第8話【川岸菊子の独白】




カワイイお姉ちゃんが憧れだった



コテで巻いて盛った髪、大きめのカーディガンに短いスカート。まだ小さかったウチにとって、とても特別なお姉さんに見えた


お姉ちゃんのキラキラした手で操作する

デコった宝石の様な携帯はとても綺麗で。


お姉ちゃんの事が大好き。


世界で一番 カワイイ お姉ちゃん


お姉ちゃんの見せてくれた雑誌のお姉さん達は一人も同じ見た目の人がいなくて、個性があって皆カワイイ



ウチもそんなふうになりたくて

頑張って努力した


こんなにウチはカワイイになった

努力して、

憧れたあのお姉さん達になれたのに


なれた時にはもう カワイイ が変わってた。



「その格好今時流行んないって、やめた方がいいよ。ほらこれ今の流行りのやつ!こっちの方が絶対良いって!」



流行り。そんなの知らない


ウチの憧れはもう時代遅れらしい。

周りの子達は皆同じ様な見た目をしてた


ぱかぱかする憧れたあの携帯電話はガラケーと呼ばれ使われなくなり、スマホが当たり前になった。スマホはデコると持ちにくくなるからできなかった



「ケバすぎじゃね?もう少し薄い方がもっと男ウケ良いって!せっかく可愛いのに勿体ないじゃん」



ウチはこれがカワイイからやってるだけで

別に男子に好かれたくてこのメイクな訳じゃない


中学の時は否定されてばかりだった。

友達も一人もできなくて、いつも一人だった

お姉ちゃんはそんな奴ら気にすんなって言ってくれたけど、何だか少し心が痛む



高校入学、憧れた高校生活が始まった

初めて友達ができた。

ウチの格好をカワイイって言ってくれた

嬉しい、やっと分かってもらえた



そう思ってたのに



「ねえ〇〇、これウケるくね?」


「わかる、てか今月マジ金欠だわ」


「ヤバくね?〇〇が欲しいって言ってたコスメもう発売するよ」


「ヤバ!〇〇、お金貸して」


「無理〜あたしも金欠だから」


「どうしよ〜…ねえ菊子ぉ、ごめんお金貸して!」


「えーまたぁ?この前貸したばっかじゃん!まだ返してもらってないし…」


「絶対返すから!一生のお願い!」


「えー…」


「お願い〜!本当に欲しかったコスメなの!私も菊子みたいに可愛くなりたいの〜!」


「!…しょうがないなあ、これで最後だからね!」


「ほんと!?ありがとう〜菊子!」


「あたしトイレ行ってくるね、メイク直したい」


「あ!じゃあ私も行く〜菊子はどうする?」


「ウチはいいよ。」


「じゃあ行ってくるね〜」



最近よくお金貸すなぁ…

でもこれが普通なんだよね。

二人が言ってたし、本当に仲がいい子は貸し借りするのが普通なんだよね、返してくれるって言ってるし大丈夫。


初めて友達できたから

友達の普通が分からないや。

二人が教えてくれるから嬉しいな。


あ。メイク直すって言ってたのにポーチ忘れてる、持っていってあげよう


ポーチを持ってトイレに行く。

中の二人に声をかけようとした時



「よかったー。金貸してくれて」


「てかマジで金欠だった訳?」


「いや?欲しかった服あったから金だしてくれるかなって」



え?



「家が金持ちみたいだし少しくらい分けてくれたっていいでしょ」


「〇〇性格悪すぎウケる。あたしも菊子マジで嫌いだからいいけど」


「〇〇そんな菊子嫌いだったっけ?」


「一人称ウチってキモすぎ、名前も古臭いしババアかよ」


「わかるわー何かイタいよね」


「つーか何あの格好、今時あんなのいないっつうの。隣歩くのマジ苦痛」


「それな〜」


「さっき菊子みたいになりたいって言ってた癖に」


「嘘に決まってるでしょ?適当に褒めとけば金くれるし」


「〇〇、こわ〜」



手に持ったポーチを落としそうになった



お金無いから貸してって言ってたじゃん

カワイイって言ってくれたのに


全部、嘘だったの?



「あ、あたしポーチ忘れた」


「何しに来たんだよ〜早く取ってきなよ」



慌てて教室に戻る

盗み聞きしてたなんて思われたくないから


そのまま机に座って呆然としていると彼女は戻ってきた



「ポーチ忘れちゃった〜…菊子?どうしたの?」


「…あ、っ何でもない!もう何やってんの〜?」


「ほんとだよねー、じゃあもっかい行ってくる〜」



何も変わらない態度に何も聞けなくて、

つい誤魔化してしまった。


どうしよう。顔が、見れなかった



二人が戻ってきても、さっきの事を聞くのが怖くて何も知らないフリをしてしまった。

聞いてしまって友達じゃなくなってしまうのが怖かった



一人は嫌だ



そんなにこの格好は変なの?


こんなにカワイイのに何が変なの?


何でウチの事が嫌いなの?


普通の女の子じゃないから?



この格好をやめればいいの?


