覚醒するオフィーリア

 オフィーリアはクリストファーと晴れて恋人同士になった。

 書斎で一緒に読書をしている時のこと。

「オフィーリア、隣には来てくれないのか?」

 意味ありげにフッと微笑むクリストファー。唇からは鋭い牙が零れている。

 ソファに座るクリストファーは自身の隣をポンと叩き、少し離れた場所に座るオフィーリアを呼ぶ。オフィーリアは頬をほんのり赤く染め、そっとクリストファーの隣の座る。クリストファーはそんなオフィーリアの腰に手を回し、そのまま本を読み始めた。

(クリストファー様……距離が近いわ……)

 クリストファーの大きな体にすっぽり収まっているオフィーリアの心臓はバクバクしており、読書どころではなかった。

(だけど……クリストファー様は私のことを本当に大事にしてくれているわ)

 オフィーリアは読書中のクリストファーの横顔を見て、控えめだが嬉しそうに微笑んだ。

 クリストファーはきちんとオフィーリアに愛情表現をしてくれている。オフィーリアの銀色の目は、彼女の母レリアが生きていた頃のように、完全に輝きを取り戻していた。

 2人の間には、穏やかで心地の良い時間が流れていた。


 気が付けば、夜中付近になっていた。夜明けまではまだ少し時間があるが、心地の良い時間は滑るように過ぎていく。

 クリストファーの体に収まったまま読書をするオフィーリアだが、コクリコクリと船を漕ぎ始めていた。そんなオフィーリアを見てクリストファーはフッと愛おしげに微笑む。

「オフィーリア、そろそろ湯汲みをして寝るか?」

 頭上から降って来る低くて甘い声に、オフィーリアはハッとする。

「すみません、ついウトウトしていました」

「いや、いい。生活リズムを本格的に俺と合わせようとしてくれていて嬉しいが……無理はするな」

 クリストファーは優しくオフィーリアの頭を撫で、サラサラとした紫の髪にキスをする。

 今まで以上にオフィーリアはヴァンパイアであるクリストファーと同じ生活リズムに合わせようとしているのだ。就寝時間も起床時間も以前より遅くずらしている。

「ありがとうございます」

 オフィーリアの銀色の目は、ほんのり眠そうである。

「そろそろ片付けるか」

 クリストファーはオフィーリアをそっと離し、本をまとめ始める。オフィーリアも読みかけの本を閉じ、元あった場所へ戻しに行く。

 その時、あるものを見つけた。年季の入った本である。

(これ……確か……)

 オフィーリアはその本に触れた時のことを思い出した。


《フェリシー! どうしてこんなことに!?》


(あの時は確か、深い悲しみと怒りと、深い愛情……感情が直接脳内に流れ込んで来たけれど……)

 オフィーリアは恐る恐る本に触れた。

 すると……。


《許さない……! よくもフェリシーを殺したな! あいつを地獄に突き落としてやる!》


(っ! やっぱり!)

 オフィーリアは驚いて本を落としてしまう。

「オフィーリア、どうした?」

 オフィーリアの元にやって来たクリストファーは不思議そうに首を傾げている。

「あの……この本……」

 オフィーリアは落とした本を恐る恐る拾う。

「これは……父の日記だな。裏に名前が書いてある」

 クリストファーは裏表紙を指す。

「クリストファー様のお父様……」

 クィンシー・ブラッドクロワ。これがクリストファーの父の名前らしい。

「ああ、もう大分だいぶ前に死んでいるがな」

「そう……だったのですね。……あの、この本……この日記には何かあるのでしょうか?」

 オフィーリアは恐る恐る聞いてみる。

「何かある、とはどういうことだ? 単なる日記だぞ」

 訝しげな表情でクリストファーは日記をパラパラとめくる。

「書いてある内容も、母との思い出話が大半だ」

 フッと苦笑するクリストファーである。

「そうですか……。あの、以前もあったのですが、この日記に触れたらその……強い感情みたいなものが脳内に直接流れ込ん来る感じがしたんです……」

「何だって……!?」

 クリストファーはオフィーリアの言葉に驚愕し、金色の目を大きく見開いた。

「オフィーリア、それは本当なんだな?」

 クリストファーは鋭く真剣な目付きでオフィーリアを見る。オフィーリアはビクッと肩を震わせるものの、しっかりと頷く。

「はい。……深く強い悲しみ、怒り、それから、愛情……色々な感情が流れて来ました」

「そう……か……」

 クリストファーは少し考え込む。

「あの、クリストファー様?」

 オフィーリアは不安そうに、少し上目遣いでクリストファーを見る。

「単刀直入に言おう。オフィーリア、お前は間違いなく闇の魔力を持っている」

「え……?」

 オフィーリアはいきなりのことできょとんとする。ディアマン王国では、魔力を持たないことを理由に散々虐げられていた。しかし、今になって闇の魔力を持つと言われてもピンと来ない。

「あの、どういうことでしょうか?」

「オフィーリア、父の日記に触れたら感情が直接脳内に流れ込んで来たと言ったな?」

「ええ、そうですが」

「恐らくそれは残留思念だ。そして残留思念を感じることが出来るのは、闇の魔力を持つ者のみだ」

「そんな……今まで私には魔力がないと思っておりましたのに……いきなり魔力だなんて……」

 オフィーリアは困惑した表情である。

「いきなりのことで戸惑うだろうな」

 クリストファーはオフィーリアを安心させる為にそっと抱き締める。

「残留思念を感じられる以上、オフィーリアは確実に闇の魔力を開花させるだろう。闇の魔力はあらゆる生き物に夢を見させてその心を癒す力がある。それと同時に、人間やヴァンパイアを含め生き物を意のままに操ることが出来る恐ろしい力でもある。おまけに、ヴァンパイアが闇の魔力を持つ者の血を吸えば、そのヴァンパイアの魔力が最大限まで上がる」

「私に……そんな恐ろしい魔力が……」

 肩を震わせるオフィーリア。クリストファーはオフィーリアを抱き締める力を強める。

「大丈夫だ、オフィーリア。魔力を上手くコントロールするすべは俺が教える。……絶対に俺が守るから」

 クリストファーの金色の目は、かつてない程に真剣だった。






◇◇◇◇






 クリストファーの執務室にて。

「クリストファー様、お呼びでしょうか」

 イーサンが入って来た。

「ああ。……封筒を切らしているから至急用意してくれ。この手紙をアメーティスト王国の国王とサフィール帝国の皇帝に出す」

 クリストファーは準備済みの便箋をイーサンに渡す。

「これは……!」

 イーサンは書かれている内容を見て緑の目を大きく見開く。

「まあ、俺も父上と同じように苛烈な面があるということだ」

 フッと苦笑するクリストファー。

「左様でございますね。……承知いたしました」

 イーサンは便箋をクリストファーに返し、準備に取り掛かるのであった。

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