第8話 勝春のプロファイリング

 勝春は、地図上につけた印に定規をあてて色々と試している。

 そして一箇所、線を引く部分を決めた。


「この二点かナ。で、この直線の半分がこの辺……」

 

 二点を直線で結び、その半分の辺りに点を打つ勝春。

 大志とカズは勝春の作業を余裕の表情で見守っている。


 ひとりだけ仲間外れにされてしまったカミちゃんが焦る。

「ねえ! 説明してくださる? それって何ですの?」


 勝春はコンパスで円を丁寧に書き込む。

 そして一言。

「サークル仮説だヨ」


 それを聞いてカミちゃんが口を『ぽかーん』と開ける。

 まったく意味が分からない様子。


 勝春が解説する。

「プロファイリングの一種サ。サークル仮説はネ。犯罪発生地点に注目するンだヨ。事件の発生地点を地図上に記して、最も遠い二点を直径とする円を描くのサ」


「それで何が分かりますの?」

「犯人が住んでいる場所サ。犯人がこの円の内外に住んでる確率は70%ぐらいかナ」


 カミちゃんの目が輝く。

「そうですの? 凄い大胆ですわね!」


 大志が腕組みしながら呟く。

「確かに、この円の範囲内に住む平家学院の生徒を片端から調べていけば犯人は見つかるかもしれん。だが、効率が悪いな」


「だろうネ。けどサ。もうひとつヒントがあるンだヨ!」

 そう言って勝春は自信ありげに笑う。


 そして地図上のある一点を指差した。

「実はサ。たった一箇所、この円から外れてる箇所があるんだよネ」


 カズが「あっ」と、短く声をあげる。そして尋ねる。

「もしかして……犯人がどうしても狙いたかった場所ってこと?」


「おそらくはネ」と、勝春も同じことを考えていた様子。


 大志が大きく頷く。

「なるほどな。無意識のうちに犯行現場は円の中に収まってしまう。なのに例外があるということは……本丸はそこか!」


「そういうことだネ」


 カミちゃんが勝春の指先を見つめながら顔をしかめる。

「でもその場所は……このお店なのでは?」


 カミちゃんが大きな声を出してしまったので店内客の視線が集まる。

 そして、その中には鼠先輩の顔も……。


 大志が鼠先輩の視線に気付いて言う。

「ひょっとして、あのアホの仕業じゃないのか? 奴には動機がありそうだ」


 鼠先輩のテーブルにはコーラらしき缶が一本。

 それも外国製の類似品だ。

 おそらく、コーラを注文したのだろうが、女主人に差別されてしまったのだろう。


 それを見てカズが苦笑する。

「まぁ、彼は、ここのマスターに邪険じゃけんにされてるみたいだけど、本当に犯人だったら犯行現場に入り浸ることはないでしょ」


 大志はフンと鼻を鳴らして疑わしそうな目を鼠先輩に向ける。

「分からんぞ。アホの思考回路は常人じょうじんには理解不能だからな」


 話がれてしまったので勝春が修正する。

「OK、とにかく、この店に恨みがありそうな生徒が居ないか調べてみるってことだネ!」


 カズが大志に尋ねる。

「落書き犯の四人組に源氏の人間が混じっている可能性は?」


 カズの質問に、カミちゃんの頬がピクリと引きつる。

 源氏というキーワードに反応したのだろう。


 大志は首を振る。

「無いな。さっき、唯一の行き来できる橋を渡ってみたが、お互いに牽制し合っているみたいだ。あれだと、しょっちゅう、こっちのテリトリーには入ってこれまい」


 カズは残念がる。

「そうか……じゃあ、やっぱり平家学院の生徒の仕業か。それだと印象悪くなるね」


 カミちゃんも、がっくり項垂うなだれる。

「そんな……残念ですわ。身内に犯行グループが居るなんて」


 勝春は少し考え込む。

「ウ~ン。このお店が犯人の狙いだったとすると……動機はなんダロ?」


 大志がマスターの方をチラ見して含み笑いを浮かべる。

「ここの女主人に聞いてみろ。お前が適任だ」


 カズも意地悪そうな笑みで同意する。

「だね。勝春は随分と気に入られてるみたいだし」


 二人の視線に勝春が苦笑いする。

「ま、まぁ、そうなるよネ……」


 カミちゃんは話の流れが飲み込めず目を白黒させている。

「え、え? 気に入る? え?」


 カズが、にっこり微笑む。

「じゃあ、ボク等はこの店のシャッターを見たら先に帰るから。マスターのヒアリングは勝春に任せたよ」


 こうして勝春は身体を張って(?)女主人に聞き取り調査。


 カズと大志、カミちゃんの三人は店の外に出て落書きの分析をすることとなった。


     *    *    *


 喫茶RISEの隣はダンス・スタジオになっていた。

 通りに面した部分はガラス張りになっている。


 カズが中を覗き込みながら言う。

「昼間は誰も居ないみたいだね」

 

