第5話 事件発生?


 次の日。三人は朝一番で校長室に呼び出された。


 校長は泣き出しそうな顔をして三人を迎える。

「いやはや。たった今FAXが送られてきたんだが……」


 大志が、校長が手にしていた紙を引ったくって文面を見る。

「な……こ、これだけか?」


 FAXの文面は簡潔だった。


『三日後の金曜日、十四時に全校生徒を体操着で平家町グランドに集合させること』


 それに加山市長の名前と印が押印されているだけだ。


 勝春が口をはさむ。

「参ったネ。このに及んで対決内容を示さないなんてサ……」

 

 学校対決の第一弾。

 どんな対決になるのかを具体的に示すどころか、最低限の命令しか書かれていない。 


 校長が頭を抱える。

「いやはや、困ったものだ。これでは対策のしようがない」


 そう言って項垂うなだれる校長の肩に大志が手を置く。

「まあ、実力で勝負するんだな。俺達も力を貸す。心配するな」


 重苦しい空気の中、しばらく考え事をしていたカズが口を開いた。

「確か、一回目は体力対決だったよね。もし、他の対決もこんな風に内容を直前まで知らされないとしたら……」


 それを受けて勝春が苦笑いする。

「ハハ、てか、それじゃスパイも何もあったもんじゃないネ」


 カズが頷く。

「うん。お互いに対策のしようがないよ」


 大志が腕組みしながら吐き捨てる。

「フン。だったらスパイを送り込む意味が無いだろう。つまり俺達が出る幕は無い」


 対決内容が知らされない以上、相手方の足を引っ張るための事前工作はできない。

  

 そのような妨害があることを懸念して、組織は三人をこの学校に派遣したはずなのだ。


 勝春はお手上げのポーズだ。

「この調子だと、オレ達にできることは何も無いンじゃないカナ?」


 ところが、カズは首を振る。

「いいや。となるとポイントは第三戦の『地元密着度』になると思う。そこで僕達の出番になるかもしれない」


 大志が「どういうことだ?」と、カズの顔を見る。


 カズは推測する。

「おそらく、地元密着度というのは人気投票みたいなものじゃないかと……」


 校長がカズの言葉に戸惑う。

「いやはや、人気投票とな? それは……ううむ」


「はい。ボクの予想では、この町の住人が、どれぐらいこの学校を愛しているのかが試されるんじゃないかなって」


 カズの予想を聞いて校長が顔をしかめる。

「いやはや。それは困った……都合が悪いというか、タイミングが悪いというか……今はちょっとな」


 歯切れの悪い校長の言葉を聞いて勝春が尋ねる。

「アレ? 何かあるんですネ?」


「いやはや。実はここ数日、困った事件が起きていてね」


 事件と聞いてカズの目が光る。

「事件ですって?」


「いやはや、その通りだ。実は、シャッターに落書きする連中がいるようでな。ちょっと問題になっておるのだ」


 カズには思い当たる節があるようだ。

「ああ、そういえば、街中で何箇所か落書きされているシャッターを見かけましたね」


 大志が腕組みしながら呆れる。

「確かに。下品な連中がいるもんだと思っていたが、アレは最近のことなのか」


「けどサ。それと地元密着と何の関係が?」

 勝春の疑問はもっともだ。


 なぜ校長は急にそんな事を言い出したのか?


「いやはや。それが困ったことに、その落書きをした犯人の中に我が校の生徒が混じっているという目撃情報が寄せられておってな。お恥ずかしい限りだが」


「それはマズイですネ!」

 お調子者の勝春が、そう口にしてもあまり深刻には聞こえない。


 そこでカズがうなった。

「地元密着度……確かに人気投票になると響くかもしれませんね」


「いやはや。それは困る。非常に困る。大変に困る! な、何とかならんのかね?」


 校長の狼狽ろうばいぶりに大志が呆れる。

「じたばたするな。みっともない。その為に俺達がいる。」


 カズはしばらく考えてから呟いた。

「源氏の妨害工作って可能性もゼロではないからね」


 その言葉に大志と勝春も表情を引き締める。


 大志が指をパキパキ鳴らす。

「つまり犯人を捕まえて吐かせればハッキリするってことだな?」


 勝春は髪をかきあげて不敵に笑う。

「ようやく、オレたちの出番ってワケだネ」


 体力対決の中味は気になるところだが、まずは『落書き事件』に源氏のスパイが関与していないかを調査することになる。


 いよいよ、ミステリー・ボーイズが本格始動する!


     *      *     *


 まずは落書きの被害状況を把握しなくてはならない。


 情報集めとなると、そこは勝春の出番だ。

 人当たりの良い勝春は誰とでもすぐ仲良くなってしまう。


 もともとの親しみやすさに加えて心理学に裏打ちされたアプローチをもってすれば、息を吐くように友達を作ることができる。


 勝春は、潜入先の学校で、その特技を活かして短時間に強力な情報ネットワークを築き上げるのだ。 


 休み時間に勝春達三人がせっせと情報集めをしていると、カミちゃんこと委員長の上村うえむらがやって来た。


「ねえ田川君! あなた、落書き事件の犯人を捜しているんですって?」


「ン? まぁ、ちょっとネ」

「よし。じゃあ私もひとハラ脱ぎますわ」


「エ? ひと腹?」と、勝春が首を捻る。


 委員長はおそらく『一肌脱ひとはだぬぐ』と言いたかったのだろう。

 それは本人も気付いていて「また、かんじゃった」と、舌を出す。


 しかし、大志はプイとカミちゃんに背を向ける。

「必要ない。邪魔をするな」


 大志の冷たい言葉に「え?」と表情を曇らせる委員長のカミちゃん。


 勝春が、すかさずフォローに入る。

「ま、まあ大志は不器用な奴だからサ。ホントは気持ちだけ受け取っておくって言いたかっただけなんだヨ」


「そ、そうなの……」

 委員長は微妙な表情を浮かべて勝春とカズの顔を見比べる。

 いかにも仲間に入れて欲しいといった風に。


 勝春が目でカズに訴える。


 そこでカズが引きつった笑みを浮かべる。

「ま、上村さんも委員長としての仕事が忙しいだろうし、わざわざ僕等の道楽どうらくにつき合わせるのは申し訳ないからさ。情報だけ貰えれば……」


「大丈夫ですわ! 私、こう見えても暇なんですの!」


 それは胸を張って言うべきことなのかはともかく、カミちゃんは妙に張り切っている。


 カズは、やれやれといった風に勝春の顔を見る。


 勝春も(仕方ないネ)という顔つきで頷く。

「それじゃサ。カミちゃんにはカズの調査に同行してもらおうかナ」


 勝春の言葉にカズが「え? ボク?」と、驚く。

「いいわよ! じゃ、岩田君。よろしくね」


 勝春にカミちゃん押し付けられたカズは困惑気味だ。

「あ、はい……こちらこそ」


「私ね。落書きする人って許せませんの。だって下品じゃない?」


 カズが彼女の話に合わせる。

「そ、そうだね。上村さんは真面目だから特にそう思うのかもしれないね」


「そうですわよ、下品ですわ。乾杯の前に一口飲んでしまうフランス人みたいに」


 良く分からない例えだ。

 どうリアクションして良いのか分からない。

 カズは強張った笑みを浮かべるしかなかった。


 そんな具合で、勝春と大志は落書きの被害状況や目撃者について情報収集を行う。


 そしてカズは、委員長のカミちゃんと落書きの現場検証を行うことになった。

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