距離感がバグっている幼馴染に外堀を埋められていた

まっしろき

第1話

『わたしね、おおきくなったらね、たけしくんのおよめさんになる!』

『うん、ぼくもぜったいにあやちゃんとけっこんする!』

『じゃあ、約束ね!』

『うん!』


これは俺と幼馴染がよくしていたやり取りだった。

仲の良い異性の幼馴染がいたら、たまに聞くような話だ。


そういうものは時が経つにつれて、無くなっていく。

小学生低学年まではそう言っていても中学、ましてや高校生にもなれば感性も変わるので、当然のことだ。


しかし、世の中には例外がある。


…………

……


ピピピッ、ピピピッ!

気持ち良く寝ている俺の耳に、一日の始まりを告げるアラーム音が鳴り響く。

俺は腕を伸ばし、ベッドの枕元に置いてあるスマホに手を伸ばし、アラームを消す。


月曜……数学の小テストあったよな……。

ぼーっとしている頭が、余計なことを思い出し、朝から気分が萎えていく。


(……まだ時間に余裕があるし、寝るか)

朝から萎えてしまったなら仕方ないと自分に言い聞かせ、うっすらと開けていた目を再び閉じ、

武志たけし、起きて」

ようとしたところで、部屋のドアが空き、親の声以上に聞き慣れた声が聞こえた。


「……あと5分」

「今すぐ起きないと……武志の初めてをもらう」

「うっ……分かったよ、あや……」

地獄のような脅しに屈してしまい、俺はゆっくりと起きた。


―10分後―


制服に腕を通し、リビングに降りると、綾はトーストと目玉焼きを並べ終えたところだった。

「丁度朝ご飯の準備終わったよ、食べよ?」

「うん。いつもありがとう綾」

「これくらいは当然だから」


淡々と話しているが、お礼を言われ、満更でもない表情の綾。

俺は椅子に座った。

「「いただきます」」

と食事を始めた。


箸を進めながら俺は考えにふける。


桐藤きりふじ 綾。

俺の幼馴染だ。

桐藤家と中山家とは家族ぐるみで付き合いがある。

中山とは俺の苗字である。

親同士が幼馴染、綾と俺の誕生日は一日違い(綾が一日早い)で、姉弟のように育てられた。


そして今はお互いの両親が出張で不在であり、高校生の一人暮らしは危ないということで、綾は俺の家で一緒に生活をしている。


容姿はというと……文句なしの美少女である。

表情が乏しく淡々と話すタイプであるが、それがクールで可愛い、と言われており、学校内では告白が絶えないそうだ。

全て断っているらしいが。


そんな幼馴染であるが、高校生になったというのに俺との距離感が近過ぎるのだ。

小さな頃は「結婚するー」と可愛いものだったのに、今ではさっきみたいに、「初めてをもらう」と既成事実を作ろうとしてくるようになった。


そして、周囲からの認識だが、何人かの友人に、「綾ってどんな風に見える?」


と聞いたところ、

『中山君の女』

『武志の彼女』

『中山の嫁だろ』

『中山のことが好きすぎる女』

といった回答があった。


学校での関わりは最低限にしているはずなのに、なぜかそういう認識になってしまっているのが悲しい。


「……ペロッ」

正面に座っていたはずの綾が気づいたら俺の隣にやってきて頬を舐めてきた。


「……何しているんだ、綾……」

「武志、考え事してた……せっかく作ったご飯を味わって欲しい」

「だからと言って頬を舐めるな」

これが桐藤 綾という幼馴染なのだ。

普通に考えたら恥ずかしいことを平然とやってくるのだ。


一緒に風呂に入って髪を洗うとか、一緒のベッドで寝るみたいな小さい頃からずっと続けてきた行為ならまだしも、最近になって多くなった明確なスキンシップは減らしてほしいものだ。


「はぁ、早く綾も俺離れしろよ?進学先とか就職先が違ったら今みたいに面倒見てやれないんだから」

「そんな必要はない。大学は同じところにするし、実家から離れてるところでも同棲する予定だし、就職先は武志のお嫁さんで決まってるから」

心なしかドヤ顔になった綾にとんでもない未来図を描かれていることを知って恐怖する。


「あのさ、勝手に想像するのはタダだけど、そこに俺の意思が入ってないぞ?」

「私のほうが勉強できるから大学は問題ない。お嫁さんの方も……ううん、何でもない」

「……?」

お嫁さんがなんだ?


