第7話 弁慶と義経

 大志の身長は190センチを超えている。

 だが、弁慶はそれよりも高い。さらに、横幅が倍ぐらいある。


 弁慶は圧を強めながら一歩、二歩と大志に向かって歩いてくる。

 そして『ハッ!』と、右足のローキックを放ってきた。


 大志は、すっと半身を引いて難なくそれをかわす。


 弁慶は、すかさず着地させた右足を軸に半時計回りに回し蹴りの要領でかかとをミドルの高さでねじ込んでくる。


 大志は、踵の軌道を見切って上体を引いて避ける。


 なおも弁慶の攻撃は続く。

 左足が地面に着くと同時に右足のミドル、ハイ、ローと三連発を繰り出す。


 だが、大志は冷静にそのすべてを、身体の位置を調整することで簡単に回避してみせる。


 と、その時、弁慶の股下から突如、義経が現れた!

 まるで二塁ベースに盗塁で滑り込むランナーのように。


 大志が「どこから出てきやがる!?」と、面食らう。


 すると弁慶が中腰になり、まるでバレーのサーブを受けるような姿勢を取った。

 義経が、ふわりと浮いて、弁慶がそれをアシストするようにリフトする。


「な!?」と、流石の大志も呆気にとられる。


 なんと義経は、弁慶の持ち上げを利用して、高く飛び上がった!

 そして二回宙返りを見せると、その遠心力を利用したキックを上空から浴びせかけてきた!


