第6話 現場検証/源氏町を偵察

 放課後、カズと委員長のカミちゃんが向かったのは、学校から最も近い落書き現場だった。


 二人は勝春から渡されていた地図のコピーを手掛かりに現場に到着した。

 一軒目は工務店の壁面だ。


 カズが「ああ。これか……」と、ため息。


 外国製の風船ガムをふくらませたようなポップな字体が見受けられる。

 その隣には出っ歯のドクロと矢が突き刺さったハートマーク。

 どれもスプレーで描かれたもののようだ。


「酷い! 許せませんわ」

「随分、派手にやってくれたもんだね」


「何て書いてあるのかしら?」

「さあね。特に意味は無いんじゃないかな」

 そう言ってカズは壁面に顔を近づける。


 カズは見る角度を変えながら、しばらく落書きを観察してカミちゃんに写真を撮るよう促した。


「ね、岩田君。何枚ぐらい撮れば良いですの?」

「2、3枚で良いと思うよ。構図は任せるから」


 カミちゃんがスマートフォンで落書きを撮影している間、カズは周りの様子を確認した。


 思っていたよりも民家が立ち並んでいて、特に寂しい場所というわけではない。

「てことは夜中に描いたんだな……」


 十分ほど現場検証して、二人は次の現場に向かうことにした。


 カズ達は地図に従って近い順に現場を回った。


 最初の五軒までは大人しくついてきたカミちゃんだったが、次第に機嫌が悪くなってしまった。

 どうやらカズがあまりしゃべらないので捜査に飽きてきたらしい。


「なんか疲れてしまいましたわ。この調査、あまり意味が無いのでは?」


「そうかな?」

 

 カズのとぼけた口調に委員長が口を尖らせる。

「そうですわよ。だって全然、手掛かりがありませんもの」


「そうでもないよ。傾向は見えてきたよ」


 しかし、カミちゃんは納得できないらしい。

 疑り深そうな目で「はい?」と、カズを睨む真似をする。

「本当ですの? わたくしには同じようなものを見て回っただけのように感じられますことよ?」


「まあまあ。後で説明するから」

 そう言ってカズはスマホを取り出した。

 電話する相手は勝春だ。


「……あ、勝春? そっちはどう? うん。こっちは全部回ったよ。分かった。それじゃ喫茶店で合流しよう」


 カズと勝春の会話を聞いてカミちゃんが尋ねる。

「合流って、田川君もいらっしゃるんですの?」


「うん。あっちは、あと一人話を聞いて終わりだってさ」


「さようですか……ふぅん」

 カミちゃんはちょっと嬉しそうに含み笑いを浮かべる。


 そんな反応を見てカズが(なるほどね)という顔をした。

 どうやらカミちゃんは勝春に気があるらしい。


     *      *     *


 川を渡って源氏町へ行く唯一の手段は、この橋を通ることだ。


 大志は橋の向こう側を眺めながら首を傾げる。

「誰も利用していないのか?」


 車線に歩道が並走するだけの橋は、錆びた欄干らんかんが低く、真っすぐに伸びている。


 橋のたもとにはコンビニがある。

 道路を挟んで三階建ての雑居ビル。

 一階は雑貨屋で二階より上がカラオケ店だ。


 どちらの駐車場にも人はいる。

 コンビニ前には学生連中と作業服を着た大人たち。


 雑居ビルの前にはベンチが並べられていて、お年寄りのいこいの場と化している。


 人の出入りもある。それなのに誰も橋を渡ろうとしない。


「やれやれ」と、頭を掻いて、大志は橋を渡ることにした。


 すると背後から声を掛けられる。

「おい、あんた。何してるんだ?」


 大志が振り返ると作業服の二人組が心配そうな顔をしている。

「そっちは危ないぞ。一人で行くなんてさ!」


 大志は「問題ない」と、言い残してスタスタと歩き出す。


 その後方で二人組の他に「止めろ」とか「危ない」とか老人達の声も混じって引き留めようとする声がする。


 それに構わず、大志はテクテクと橋の上を歩きだした。


 昼間なのに車も人の往来も無い橋の上は、まるで廃墟と化した世界を旅しているような気分にさせた。


 百メートルほどの橋を渡り終え、源氏側のテリトリーに足を踏み入れる。


 源氏側の橋のたもとは、先ほどの平家側と同じようにコンビニがあった。

 その向かい側は高齢者向けのケアセンターがある。

 

