第6話【ドッペルゲンガー】【3】




「アハ、バレちゃったぁ」




川岸の見た目をしたナニカが

目を三日月の様に細め、にたりと笑う


まさか、こいつが



「も〜 せっかく あの子の所まで連れてって貰おうと思ってたのに、媚び売った意味ないじゃん」


「お前…が川岸のドッペルゲンガーか…?」


「酷いなあ、違うよ。うち…もうバレてるからいっか。アタシが川岸菊子なの」


「は? 何言ってんのか分かんねえよ、目的は何だ」


「こんなに可愛いのに有効活用しなきゃ勿体ないじゃない?だからアタシが菊子になってあげるの。だから あの子に会おうとしてたんだけど、何処に あの子が居るかが分からないから色々と探して回ってたの。学校、街、後は家だけだったけど鍵無いから入れないし」


「…意味が分からねえ、お前は川岸じゃねえよ」


「もう、…まあ別に良いよ。あの子と目さえ合っちゃえばこっちの物だし。目が合うは、 会う だから…あの子がいけないんだ、あの子がアタシならあの人はアタシを好きになってくれるのに」


「ぶつぶつ何言ってんだよ。川岸には会わせねえぞ」


「じゃあ止めてみれば?できるならね」


「は、おい待て!」



そう言ってドッペルゲンガーは目の前から消えた。


何処へ行ったんだ…


っそうか!川岸の所に行ったんだ!このままだと川岸が危ない…!早く逃げさせなければ!



『もしもし? もしもし! 肇!?聞こえてるの!? 』


「っ栞!ドッペルゲンガーがそっちに向かってる!」


『え!? 会ったの?!っ鏡本くん、ドッペルゲンガーがいたって! しかも向かってるって、まさか』


「川岸連れて逃げろ!」


『分かった!…って菊子ちゃん!?何処行くの!』


「どうした!?」


『菊子ちゃんが突然走って行っちゃった!どうしよう肇!』



まだ繋がっていた電話から栞の声がして我に返った俺は、栞たちに川岸を連れて逃げる様に伝えるが、川岸は何故か走ってどこかへ行ってしまったらしい。まさかドッペルゲンガーに会おうとしているのか…?


何考えてるんだ、危険すぎる!川岸より先にドッペルゲンガーを見つけなければ!

でも見つけた所でどうすれば…!?


考えてる暇はない。とにかく探せ!




駅へ探しに行く


いない



店の周りを探す


いない





くそ!何処だよ!




車のあまり通らない、信号が多い道路の横断歩道の先に色素の薄い巻き髪が何かを探す様に辺りを見渡している


!いた!あれはどっちだ…!


本物か?偽物なのか?



「っおい!」


「…麻倉!ねえウチの偽物は何処にいんの!?ウチ、会って文句言ってやんなきゃ…!」


「お前、本物の川岸か?」


「何言ってんの?ウチは本物の川岸菊子だよ!」



この川岸は本物なのか…?


汗が滲み綺麗に巻いていた髪を乱しながらこちらに寄ってくる川岸。見分けがつかねえ…くそ、一か八か本物だって信じるしかねえか



「川岸、お前早く帰れ!偽物は家には入れないらしいから家なら安全だ!」


「は?!やだよ!ウチはウチに成りすまして好き勝手やってる奴に何してんだって言ってやるって決めてんの!」


「んな事言ってる場合か!アイツと目があったら不味い事になる!絶対目合わせんじゃねえぞ!っだから、いいから早く帰れ!」


「嫌だって言ってん…じゃ…」



何を考えてるのか、ドッペルゲンガーに会おうとする川岸に俺は言葉を荒げながら帰るように諭す…


が、何を言っても帰る事を嫌がる川岸が突如動かなくなる


何だ?どうしたんだ






「みいつけたあ」






道路を挟んだ向こう側の歩道に川岸と瓜二つの姿が不気味に笑い、立っているのが見える



アイツが来てしまった


まずい



「っ川岸!見るな!」


「目、とじれな」


「肇!やっと見つけた… !菊子ちゃんが二人…!?」


「…これは」




栞と圭が合流する。


その場から何故か動かない川岸。


どうする…! どうする…!?



「ねえ菊子。こっちを見て」



道路をそのまま渡り此方へ来るアイツ


川岸に気持ちが悪くなるくらい優しい声で

話しかけながら一歩、また一歩と近づく




「ねえ」



近づく



「見ろ」



近づく



「それ以上川岸さんに近づかないでくれ」


「近寄らないで!」


「は?邪魔するな女男が、ねえ、菊子 見ろ」


「ウチ、は、」


「見るな川岸!」



俺は咄嗟に呆然とする川岸の腕を引っ張り、川岸の顔を胸に押し付ける様にしてそのまま抱きしめた。



「っ麻、くら」


「見ねえように目閉じてろ!」


「とじれない」


「目閉じれねえなら俺だけ見てろ!」


「っ…!」


「邪魔……するな!!!!」



目を見開き、

かなり憤怒しているドッペルゲンガー



此方に向かってきている

もう、駄目だ



諦めかけた、その時








宙を舞う、偽物の川岸の身体






「は」



いつか聞いた、人のぶつかる音



大型の車が猛スピードで偽物の川岸を轢いた。


激しく動揺しながら慌てて降りてくる運転手



「おい!何で道路なんかに突っ立ってんだよ!ックソ!轢いちまったじゃねえか!!…あれ?」



俺達に怒鳴りながら車の前に行き状態を確認する男



「車がへこんでねえ…?血も付いてねえし、……どうなってんだ?確かに轢いたはず…」



そこには確かに轢かれた筈のアイツの姿は無く、車にも人が当たった形跡が何処にも見当たらなかった


何が、どうなってる?アイツは?どうなったんだ



「…気のせいですよ。僕達はこうして歩道にいますし」


「っ…圭、……そうですよ。俺達、道路になんて出てないですし」


「そんな訳ないだろ!?確かに俺は轢いちまって、でも…そうなのか…?」


「はい。…きっと、お疲れだったんですよ」


「そう、か。そうだな、夜勤明けのまんま寝ずに運転するもんじゃねえな…」



そう言いながら車に戻り、去って行った運転手。つか圭が誤魔化すから俺までつい誤魔化しちまった…大丈夫だよな?