「武志は気にしなくてもいい。早く食べよ。学校に遅れる」

「あ、ああ」


俺は綾から何か妙な気配を感じつつも、朝食を終えたのだった……。


しばらくは何事も起きず、いつも通り過ごしていた。


―土曜日―


どうにか面倒な一週間を乗り越えた。


前日は綾の誕生日だった。

週末だったということで、お互いの両親は帰宅してきており、昨日の夜は俺、綾、そしてお互いの両親の六人で綾の誕生日を祝っていた。


そして今日、俺もついに18歳になった。

ついに18禁のコンテンツが合法になったんだ、という事実に感動していた。

まぁ、元々そういうコンテンツ自体はある程度は触れてはいたが、やはり多少のうしろめたさがあったのが、全部気にしなくてよくなった。


そんな感動に浸りながら早速と、PCを立ち上げたら、

「武志ー?ちょっと話があるから下降りてきてー」

と母さんからのお呼び出しがかかった。

きっと誕生日祝いの外食の話だな。


「すぐ行くー」

と俺は返事をし、階段を降りリビングへと向かった。


リビングに向かうと、俺の両親だけでなく、桐藤家の三人も揃っていて、席についていた。


「お、やっと降りてきたな、武志」

父さんが俺に声をかけてきた。

「ああ、今日の飯のこと?」

「それもある、とりあえず座れ」

と言われとりあえず座る。


「よし、両家揃ったし、早速だけど本題に入ろう」

と父さんが切り出した。


「綾ちゃん、気持ちは変わっていないんだね?」

「はい、おじさん、あの時から変わっていません、いえ、それよりも強くなっています」

「そうか、流石綾ちゃんだね」


父さんも綾もいきなり一体何の話をしているんだ?

俺が内心???という状態になっていると、

「あっはっは、流石は俺の娘だ、俺とそっくりで一途じゃあないか。武雄たけお、問題ないだろう?」

と綾のお父さんが笑いながら父さんに声をかけた。

武雄というのは俺の父さんの名前だ。


「父さん?話の流れが全く見えないんだが……」

「あー、武志には話していなかったな」

と父さんが言うと、テーブルに置かれていた箱を開けた。


中身は……ボイスレコーダーとなんかのピンク色の紙?

