第10話 捜査の進捗

 翌日の朝、勝春は、カズの指示通りに噂を流した。


間抜まぬけな落書き犯は英語力ゼロ! つづりを間違えてダンス教室の先生も大爆笑!』


 コミュニケーションおばけの勝春は、既に複数の情報網やコミュニティを構築しており、平家学院の生徒約8割をカバーすることに成功していた。


 そのため、この噂はまたたく間に拡散し、昼休みの教室や食堂では、あちこちで話題になっていた。


 今日も委員長のカミちゃんは、ミステリー・ボーイズの三人に張り付いている。


 カミちゃんは、お弁当にはしをつけずに、待ちきれないと言った風に質問責めをしてきた。

「ねぇ! あの後、何か進展はありましたの? 何か手掛かりはありましたの?」


 カズが定食の焼き魚をつつく手を止める。

「え? まあ、そこそこかな」


 カミちゃんはモジモジしながら勝春をチラ見する。

「本当ですの? あの喫茶店の女の人と……どんな話をしたんですの?」

 

 勝春の代わりに大志が、しれっと答える。

「3時間も二人っきりでいたくせに何の成果もなかったようだ」


 勝春が「ワワ……ちょっと! 大志!」と、慌てる。


 カミちゃんは真っ赤になりながら「まっ!」と、勝春をにらむ。


 大志は、そんなことなど関心が無いようにモグモグしながら首を振る。

「駄目だ。メンチカツはあぶらが多すぎる。やはり定食はコロッケに限る」


 カズが変な空気を払しょくしようと話題を変える。

「た、多分、カムフラージュなんだ。源氏の人間を装ってるけど、犯人は平家の内部犯じゃないかって説が濃厚だよ」


 カミちゃんは「やっぱり!」と、食いついてきた。

「源氏の人が、夜な夜な橋を渡ってくるなんて目立ちますもの」


 味噌汁をすすっていた大志が碗をおごそかに置く。

「橋の行き来はコンビニの利用者と溜まり場の年寄りが監視しているからな」


 カミちゃんは、人差し指でメガネの位置を直す。

「わたくしの推理通りですわ! 犯人はこの中にいる! なんちゃって……ですわ」


 彼女は、名探偵の真似をしてみたかったと言い訳するが、空気が冷え冷えになってしまったのはいなめない。


 なので、大志の「くだらん」という言葉が、かえって救いとなった。


 カミちゃんは、気を取り直してスマホを取り出す。

「そ、そうですわ。あのダンス教室の落書きで新発見がありますの」


 彼女が見せた画像は喫茶RISEに併設されたダンス教室のシャッターだった。


「ねえ、この『マカコ』って何だろうって話してましたわよね? これって、もしかしてダンスの用語なんじゃなくって?」


 カズは「え? そ、そうなの。それはスゴイね」と、棒読みで反応する。


 その様子を見て勝春が「わざとらしいネ」と。呆れる。

 大志も小声で「知ってるくせに」と首をすくめる。


 そんなことに気付かないカミちゃんは、ネットで調べた知識を披露する。


「マカコというのはストリートダンス用語で、片手を最初に地面について、そこからバク転のように後ろに飛ぶアクロバットのことなんですの。それにバッテンがついてたってことは『そんな技できるか!』ってメッセージなのかもしれませんわ!」


 カズは、わざとらしく感心する。

「へ、へえ。凄いね、上村さん。鋭い考察だと思うよ。参考にさせてもらうよ」


 勝春も大志もカズがそれぐらい検索済みなのは分かっている。

 だが、下手に首を突っ込まれても面倒だ。


 作り笑いの三人に得意満面のカミちゃんという変な構図ができあがってしまった。


 そこに校内放送が入る。

〔2年B組 田川勝春君、岩田和成君、後藤……だい? おお? これってなんて読む……あ、こころざし? ええっと……後藤、おお! こころざし君! 至急、校長室に来てください〕


 放送委員の子があせっている様子が、そのまま流れてしまった。


 大志たいしが読めずに、おお、こころざしと分解して読み上げてしまったところで、大志が不機嫌になってしまった。


 大志は「まったく! この学校の国語力はどうなっているんだ!」と、大げさに嘆いてみせる。


 勝春が大志をなだめる。

「マアマア。とりあえず行ってみようヨ」


 カミちゃんが不思議そうに三人を見る。

「どうして貴方あなたがたが名指しで校長先生に呼ばれるんですの?」


 カズが引きつった笑いで誤魔化ごまかそうとする。

「た、たぶん、転入の手続きに不備があったんだと思う」


 勝春も取りつくろう。

「そ、そうだヨ! ああ、そういや、なんか書類が足りなかったよネ?」


 だが、カミちゃんは疑うような顔つきで首を傾げる。


 昼休みだというのに急な呼び出し。

 これは何かあるとミステリー・ボーイズの面々は、気を引き締めた。


     *     *    *


 カズ、勝春、大志のミステリー・ボーイズ三人組が部屋に入るなり、校長がすがりついてきた。


「いやはや、いやはや! 実に、いやはや!」


 そう言って狼狽うろたえる校長にカズが尋ねる。

「どうしたんです? 何かありましたか?」


「いやはや、いやはや、いやなはやな……」と、校長は要領を得ない。

 

 カズが首をすくめる。

「ひょっとして対決の話ですか? 何の種目で競うか決まったんですか?」


「いやはや! それが未だに連絡が来ないので困っておるのだ!」


 カズが昨日のFAXの内容を思い出す。

「確か、明後日の金曜日に河川敷かせんじきに生徒を集合させろという市長の指示でしたよね?」


「いやはや! ずっとFAXの前で待っておるのだが、続報が来ないのだ!」


 大志が腕組みしながら鼻を鳴らす。

「フン。あの軽薄けいはくな市長、何を考えている?」


 統廃合をかけた学校対決の第一ラウンドは、いまだに何で対決するのかが決まっていないという。


 大志は余裕がある様子だ。

「確か体力勝負だったな。俺は構わんぞ。どんな種目でも」


 勝春が呆れたように言う。

「ソリャ、体力オバケの大志なら、どんな競技でも大丈夫でショ」


 だが、カズは浮かない顔をする。

「でも、大志ひとりでは、どうしようもない団体競技かもしれない。油断はできないよ」


 確かに、いくら大志の運動神経がズバ抜けていても、勝負の内容によってはチームプレイが要求されるかもしれない。


 校長は、おきょうのように「いやはや」を口にしながら室内を歩き回る。


 そんな校長を見かねてカズが声を掛ける。

「でも、校長。悪いことばかりじゃないですよ。だって、勝負の内容が分からなければ、お互いに対策のりようがないですよね? だから敵のスパイや不正工作を気にしなくていいじゃないですか」


「いやはや、学校対決のことも気になるが、落書き事件も気になって仕方がないのだよ」


 カズが軽く息を吐く。

「フゥ、対決は明後日か。それまでに落書き事件は解決しておきたいね」


「大丈夫だヨ」

 そう言い切る勝春の顔をカズが眺める。

「え? どういうこと?」


「もう犯人の目途めどはついてるンだ。これから駄目押だめおし、してくるヨ」


 カズは勝春の顔つきを見て納得する。

「なるほど。流石だね。例の作戦が上手くいったってことだね」


 喫茶RISEのマスターはノーダメージで、落書きの綴りが違っていることを馬鹿にしていたという情報を拡散すること。


 その罠に犯人が反応したのだろうか?


「まあネ。それと、もうひとつトラップをネ。仕込んでおくヨ」


 そう言って爽やかにウィンクをすると、勝春は先に校長室を出て行った。


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