それより何だったんだ、アイツは?何処へ消えた?


もうアイツは出てこないのか?



「…不思議な事もあるものだね」


「本当にドッペルゲンガーっていたんだ…、てか肇?いつまで菊子ちゃん抱き締めてるの?」


「っあ!?わりぃ川岸!」


「……いや、だいじょぶ…」



やべえ忘れてた!


慌てて川岸を離した俺は川岸の様子を確認すると、何故だか呆然としてるが先程までと違い、動けるようになっているらしい。特に異常も無さそうだ。良かった



「何だったんだよさっきのは、確かに轢かれたの見たぞ?」


「僕も見たよ。でも目を離していた一瞬の間に消えていた」


「私だって見たよ! ねえ、もう大丈夫…なのかな」


「分からない、でもとりあえずは彼女の姿は見当たらないね」


「意味わかんねー…」


「ウチは、そもそも見てなかったから…」


「菊子ちゃんは見なくて良かったんだよ!」



川岸を除くここにいる全員が確かに見た筈なのに、あの偽物は何処かへ消えた



「でも、ウチ…もうアイツは出てこない気がする」


「あ? 何で?」


「…なんとなく、そう思う」


「…そうか」




何気なく、ふと空を見上げる。


さっきまで雲で塞がれていた空が

嘘の様に晴れていた






こうして、

ドッペルゲンガー事件は謎を残したまま幕を閉じた。







月曜日の朝 いつもよりも早めに学校に着いた俺はまだ人があまりいない校舎を歩く。




廊下で圭に会った俺はそのまま圭と共に教室に向かうと教室のドアの前で悩んでいる川岸を見つけた



「川岸?どうした、そんなとこで突っ立って」


「!はじっ…麻倉。いや、ちょっと顔…合わせ辛くて」


「はじ? まあいいや、…アイツらか。別に気にすんな、何か言ってきたら俺が言い返してやるよ」


「…よく分からないけど、何かあったんだね?」


「まあな、んじゃ入ろうぜ」



教室に入った途端に、教室の奥から俺達が来るのを待っていたかのように勢いよく女子二人が駆け寄ってくる。


おい、こいつらってあの時の奴らじゃねえか。まだ川岸に何か言う気か?


そう思いながら俺は川岸を庇う様にして立った



「っ菊子!」


「おいお前らまだ川岸に何か言う気なのか?」


「ごめん!菊子!私達、どうかしてた!」


「は?」


「…え」



何だか様子が変だぞ?


女子の片方が何か封筒を取り出して川岸に差し出した



「っこれ!借りてたお金!信じてもらえるか分からないけど、私、そんなつもりなくて!確かに菊子が羨ましかったけど酷い事したかった訳じゃなかったの!」


「あたしもごめんなさい!彼氏に振られてから何だかいつもイライラしてて、本当、何してんだろあたし…」


「あの日、菊子に酷い事言っちゃったのも聞いてたんだよ…ね…?」


「…うん」


「あたし、菊子になりたかった。間違った事は違うって言って…羨ましかった。あたしもそんな菊子になりたかった、自分の個性を持ってて、可愛くて…!だから彼氏だったあの人に菊子が好きになったって言われてあたし、どうしたらいいか分からなくなって…それで…!」


「もう、いいよ」


「! あたし達を許してくれるの!?」


「…ごめんね、許す事はできないかも」


「っ、」


「お金は受け取るね。返してくれてありがとう」


「…っあたしたち、まだ友達だよね…?」


「虫が良すぎるだろお前ら。あそこまで言ってて、はいごめんなさい。私達まだ友達です。で済ませんのか?」


「それは」


「肇、やめておきな。これは川岸さんの事だ」


「おい圭。こいつら庇うのかよ?」


「っ!鏡本くん!」


「違うよ。何があったか知らないけど、これは川岸さんがどうしたいか決める事だ。僕達が首を突っ込む話じゃない。…川岸さんはどうしたいの?」



ぐだぐだと川岸にひたすら謝りながら都合の良い事を言う二人にムカついて俺が言い返すと、圭がそれを止める


川岸の決める事。


俺は川岸がどう選択するのかを

黙って聞き続けた



「…ウチは、二人と友達になれて嬉しかった」


「菊子…!」


「じゃあ!」


「…はっきり言うと、ウチもどうすれば良いか分からない…二人の事、許したいけど許せなくて…あの時は確かに楽しかったから。だからこそ、…ごめん。今までウチと友達でいてくれて、ありがとう」


「っ、そう、だよね。…分かってた」


「…私達と友達になってくれて、ありがとう菊子。私達の事、ずっと許さなくて良いよ」


「あたしも菊子と友達になれて嬉しかった。今まで本当にごめん。許さなくて、友達じゃなくていいから、またいつかあたし達と遊んでくれる…?」



「…うん!」



そう答えた川岸は最初にあった時よりも


何処か吹っ切れた、晴れやかな


とても良い顔をしていた。







「ねえ、麻倉」


「あんだよ?」


「しおりんとは付き合ってないんだよね?」


「そう言ったろ」


「…ふーん、そっか!なら良いや!」


「何だそりゃ…」


「んふふ…! 秘密」


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