敵対する理由

(今日はお客様がいらしているみたいだけど……私はいつまでこの部屋にいたらいいのかしら?)

 クリストファーから、来客中は絶対に部屋から出ないよう言われているオフィーリア。

 クリストファーはオフィーリアを絶対にダンフォースに会わせたくないようだ。

 その時、扉がノックされる音が響く。

(クリストファー様かしら?)

 オフィーリアは扉を開けようとする。その時、再びノック音が聞こえた。オフィーリアは立ち止まる。

(このノックの音といい仕方といい……クリストファー様じゃない。イーサンでもなさそう……。ということは……)

 背筋がゾクリとする。その時、テーブルに置いておいた本がバサリと音を立てて落ちてしまった。

「やはりこの部屋がビンゴかな。そこにいるんだろう? 贄姫」

 扉の外からダンフォースの低い声が響く。

 オフィーリアは慌てて声を出さないよう口を押さえ、扉から最も離れた位置まで後退あとずさりする。

(確かに、クリストファー様が仰った通り、危険な感じはするわね)

 オフィーリアは自分を落ち着かせるように深呼吸をする。扉は鍵をかけているので簡単には開けられないはずである。

 しかし……。

「鍵がかかっているか。それなら……」

 扉越しに怪しげな声が聞こえたと思うと、扉の隙間から勢いよく水が溢れ出す。ダンフォースが水魔法を使っているのである。 この勢いではいずれ部屋ごと浸水するであろう。

(あれは……!)

 オフィーリアの血の気が引く。かつてディアマン王国で、ドロシーやキャロラインから水魔法により執拗に暴力を受けていたことを思い出す。

(嫌……! やめて!)

 呼吸が浅くなり、冷や汗が溢れる。オフィーリアは刃物で首筋を撫でられるかのような恐怖を感じていた。

 その時だ。

「何をしている!?」

 怒りに満ちた鋭く低い声が聞こえた。オフィーリアにとって、よく聞き覚えのある声である。それにより、部屋に水が入って来るのが収まった。

(クリストファー様……!)

 オフィーリアは扉の前まで駆け付ける。

「無事か?」

 心配そうな、クリストファーの優しい声。オフィーリアは少し泣きそうになる。

「クリストファー様……私は大丈夫です」

 オフィーリアは声を震わせてそう答えた。

「そうか」

 扉越しに聞こえるクリストファーの声は、少しだけ安心したようだった。

「ダンフォース……貴様は彼女に何をしようとした……!?」

 扉越しでも分かる、クリストファーの怒りに満ちた声。

「別に。ただ、今回の贄姫を傷付けたらクリストファーがどんな反応をするか気になってね」

 悪意に満ちた声のダンフォース。

「そうか。ならば……」

 オフィーリアはクリストファーが魔力で何かしようとしている気配を感じ、思わず扉の鍵を開けて飛び出す。

「クリストファー様、駄目!」

「オフィーリア!?」

 クリストファーの、炎の魔力が発現しかけていた手を止めるオフィーリア。赤くなっていたクリストファーの目は、いつもの金色に戻る。

「これはこれは、君が今回の贄姫か。改めて、僕はダンフォース・アンフェール。よろしく頼むよ」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべ、オフィーリアに手を差し出すダンフォース。しかし、オフィーリアはその手を払った。

「クリストファー様を傷付けようとするのは許しません」

 ほんの少し震えながら、オフィーリアは銀色の目でダンフォースを睨み付ける。

「そうかい。……興が逸れた。僕はこれで失礼するよ」

 ダンフォースは意味ありげに微笑み、その場を立ち去った。それにより、一旦危険は過ぎ去ったのである。

「オフィーリア、何故なぜ止めた? それに、危険だから部屋から出るなと言っただろう」

「申し訳ございません」

 オフィーリアは伏し目がちに謝る。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。

「クリストファー様に……魔力で誰かを傷付けて欲しくなかったからです。魔力は、他人を傷付ける為のものであってはいけません」

 その言葉にクリストファーはハッとする。

 かつてディアマン王国でドロシーやキャロラインから水の魔力で散々傷付けられてきたオフィーリア。そんな彼女の切なる願いであったのだ。クリストファーはそっとオフィーリアを抱き締めた。






