第16話【電車、記憶】【3】




全ての授業が終わり下校の時間になると今日は部活をする気持ちにはなれず、そのまま帰宅する事にした俺達は駅前まで来ている


圭の作戦で電車の事故を回避する。その代わりに今年に例の火事が起こるかが判断がつかなくなってしまう


けれど何か起こるよりかはきっとマシだ



「僕は電車には乗らないから着いてはいけないけど、…肇たち気をつけてね」


「おう」


「…本当に大丈夫なんだよね?これで」


「栞…文化祭のやつは何とかなるだろ」


「僕からは何とも言えないけど、今日何か悪い事が起こるよりかは良いと思うよ」


「そうだな、俺もそう思う。だから大丈夫だ栞」


「うん…」


「それじゃ、また学校で」


「またな圭」


「またね鏡本くん」




「………さっさと帰るか」


「…そうだね」



圭と別れた後もどこか不安そうな表情を浮かべる栞に俺は上手く言葉が出てこない。いつも通りを装う事で誤魔化す事しかできなかった





そのまま駅内に入り俺たちはホームにある椅子に座り電車を待つ。


特に変わった事は起こらない


何も変わらない日常すぎて結局何も起きずに終わるのではないのかと思ってしまう。そもそもが事故が起きていた事自体が異常なのだ、そうだ。きっと今回は…



「こりゃ例の火事は来年とかか?」


「そうなのかな、あ」


「まあ事故が起こらねえようにしてっからかもしんねえけど…どうした栞?」


「あそこにいる男の子、危ないなって」


「…あれか。親は…スマホ見てて気づいてねえな」


「そろそろ電車来るからさ。…流石に来る頃には気づくよね」



栞が気にしている方を見ると線路を覗き込む小学校低学年くらいの子供がいた。線路を見る事に飽きたのか今にも落ちそうな位置で片足立ちなどの遊びをしだしている


子供の母親らしき女はスマホに夢中で気づいてはいないようだ



…確かに危ねえな、親も見てねえし




《まもなく電車が参ります。危ないですから黄色い線の内側に立ってお待ちください…》




…おかしい。聞こえてるだろ?


何であの母親は何もしない?



っまだ気づかねえのかよ…!?



「…!電車来ちゃう…!」


「おい!そこの子供危ねえぞ!!」


「…っ聞こえてないみたい!」


「ッち…!よく見たらイヤホンしてやがる!」


「どうしよう…!」


「周りの奴らも見てるだけだし、何なんだよ…!」


「っ私行ってくる」


「栞!俺も…って、…あれ」



立ち上がろうとしてふと思い立つ



…まさかこれって、


俺らのどちらかを線路側に寄らせようとしてる…?


だと、したら。


まずい…!行くな栞……!



「キミ、危ないからこっちに来て」


「なんだおまえー!おれさまにめーれーすんな!」


「そろそろ電車来るから。ね?」


「うるせーババア!おらー!たいじしてやる!」


「っ、そんな事したら危ないよ。もうちょっとだけで良いからこっちに…」



やべえもう電車来てる!


早く栞を内側に来させねえと

椅子から勢いよく立ち上がり栞の方へ向かう


子供が栞を何度も押している


何考えてんだあの子供は!どんな教育してんだよ!


栞は多少ふらつきながらも子供にこちらへ来るよう言っていると



「あっ」


「っ!危ない!」



栞を押していた子供が勢いをつけようと後ろに下がりすぎ、ホームから転落しそうになる


それを助けようと咄嗟に栞が腕を伸ばして子供の腕を掴むが勢いに負けて栞もそのままホームへ落ちそうにふらついて……子供の母親は未だこの状況に気づかない


周りがスローモーションになっている。


向かう足は確かに走っている筈なのに酷く遅く、前へまったく進まない



栞と子供の側にいる人達も見ていて気づいている筈なのに何故か動かない。


この明らかにおかしい状況はそういう事なのだろう


この世界は





俺達二人をどうしても殺したいらしい。








「栞っ!」





「…っぶないわアホ!何考えてんねや!」


「わっ!」


「うわあ!」



見慣れた制服が俺より先に二人を救った



栞と子供は俺らと同じ制服を着てギターケースらしき物を持った男に腕を掴まれ引っ張られて救出された


男は慌てて二人を助けてくれたのだろう。切れた息をしゃがみ込んで整えている


それを横目で見ながら俺は急いで栞達に近づき無事を確認する



「栞!大丈夫か!?」


「だ、大丈夫助けてもらったから」


「うぇっ、うっ、うわぁああん!!!」


「!?何うちの子泣かせてんのよ!」


「今の見てへんのか!?自分のガキくらいしっかり見とけやボケ!」


「っちょっと目を離しちゃっただけでしょ!うちの子に何するのよ!腕引っ張ったりなんかして怪我してたらどうするつもりなの!?慰謝料出しなさいよ!」


「ベラベラうっさいわ!!そない言うなら自分が見とれっちゅうんや!大体ほんまに怪我しよってようが死んでへんだけマシや思うんやな。…それよりそこのガキ」


「っ…」


「自分もそのねーちゃんに助けてもろて何もないんか?そもそも心配して声かけてくれよった人に何しよってん。親はこんなんみたいやし学校のセンセーにでもやっちゃいけへん事教えてもらっとき。…っまったくヤバい思て近く寄っといて正解やったわ」


