


 昼休みは間もなく終了する。


 勝春は目的の生徒のクラスに入り、その名前を呼ぶ。

「ネ、秋山クン!」


 髪型がマッシュの気の弱そうな生徒がビクリとして振り返る。

「え? え……誰?」


 勝春は、戸惑う少年の肩に腕を乗せながら馴れ馴れしく話しかける。

「聞いてるでショ? 例の落書き事件の噂!」


「え、いや、え?」

「ここだけの話なンだけどネ。犯人はダンス・スクールの生徒なんだってサ」


「そ、そうなんだ」と、秋山少年が一瞬、緊張する感触を勝春は冷静に観察する。


「ウン。元生徒、だけどネ」


 そこで秋山少年が身を固くする。


 勝春は秋山少年の顔を覗き込みながら続ける。

「ソウソウ! 左利きだってことも判明してるンだ」


 秋山少年の視線が自らの左手に向けられた瞬間を勝春は見逃さない。

「それとネ。犯人は致命的なミスをしたことが分かったんだ」


 すっかり勝春のペースに飲まれた秋山少年が「そ、それで?」と、反応してしまう。


 そこで勝春は、秋山少年の耳元で囁いた。

「指紋だヨ。スプレーが着いちゃったンだろうネ」


 秋山少年が動揺しているのは明らかだった。

「そ、そうなんだ……へぇ」


 勝春は「さっき流れてきた秘密情報なンだヨ」と、ウインクした。


 そこで昼休み終了のチャイムが鳴った。


 秋山少年が慌てる。

「あ、ごめん。次、音楽室だから」


 勝春はニコやかに手を振る。

「ごめんネ。引き止めちゃってサ。ジャ、またネ」


 結局、勝春に見覚えが無い秋山少年は、しきりに首を傾げながら、そそくさと去っていく。


 勝春は余裕の笑みで、その後ろ姿を見送った。


     *     *    *


 時計は深夜の1時を回ったところだった。


 三人のであるボロアパート。

 大志に割り当てられた部屋の窓からは向かいの喫茶RISEが丸見えだ。


 三人は明かりを消した部屋で待機している。


 カズが尋ねる。

「来るかな? 今晩」


 勝春は「来るサ。必ずネ」と、確信している。


 窓際の壁にもたれて通りの様子を監視していた大志が動く。

「ウム。来たぞ」


 その言葉でカズと勝春が暗がりの中、顔を見合わせる。

「本当にきたね」

「やっぱりネ。思った通りだヨ」


 しかし、立ち上がろうとする二人を大志が制する。

「いや、ちょっと待て。様子が変だ」


 大志は窓の外に目を凝らす。

 そして「うっ!」と、呻く。


 カズが「どうしたの? 大志」と、メガネに触れる。


 大志が天を仰ぐ。

「あのバカ……しかも酔っぱらっていやがる。なっ!? しかも立ちションだと?」


 カズが「誰?」と、窓から表の様子を見て、頭を抱える。

「ああ……鼠先輩……何やってんだか」


 勝春も「なんだヨ。犯人の秋山クンじゃなかったのかヨ……」と、脱力する。


 鼠先輩は学校に通っているが、確実に三十歳は越えているので飲酒は問題ない。

 だが、周りをチョロチョロされると迷惑だ。


 鼠先輩は、見るからに泥酔していて、電柱に寄りかかりながら立小便をしている。


 大志が呆れる。

なげかわしい。日本男児にあるまじき蛮行ばんこうだ」


 フラフラと鼠先輩が去って、さらに待つこと三十分。


 大志が再び反応する。

「また誰か来たようだ」


 勝春が、大志の横から窓の外を確認して頷く。

「ウン。アレだネ。ヨシ! 行こう!」


 三人は急いで靴を履いて部屋を出る。

 古いアパートなので足音に気を配りながら階段を下りる。


 道路の向こうには喫茶RISEとダンス教室。

 そのシャッターの前で懐中電灯を持つ人間がいる!


 勝春を先頭に三人組は、ゆっくりとその人陰に近づく。

 そして、勝春が後ろから声を掛ける。


「ヤア! また会ったネ、秋山クン♪」


 フードとマスクで顔を隠した相手が「ひっ!」と、腰を抜かしそうになる。


 そこでカズが指摘する。

「あれれぇ、おかしいぞ? こんな夜中に懐中電灯なんか持参じさんして何をしてるのかな?」


 勝春が意地悪そうに質問する。

「ネ、秋山君。懐中電灯の他に手に持っているのは何カナ?」


 秋山少年はスプレー缶を後ろ手に隠す。

「や、な、なんでもない」


 勝春は試すような顔つきで問う。

「なるほどネ。それで指紋を消そうとしたワケ? 上書きして」


 秋山少年は「ち、ちが……」と言いかけてマスクを取って逆切れする。

「こ、これはそんなんじゃない! ただ、興味があっただけだよ!」


 カズが腕組みしながら言う。

「へえ、よく犯人は現場に戻るというけど、本当なんだね」


 勝春が種明かしする。

「ア、言っとくけど指紋の話は情報網に載せてないヨ? だから、落書き犯の指紋が出たという情報は誰も知らないンだ」


 秋山少年は「え?」と、目を見開いてから絶句する。 


 勝春は笑顔で言う。

「指紋の話を知っているのは君だけなんだヨ。君をおびき寄せる為の罠なんダ。ごめんネ」


 大志が補足する。

「お前は、指紋がついているというデマに焦って証拠隠滅しょうこいんめつに来たんだろうが、まんまと勝春にめられていたんだよ」


 勝春は、いたずらっ子のような笑顔で続ける。

「綴りが違うとか、マスターの煽りとかだけじゃ弱いと思ってサ。確実に、ここに来させるための細工をさせて貰ったのサ」


 秋山少年は「しょ、証拠が無い」と、むくれる。

 

 そこでカズが向かいの蒼矢商店を指さす。

「ああ、それなら、中を見てよ。ほら、スタジオの天井に防犯カメラがついてるでしょ。最近の防犯カメラはドーム型なんだ。どっちを写しているかわからなくするためにね」


 確かにガラス窓から室内を覗き込むと天井にドーム型の丸い物体が見える。

 

 カズが秋山少年を追い詰める。

「うん。君達が落書きするところも映ってるだろうね」


 それを聞いて秋山少年は陥落した。

「なんでだよぅ……クソ! 途中で止めとけばよかった」


 それを聞いて大志が「それはどういう意味だ?」と、詰問きつもんしようとした時だ。

 右方向の曲がり角から人影が現れた。


「秋山くぅうん。お困りのようだね?」

「有料だけどヘルプ要る?」

「おうおう、おう!」


 いかにもヤンキーといった三人組が近付いてくる。


 それぞれが魔改造されたカラフルなジャージの上下。

 そして安物のアクセサリーをジャラジャラさせている。

 歩き方もオラオラ系でチンピラ風味全開だ。


 勝春が、やれやれといった風に首を振る。

「アララ。共犯者を探す手間が省けたネ。落書き犯の四人組」

 

 それを聞いて真ん中のガタイの良い金髪パーマがイキる。

「ああん? 共犯者だと? これは俺たちのアートなんだぜぃ? 何が悪い?」


 大志が断言する。

「ああ、悪いな。お前たちの頭と同じく」


 吊り目の銀髪男が凄む。

「は? ぶっ殺すぞ!?」


 大志が苦笑する。

「やれやれ。そのセリフは何十回と聞いてきたが、一度も実行されたことはないぞ?」


「なんだとゴラァ!」

 激高した金髪パーマは、右の拳を掲げて大志に向かって突進してきた。

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