◇◇◇◇






 少し時が経過し、オフィーリアは落ち着きを取り戻した。気を失っていたイーサンも回復し、3人で濡れたオフィーリアの部屋の片付けをしていた時のこと。

「あの、クリストファー様と先程のお方は何故そこまで対立していらっしゃるのですか?」

 オフィーリアは素直に疑問に感じたことを聞いてみた。

「俺の父親が関係してる」

「クリストファー様のお父様……クィンシー様のことですよね?」

 書斎で見た日記を思い出すオフィーリア。

「ああ」

「クィンシー様は、クリストファー様のお母上であられるフェリシー様を大層愛しておられました。書斎にあるクィンシー様の日記を取って参ります」

 イーサンは懐かしむような表情で、その場を後にした。

「フェリシー様……」

 オフィーリアはふと思い出す。


《フェリシー! どうしてこんなことに!?》


《許さない! よくもフェリシーを殺したな! あいつを地獄に突き落としてやる!》


(流れてきた声と感情は……やはりクィンシー様のものなのね。残留思念は、本当に強い感情がないと感じられないみたいだけれど、クィンシー様はそれ程までにクリストファー様のお母様であられるフェリシー様のことを愛していらしたのね)

 オフィーリアは日記に触れて流れてきた残留思念について思い出した。

 しばらくすると、クィンシーの日記を持ってイーサンが戻って来た。

 オフィーリアはクリストファーと共にクィンシーの日記を見る。

「フェリシー様はクィンシー様が迎えた贄姫でしたのね」

 日記の最初のページを見たオフィーリアは意外そうに銀色の目を丸くする。

「ああ。母上はアメーティスト王国のタンペット公爵家の次女だったらしい。オフィーリアの母上と同じ国出身だ。まあ年代的にかなり前なのだが」

 クリストファーはフッと笑う。

 最初の方はフェリシーとの思い出や温かい出来事ばかり書いてあった。しかし、途中から怒りが見られるようになった。

「フェリシー様は、ジュリアナ様というお方から酷い嫌がらせを受けておりました。ジュリアナ様はクィンシー様に好意を寄せていらしたので、寵愛を受けるフェリシー様のことが大層気に入らなかったのでしょう」

 イーサンは当時を思い出し、悲痛そうな表情になる。

「ジュリアナ・デフェット。ヴァンパイアの中でも名門のデフェット家の令嬢だ。ジュリアナはどんな嫌がらせをしても動じない母上に痺れを切らして、遂に殺害に及んだ」

「そんな……」

 クリストファーの言葉に、オフィーリアは悲痛な表情を浮かべる。

「あの時はクィンシー様が不在の時でした。私がきちんとジュリアナ様を追い返していれば、あのようなことは起こらなかったはずです」

 後悔してもしきれないと言うかのような表情のイーサン。

「イーサン、あの時俺を守ってくれなければ俺まで殺されていたかもしれない。お前の気持ちも分かるが、過ぎたことはどうしようもならない。後悔があるのならその分それを今に活かすんだ」

 クリストファーはそうイーサンを慰めた。

「クリストファー様……もったいないお言葉でございます」

 イーサンはほろりと涙を流す。

 オフィーリアはそんな2人の絆を間近で見て優しげに銀色の目を細めた。

 一呼吸置いたクリストファーが再び話し始める。

「母上が殺されたことに怒り狂った父上は、そのままジュリアナの元へ向かった。父上は炎の魔力で生きたままジュリアナの全身を焼き尽くすだけでなく、光の魔力が込められた銀弾でジュリアナにとどめを刺した。父上の怒りはそれ程までに凄まじかったみたいだ」

「それと同時に、クィンシー様はフェリシー様やクリストファー様への愛情も深くございました。フェリシー様を失ったこと。そしてジュリアナ様を殺害して罪人になってしまったので、今後クリストファー様が肩身の狭い思いをしないように……クィンシー様は銀弾で自害なさったのです」

「そんな……」

 オフィーリアは悲痛な表情になり、言葉を失う。

「ここで関わってくるのがダンフォースだ。奴はジュリアナに好意を寄せていたみたいでな。ジュリアナを殺した俺の父上を許せずにいる。そして父上の息子である俺も憎いんだろう」

 クリストファーは軽くため息をつく。

「そう……だったのですね」

 オフィーリアは俯く。

「ダンフォースは人間に危害を加える過激派ヴァンパイアの筆頭格だ。オフィーリア、俺のせいで危険な目に遭わせてしまってすまない」

「私からもお詫び申し上げます。ダンフォース様の攻撃を予測出来ず、オフィーリア様を危険に晒してしまい、申し訳ございません」

 真剣な表情で謝るクリストファーとイーサン。オフィーリアはたじろぐ。

「そんな、謝らないでください。私は大丈夫ですから。それに、まだ部屋の片付けは終わっていませんから、手を動かしましょう」

 オフィーリアはいそいそと片付けを再開する。クリストファーとイーサンも少しホッとしたように笑い、オフィーリアに続くのであった。






◇◇◇◇






 一方、クリストファーの城を後にするダンフォースは何か考え事をしていた。

(今回のディアマン王国からやって来た贄姫に手を払われた時……微かに魔力を感じた)

 ダンフォースはオフィーリアと対面した時のことを思い出していた。

(あれは……闇の魔力に違いない。これは使えそうだ)

 ダンフォースはニヤリと口角を上げるのであった。

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