ウチはこの格好が良いのに


でもこの格好は普通じゃないんだよね?


普通でいれば友達でいてくれる



フツウになれば



フツウってなに?


ウチ、あの時のお姉ちゃんになりたい


あれ?


ウチはお姉ちゃんになりたいんだっけ?


自分が分からない


ウチは、何になりたいの?





休みの日に二人がウチを街で見かけたらしい

でもその日ウチは家にいて外に一回も出てない


別の日にもウチに会って話したって言われた。

そんなの知らない、その時ウチは会った覚えがない


ウチが男の人と歩いてるのを見たって言われた。

彼氏?って聞かれたけどウチはそんな人知らない




ある日から

ウチの知らないウチの話をされる様になった

二人に会って顔を合わせるのが辛くて学校を休んでしまった、それなのにウチはその日にちゃんと学校に来ていたらしい。


意味が分からない

そのウチは誰なの?


どんどん出てくる自分じゃない自分の話



知らないウチの話をしないで



大丈夫、怖くない。


だったらその偽物のウチに会ってやる


会ってウチのフリして勝手に人様の人生乗っ取ろうとしてんじゃねーって文句言ってやるんだ。


そして捕まえてウチの妹にでもしてやる


何でウチになろうとしてるか知らないけど

ウチになるより カワイイ にしてやるよ


ふとクラス掲示板が目に入る



[ -超解部- 超常現象を募集中。

あなたの不思議な出来事

何でも気になる事があるなら部室まで!]



超解部? 何それ?


不思議な出来事、相談…行ってみようかな




それが三人との出会いだった


最初はどうせ他の男子共と同じでウチを軽い女だと思うと思ってたから、冷たい態度をしてしまった。


そしたら全然そんな事は無いし、

悪い事しちゃったな

しおりんとも仲良くなれて嬉しかった



街であの子達に会った時は体が石にでもなったんじゃないかって思ったくらい、重くてまったく動かなくなった



『おい、何だよその言い分は。川岸がお前らに何やったって言うんだよ』


『明らかにお前らの方が悪いじゃねえか、そんなに金欲しけりゃバイトでもしてろよ。川岸に金返せ』


『自分の事をウチって言うのが何悪いんだよ、一人称くらい好きにさせろよ。自分の事くらい自分でどうしたいか決める事の何がいけねーっつうんだよ』



自分の事は自分で決める。



『名前が古臭いだあ?お前、親のつけてくれた名前に文句いうな。変な名前じゃねえ限りその名前は大事な意味でつけられた大切な名前だ。家帰って親に名前の由来でも聞いとけよ』


『お前が姉ちゃんが好きなのは分かったよ。でもお前はお前の姉ちゃんじゃねえぞ。川岸は川岸なんだから自分の好きにしろ』



ウチは川岸菊子ウチ



肇がウチの偽物に会った時急いでその場所に向かった。ウチはその姿を見てやろうと思ったんだ。会って文句言うつもりで、でもその姿が遠くに見えた時、近づいてはいけない、見てはいけないモノってすぐに気づいた。


肇たちにはウチに見えてるアレ

ウチには真っ黒でモヤモヤして

人の形をした影にしか見えない


アレが此方を向く

目が合いそうになる

目が閉じれない

体が動かない

怖い。助けて



『見るな川岸!』


『目閉じれねえなら俺だけ見てろ!』



どんな口説き文句だよ、ばか。


必死な顔してウチを抱き締めて


何、言ってんの





その後偽物は車に撥ねられたらしい

運転手も肇たちも確かにアレが

轢かれたのを見たのに


アレは何処にも見当たらなかった。


アレは何だったんだろう

だけどもう二度と会う事は無いと

何故か、確信してる





家に帰ったウチはママとパパに

名前をつけた理由を聞いた




「ねー、ウチの名前って何で菊子なの?」


「小学校の時授業のために聞いただろ?」


「忘れちゃった」


「ふふっ良いじゃない、あなた。…菊子の名前の由来はね、末永く最後まで幸福が続きます様にって願ってつけた名前よ。少し古臭い名前になっちゃったけど」


「…ううん!古臭くなんかないし!寧ろ今の時代逆に新しいって感じ?」


「もう、菊子ったら」


ねえママ、パパ


お姉ちゃん


大好き





次の日、いつもの様に髪を巻こうとして、肇の隣の綺麗なストレートの黒髪を思い出す。

…今日は巻くのやめようかな


お姉ちゃんも今はストレートの髪だし



いや、…ウチがなりたいのは


肇に、カワイイって思われたいのは


お姉ちゃんよりもカワイイ

川岸菊子ウチ




髪を綺麗に巻いて、スカートは短く。リボンは伸ばす。大きいカーディガンを着て特別な時にだけ付けるお気に入りの香水を一振り。


大好きなミルクティーの紙パックを持って


あの部室に行く。

恥ずかしくてまだ肇って心の中でしか言えないけど



「やっほー!カワイイ ウチが来てやったぞ!」




どうかな肇、ウチは今カワイイ?



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