「…うっ、うあああ!ママぁあ!!」


「んなっ!なによ…!子供のした事でしょう!?そっちこそその女が怪我してないならいいじゃない…!」


「何や?その言い草やと見て分かってて放置しとったんか。信じられへんわ」



ヒステリックに怒鳴る子供の母親に負けじと捲し立てる男子生徒。口から出る言葉は関西弁で気迫が凄く、女は怒鳴る勢いが無くなっていく


騒ぎを聞いたのか駅員がこちらへ駆け寄る


まだ若い駅員のようだ、この状況にオロオロとしておりどこか頼りない



「だ、大丈夫ですか」


「おっそいわ。それでよく駅員さんやっとるな自分もさっきから見とったやろ、何でこのガキにさっさと注意せんねや」


「すっすみません近くに母親の方がおらっしゃったので思わず大丈夫かと…」


「っは、そんなんで仕事できるんやったら俺でもできるわ」


「すみません…!私まだ新人で…」


「もう少しですみませんで済む事やなかったやろ言い訳にもならんわ。…もうええ、誰も怪我しとらんみたいやし俺はもう帰るわ」


「っちょっと待ちなさいよ!」


「ぅえぇえーーん!!」


「っ俺らも乗るぞ栞」


「う、うん」



そう言って今来た電車に乗る男

それに合わせて俺らも乗り込み後ろでまだ騒ぐ女と泣きじゃくる子供を背に扉が閉まった


この電車に乗るつもりだったのかドアを開けろと駅員に文句を言ってるのが聞こえる


ドアは固く閉ざされたまま開く事なく電車はそのまま動きはじめた



「…」


「あの…」


「…」


「助けてくれてありがとうございます」


「…」


「…あれ?」


「…」


「ワザと無視してんじゃねえのかこいつ」


「まさか。……あのー?」


「…や」


「あ?何て?」



栞が話しかけるが返事をしないで黙って立っている男子。耳をすませると小さい声で何かを言っている


よく見たらなんか小刻みに震えてるような…



「…や」


「何言ってんだ?」


「すみませんよく聞き取れなくて」


「…んや」


「は?」


「同じ制服着とるやつと変に関わってしもた…腕掴んでもうたし…どうせセクハラやとか痴漢や言われて明日には学校におられなくなるんやそうや……オカン、俺にはやっぱり高校生活は無理やったみたいや…」


「え、あの助けてくれた人にそんな事…」


「ああ…ははっ何や幻聴が聞こえるわ…」


「何だこいつ」



また変な奴に会っちまった


さっきの駅での姿が嘘のように小刻みに震えながらぶつぶつと言っている関西弁の男


襟足の長いウルフヘアにブルーとイエローのメッシュ、耳にピアスをしてバンドマンといった風貌でギターケース?を握る両手には黒いネイルをしている


制服さえ着てれば自由な格好をしてもいいという学校であるとはいえ派手な見た目だ



「うっうっ…短い高校生活やった…やっぱり高校デビューは俺には無理やったんや」


「あの!」


「っオッひょうおあ!!!?」


「うわめっちゃ飛んだ」


「ななななな何ですか!?!」


「あ、助けてくれてありがとうございます!」


「さっきの!?何でおるん」


「いや私達も同じ電車だったからです」


「…エ?つまり俺は同じ電車乗る人らにイキって俺はもう帰るで…。ってやったんか…?うわ…めっちゃ格好悪いやん俺…」


「さっきはこいつ助けてくれてありがとうございます…」


「アッ。イエ……男連れやったんか…俺の女が世話なったなってどつきまわされるんや…」


「すげえ被害妄想」


「肇!…あの本当にありがとうございます」


「エッあ、いや別に…ほんま気にせんで俺が勝手にした事やから…後、敬語じゃなくてダイジョブです…一年なんで…」


「同じ一年生なんだ!大人っぽかったから先輩かと思っちゃった」


「えっと…もう用あらへん?」


「まあ俺は無いけど」


「あそ、じゃ…」


「ねえそれギターケースだよね?軽音部?」


「ぁっ…ギターやないけどまあ、軽音部です…一応」


「つか、さっきと全然話し方違うんだな」


「ひえ…すんません久しぶりに人と話すもんやからどう喋ればええか分からんくて…」


「さっきは喋れてたじゃねえか」


「…ぇと、咄嗟やったから……つい」



威勢のよかったさっきと打って変わっておどおどとして目線を泳がせて喋る男。女子が苦手なのか栞が話しかけるごとに後ろへ少しづつ下がっている



《次はーー。ーー。ですお出口は左側です》



「名前何て言うの?私は娃川栞、ほら肇も」


「…麻倉肇」


「う…」


「ん?なんて」


「ア、いやっここで降りるから…ほな」


「え名前…」



名前を言わずそそくさと降りていく男



何か変なやつだったな。名前聞けなかったけどあんだけ目立つ見た目だし次のキャンプで分かるだろ


それより、やっぱりさっきは事故が起こる所だったって事なのか?


それとも…



「行っちゃった…」


「キャンプで会えるだろ」


「私のクラスでは見た事ないし三組かな?」


「…なあ、栞さっきのってやっぱ…」


「…今年…なのかな」


「…と思って行動した方がいいかもな」


「うん…」




どこか不穏な空気が残ったまま


6月16日は無事?に終わる事になった



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