 大志が反射的に左のハイキックを繰り出して迎撃する。


 義経の蹴りを『ガッ!』と、大志の蹴りが受け止める。


「ぐっ!」と、義経は身体を捻りながら着地。


「うっ!」と、大志は小さく呻いて次の攻撃に備える。


 小柄な義経の攻撃なので威力を見くびっていた。

 だが、その意外な衝撃に大志は感心する。


「やるな。高さを利した位置エネルギー。そして遠心力を活かした回し蹴り。見た目以上の破壊力だ」


 一方の義経は、着地点から軽くジャンプで体勢を整えながら下がる。

 そして笑みを見せる。

「面白い。平家にこんな人間が居たとはな」


 弁慶も満足そうに頷く。

「そうこなくては。張り合いがない合戦ではつまらぬ」


 大志は「ほう」と、両者を見比べる。

 そして、弁慶の挑発に乗ってみせる。

「同感だ。なかなか気が合うな」


 お互いに戦いを継続する意思は無かった。


 短い攻防でも、相手が『只者ただもの』ではないことは十分に理解した。


 義経は、「また会おうぞ」と、くるりと背を向ける。

 弁慶は「はっ」と、義経に続く。


 それを見送る大志が、ワクワクしているような表情をしているせいで、不良少年達はドン引きして後ずさりしていった。


 弁慶と義経。

 源氏高校には只物ではない生徒が居るようだ。


     *     *     *


 先に喫茶RISEに到着したカズと委員長のカミちゃんは、窓際の席に座って勝春と大志を待っていた。


 そこに、例の女主人が寄ってきてクリームソーダを『でん』と、テーブルに設置した。


 カミちゃんが「え? まだ何も注文してない……」と、戸惑う。


 すると女主人はストローが二本ささったグラスを見下ろしながら言った。

「は? アベックといえばこれでしょ!」


 カミちゃんが「アベック?」と、ぽかーん。

 カズも思わず苦笑する。

「いまどきアベックって……」


 女主人は親指を立てる。

「基本でしょ! 一杯のジュースを分け合うのがアベック。一杯の『かけそば』を分け合うのがファミリーってもんよ!」


 それを聞いたカズがリアクションに困って表情が引きつる。


 そこで話題転換でカズが女主人に質問する。

「ところで、このお店も落書きの被害にあったんですよね?」


「ああ、確かにやられちゃったけど何か?」

「いえ。ボク達、その件に関して調べているんです」


「貴方たちが? へぇ……」

「いつですか? 落書きをされたのは」


「先週の木曜日よ。朝、店をあけようとしたらさ。やられたー! て感じ」

「シャッターを汚されたんですよね? ボク達、他の現場も見てきたんです。なので、後で見せていただけませんか」


「それはいいわよ。うちはね。昼間は喫茶店。夜は隣でダンス・スクールやってんのよ」


「ダンス・スクール?」

 カズとカミちゃんの声がかぶった。


「そうよ。兼業けんぎょうなの。そうでもしなきゃ、やっていけないわよ。景気悪いしね。向かいの蒼矢商店そうやしょうてんもそうよ」


 カズとカミちゃんが女主人の話を聞いていると、大志と勝春が店に入ってきた。


 勝春の顔を見て女主人が顔をほころばせる。


「んまぁ! いらっしゃい~」

 これ以上ないといった笑顔で女主人は勝春を出迎える。


 それを見て一瞬、勝春が驚いて身を引くような仕草をみせる。

 しかしそこは爽やかスマイルで「コーラを二つネ」と、軽く返してイスに座る。


 そしてカズに現場検証の手応えを尋ねる。

「待たせたネ。で、そっちはどうだった?」


 カズがメガネの位置を直しながら「まあまあ、かな」と、答える。


 大志がアベック仕様のクリームソーダを怪訝けげんな顔で見ながらカズを急かす。

「何だ。勿体もったいぶるな」


 するとカズが「これなんだけど」と、八つ折りの地図を開く。


 勝春がそれを覗き込む。

「で、どうヨ?」


 カズは自信をもって言い切る。

「うん。恐らく犯人は四人組だね」


 カズがそう断定したのでカミちゃんが目を丸くする。

「え? 何で四人組だって分かるの?」


 大志がニヤリと笑う。

「ほお。で、その根拠は?」


 カズは、にっこり笑って指を二本立てる。

「理由は二つ。まず、ひとつ目は文字の形と絵のタッチ。それぞれ特徴があるんだよね。それが四種類あった」


 それを聞いて勝春と大志が顔を見合わせる。

 そして満足そうに頷く。


 カズが続ける。

「二つ目は落書きの位置。これも高さが四パターンあるんだ」


 そこでカミちゃんが口を挟む。

「高さ? なんでそれが……」


 カズは澄ました顔で説明する。

「描かれた絵や文字の中心。それを描いた人間の顔の高さになるはずなんだ」


 そう言ってカズがスプレーで書く仕草をしてみせる。


 勝春もその動作を真似てみる。そして驚きの声をあげる。

「なるほどネ! 立ってる状態で垂直に描くから中心が無意識に顔の高さになっちゃうワケか!」


 カズは指を組みながら頷く。

「そういうこと。それに短時間で描くために急いでスプレーを吹きつけたはずだから、書き出しの部分が自然と目線の高さになるんだよ」


「フン。流石だな」と、大志がニヤリと笑う。


 カミちゃんだけが、いまひとつピンと来ない様子で首を傾げる。

「ホントかなぁ? それって、ただの憶測じゃありませんこと?」


 それを聞いて勝春が笑う。

「はは。カズの推理通りだヨ。目撃情報でも四人組だってことは確かなようだから」


「そ、そうなんですの?」


 勝春の情報収集で犯人が四人組だということはウラが取れた。


 何も手掛かりが無いまま、現地を回っていたようにみえて、カズは、しっかり推理していたのだ。


 そこで勝春が注文したコーラが出てきた。


 大志のコーラは普通のグラス。

 それに対して勝春のグラスは……。


「でかいヨ!」

 勝春が、のけ反ってしまうほど大きなビールジョッキにコーラが満タン! 

 ジョッキというよりバケツに近い。


 カズが感心する。

「三リットルはあるね。というか、こんなグラスどこで買ってきたんだか……」


 すると女主人がウインクして答える。

「イスタンブールよん♪」


 外国かよ、皆が心の中で突っ込む。


 気を取り直して勝春が紙の地図に赤ペンで丸を三つ加える。

「これでヨシ。全部で十一件だネ。それと、このお店を入れると十二」


 大志が腕組みしながら尋ねる。

「なあ勝春、この十二件の落書き被害。正確な発生の順番は分かるのか?」


「半分ぐらいかナ。もし、これが連続放火なら警察がしっかり調べるんだろうけど連続落書き事件じゃあネ」


 そこでカズがフォローする。

「けど、だいたいの発生順は分かるかもよ」


 そんなカズの言葉にカミちゃんが驚く。

「嘘? 何でそんな事が分かるんですの?」


「上村さん。さっきの写真、画面に出せる? よく見れば分かると思うんだけど、普通、最初の方は下手っぴだけど、後になればなるほど形が安定してくるものだよね?」


 なるほど、慣れないものを描くためには、タッチが安定するまでに経験が必要ということだ。


 カズは解説する。

「それに文字の大きさも明らかに違ってる。後になるほど大きくなってるんだ。多分、犯行を重ねるうちに大胆になっていったんだと思うよ」


 カミちゃんはカズの仮説を聞いて感心する。

「凄いですわ。岩田君って……小さいのに凄い」


「小さいのは余計だよ」と、カズが少し凹む。


 カミちゃんのカズを見る目が変わってきた。

 そんな彼女の尊敬の眼差しなど気付きもしないカズが勝春に目配せする。

「勝春。いけそうかい?」


「大丈夫でショ!」

 そう言って勝春が、おもむろにコンパスと定規を取り出した。


 コンパスは数学の時に円を描く為の普通の物だ。


 それを見てカミちゃんが目を丸くする。

「定規? え? 何ですの?」


 しかし、勝春は自信満々な様子。

「マァ、見てなって!」

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