 スポーツジムのエアロビ教室みたいな板張りの床、大きな鏡が並ぶ壁、大きなスピーカーが幾つか設置されている。


 カミちゃんも物珍しそうに背伸びして中の様子を眺める。

「夜だけの営業なんじゃないかしら。兼業だって言ってたし」


 大志が眉を顰める。

「で、どこに落書きがあるんだ?」


 カズが入口付近に立って上を見る。

「たぶん、シャッターだと思う」


 カズが見上げた先にはシャッターの一部が収まりきらず少しはみだしている。

 だが、背の低いカズが背伸びしても手は届かない。

「大志、頼むよ」


 大志は右手をポケットに入れたまま、左手をひょいと伸ばして「ほい」と、シャッターを引き下ろす。


 すると落書きの跡が生々なまなましいシャッターが『ガラガラ』と、目の前に現れた。


 カズが呆れる。

「なるほど……これは酷いね」


 カミちゃんも憤慨ふんがいする。

「酷いですわ。他人のお洋服にケチャップを引っ掛けるイタリア人より酷いですわね」


 彼女のよく分からない例えにカズと大志が無言で顔を見合わせる。


 カズが気を取り直して分析に取り掛かる。

「さ、それじゃ早速、拝見するとしよう」


 大志もそれに調子を合わせる。

「そ、そうだな。ぱっぱと済ませるか」


 カミちゃんは二人のよそよそしい態度に不思議そうな顔をする。

 まさか自分の意味不明なコメントのせいだとはつゆとも思っていない。

 そのあたりが天然なのかもしれない。


 カズが文字や絵のタッチを見て頷く。

「やっぱり、ここが最初の現場だろうね。だいぶん字が潰れてるよ」


 誰が見てもヘタクソだと分かる字体だ。

 文字の大きさも形もバラバラだ。

 スプレーで塗られたカラーも濃淡がいい加減で、いかにも初心者ですといった印象だ。


 大志が鼻を鳴らす。

「フン。スプレーで文字を書くのに慣れていないからだな」


「たぶんね。発生の日付からしても、ここが最初の犯行現場とみて間違いないね」

「ウム。勝春のプロファイリング通りだな」


 カズと大志の会話を黙って聞いていたカミちゃんが、ふと何かに気付いたようだ。

「ねえ? ここの『マカコX《えっくす》』ってどういう意味かしら?」


 カズがカミちゃんの指差す箇所を見る。

「本当だ。人の名前かな?」


 大志が呟く。

「マカコ……ここの女主人の名前か?」


 カミちゃんが答える。

「違うんじゃないかしら。それにエックスて何かしら? バツかもしれませんけど」


 逆質問されて大志が困った顔をする。

「知るか、そんなもん。俺に聞くな」


「マカコさんってどんな漢字書くのかしら?」

「だから俺に、女の名前など聞くなと……」


「あら。でもマカコXって女スパイみたいで格好良いですわね」

「お前……話が飛びすぎるぞ」


 脈絡みゃくりゃくの無いカミちゃんの話に大志はまるでついていけない。


 しかし、カズは腕組みしながら、じっと何かを考えている。

 そしてメガネを直しながら言う。

「一応、後で調べておこうよ。何かヒントになるかもしれないし」


 大志も同意する。

「そうだな。後は勝春が戻ってから方針を決めるとするか」


「だね。それじゃ上村さん、お疲れ様」


 カズがそう言ってぺこりと頭を下げたのでカミちゃんはきょとんとする。

「え? だって……」


 カミちゃんは店内に残された勝春のことが気になるらしい。


 だが、大志も素っ気ない。

「心配するな。後は俺達が作戦を練る」


「じゃ、わたくしも……」

「お前は帰れ。それとも女一人で男の部屋に来るつもりか?」


「そ、そのつもりですけど……」


 だが、大志はそれを許さない。

「駄目だ。嫁入り前の娘が『ふしだらな真似』をするもんじゃない!」

 こう見えて大志は結構、古風なところがあるのだ。


 なんだか納得がいかない様子のカミちゃん。

 それをカズがなだめる。

「まあまあ……上村さんにはまた明日、手伝ってもらうことにするからさ。今日のところはここまでってことで」


「分かりましたわ。でも仲間はずれは嫌ですわよ」

 カミちゃんは少しむくれた表情で大志とカズを睨んだ。


 そして付け加える。

「仲間はずれなんて、南米なのにアフリカの国と間違われやすいボリビアみたいで悲しいですもの」


 カズが「ボリビア……」と、苦笑する。


「絶対に明日、結果を教えてくださいね!」

 そう言って元気よく手を振る彼女と別れて大志とカズはアパートに戻った。


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