 まるでシンメトリーのように、源氏と平家それぞれの領域にコンビニと高齢者のたまり場が存在する。


 大志が「まるで鏡写しだな」と、感心しながら、さらに奥に進もうとすると視線を感じた。


 見るとケアセンターの表に並ぶベンチで寛いでいた老人たちが冷たい目で、大志の動きを監視しているように見えた。


 そして、コンビニの駐車場からバタバタと何人かが走ってきた。

 そちらは見るからに不良少年といった風貌の集団だった。

 その数、五人。彼等は行く手を遮るように、大志を取り囲んだ。


 大志が立ち止まる。


 ポケットに手を突っこんだまま、大志は不良少年達を見回した。

「なにか用か?」


 大志の言葉を待っていたようにリーダー格の金髪にサングラスの少年がすごむ。

「そりゃ、こっちのセリフだぜ? おめぇ、ここがどこか分かってんのか?」


 大志は「みやび市源氏町。そこの電柱には橋元4丁目と書いてあるぞ」と澄ました顔で応える。


 金髪の隣で太った少年が怒りを露わにする。

「てめぇ! 舐めてんのか! 平家の分際ぶんざいで!」


 大志はニヤリと笑う。

「ほう。まるで源氏の方が格上というような言い草だな」


 特攻服を着た青年が顎を突き出す。

「ったりめぇだろ! 平家は負け犬なんだよ!」


 しかし、大志は表情を変えずに言い返す。

「フン。どっちもどっち。ドングリの背比べだな」


 その言葉に不良少年達が同時にキレた。

「誰がドングリだと!?」

「ぶっ殺す!」

 

 二人が同時に殴りかかってくるが、大志は軽く左右に揺れて攻撃をかわす。


 そして、正面から突っ込んでくる金髪の顔面を刈るようなハイキックを一閃!


「ぎょひっ!?」と、金髪の動きが止まる。


 大志の蹴りは寸止めだ。


 だが、金髪は頬に足先の圧力を受けて固まっている。


 もし、それが止められていなければ、顔面が衝撃で持っていかれていたことは明白だった。


「あああ……」と、金髪君は尻からペタンと座り込んで腰を抜かす。


 残りの不良少年達も、大志の豪快な蹴りを見せつけられて、明らかに戦意を喪失している。

 まるで、絶対に敵わないような武器を眼前に突き付けられたかのように、不良少年達は完全に足がすくんでいた。


 それぐらい鋭く、恐ろしいハイキックだった。

 しかも大志はポケットに手を突っこんだまま、涼しい顔をしている。


 大志は足をトンと下ろしてニッと笑う。

「無駄な争いは止めた方が良いと思うぞ?」 


 ケアセンター方面の老人たちが息をのんで、大志たちの様子を伺っている。

 コンビニの駐車場に居た面々も固唾をのんで見守っている。


 と、その時、コンビニの自動ドアが開いて、巨漢きょかんの男と小柄な少年が出てきた。


 大志の周りで空気が凍る中、巨漢と少年は余裕ありそうに、ゆっくりと大志に近づいてくる。


「義経さんと弁慶さんだ」と、誰かが言った。


 弁慶さんというのは、力士のように横幅の広い巨漢のことだろう。

 ということは小さい方、おそらく身長は150センチ前後の少年が義経ということか。

 

 二人は同じブレザーの制服を着ている。

 しかし、サイズ感が違い過ぎて一見すると同じものには見えない。


 弁慶が不敵な笑みを浮かべる。

「ほお。平家の人間が単独で殴り込みか」


 それに対して大志は挑発するように応じる。

「フン。弁慶と義経か。面白い」


 弁慶と義経。


 謎の二人組と対峙する大志はワクワクしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る