なんたら届って書いてあるな。


「とりあえずこれを聞け」

と父さんはボイスレコーダーの電源を入れると、録音データを再生した。


『わたしね、おおきくなったらね、たけしくんのおよめさんになる!』

『うん、ぼくもぜったいにあやちゃんとけっこんする!』

『じゃあ、約束ね!』

『うん!』


と流れ、再生が終了した。


「今のって……」

「そうだ、綾ちゃんと武志が結婚の約束をしていた録音データだ」

「なんでそんなのを父さんが持ってるんだ?」


どういうことだ?意味が分からないぞ。


「武志……昔からお前に言い聞かせていることは覚えているな?」

「それって……『約束は必ず守ること』ってやつか?」

「それだ、そしてこの音声では綾ちゃんと武志が約束をしているな?」

「ま、待っ」

「今日、武志が18歳になったことで、この約束が果たせるようになった。つまりだ……武志……」

「ま、まさか……」

「綾ちゃんと結婚しなさい」

無慈悲に告げられたのだった。


「待ってくれ、話がぶっ飛びすぎていて意味が分からない、説明をしてくれ。あとそんな昔のこと時効だろ」

「未来の約束に時効なんてない……おじさん、私から経緯を話します」

と綾が言ってきた。


「まず、これを録音したのは私」

ボイスレコーダーを指差した。

「それはそうだろうよ、綾と二人の時に言ったんだからな」

とても嫌なシナリオが頭をよぎる。


「そして、おじさん、おばさん、パパ、ママに聞かせた」

「は?」

「武志、話は終わってない」

「……」

超展開で声も出ない。


「中山家が『約束』についてとても大事にしていることは昔から知ってた。だから、これを録音して聞かせた。でも流石に5歳の行動。あまりしっかり取り合ってくれなかった」

「お、おお?」

流石にうちの両親も最初はしっかりしているじゃないか。

なぜか今は父さんは結婚しろと言ってきたし、母さんはニコニコしてるだけだが。


というか5歳の時になんてことしてるんだ。

マセているとかそういうレベルじゃないだろ。


「だから、私はおじさんとおばさんに話を持ち掛けた。結婚できる年齢になるまで、私が武志のことを好きでい続けたら良いですか、って」

「……」

「おじさんもおばさんも、18歳まで気持ちが続くなら、と許可を出してくれた。そしてこの日をずーっと待ってた。だから結婚してもらう」

綾はいつも通り淡々と話しているように見えるが、付き合いの長い俺にはどうしても分かってしまう。


これは、本気だ、と。

だが、折れたら負けだ。

同意していない結婚は認められないはず……。

「待ってくれ、俺の意思は」

「武志君」

俺が説得しようと声を上げたら、綾のお父さんに遮られた。


「は、はい」

「武志君は、綾と結婚することは不満かい?」

「ふ、不満なんてありませんけど、同意もしていないのに……と」

「なるほど。この結婚には武志君の同意が存在していないと?」

「そ、そうですよねっ」

い、いけるか?


「でもね……今でも一緒にお風呂に入ったり、一緒のベッドで寝ているよね?」

「そ、そうですね……幼馴染ですし……」

「あのね、武志君。いくら幼馴染といっても普通は高校三年生にもなって一緒にはお風呂に入らないし、一緒に寝ないのが当たり前なんだよ?」

「えっ……」

綾に『一緒にお風呂に入るのも一緒に寝るのも幼馴染なら当然のこと、今更変える必要もない。別に恥ずかしくもないでしょ』と言われ、それを常識だと信じ切っていた。


「ああ、やっぱり自覚していなかったんだね。一応ね、結婚の約束もしているから、ということで何も言わなかったけどね、そこまでしておいて流石に結婚に同意していない、なんて言わないよね?」

「それは……」


綾のお父さん、ニコニコしてるけどめっちゃ圧力を感じる。

拒否する気力もなくなっていた。

綾の俺に対する距離感もおかしいと思っていたが、俺もおかしかったんだ。


「はい……綾との結婚に同意します……」

「よし、なら良いんだ。綾、おめでとう。そして、武志君、娘をお願いします」


こうして、俺は結婚が決まってしまったのだった……。


ー数時間後ー


結婚が決まってしまった後、いつ婚姻届出すかだの、式を挙げるかだの、今日のご飯はどうするかなどの話し合いが両家で行われた。


俺はどっと疲れたので、自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。

するとすぐにドアが開かれ、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえる


「綾か」

「うん、貴女の妻の綾だよ」

「……」

綾の返事によって、さっきの出来事が嘘ではないことを認識させられる。

覚悟を決めたとはいえ、半強制的に決めさせられたようなものなので、まだ若干抵抗はある。


うつ伏せの状態から体を転がし仰向けになり、綾に話しかける。

「なぁ、もしかして5歳の時から計画してたのか?」

「うん、私が武志のことが好きになったって自覚した時からね」

「どうしたらそんな時から準備進められるんだよ……」

「私が武志のことが好きだってことをママに伝えたら、外堀から埋めろって。捕まえた魚を逃がすなって。だからの昔から武志の倫理観が歪むように刷り込みもしてた」


明かされる真実に恐怖を感じる。

そして俺は魚だったのか。

魚になって逃げたいわ。


「これでやっと関係を進められる」

「もう三段跳びくらいでゴールしてるんだよなぁ……」

「ううん、私からしたらまだスタートしたばかり……よいしょ」

綾が寝ている俺の上に乗ってきた。


「あ、綾さん?何を?」

「もう夫婦になったから我慢しなくてよくなった。いただきます」

舌なめずりをして、顔を寄せてきて……


「えっ、待って「待たない」……、んんんんーーーーっ!!!」


俺は綾に初めてを全て奪われてしまったのだった。



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