お礼のクッキー作り

(わあ……)

 オフィーリアはジャクリーヌに仕立ててもらったドレスを着て、鏡の前でくるりと回る。

(新しいドレスなんて久しぶりだわ)

 新調したもののうちの1着である淡いピンク色のAラインのドレス。

(クリストファー様が私の為に仕立て屋を呼んでくださったのだから、何かお礼がしたいわね。何がいいかしら?)

 その時、テーブルの上に書斎から借りたお菓子作りの本を置いていたことに気付く。

(手作りのお菓子……お礼になるかしら?)

 少しだけ不安になりつつも、お菓子作りの本をパラパラとめくるオフィーリア。クッキーのページで手を止める。

(クッキーなら作れるかもしれないわ)

 オフィーリアは柔らかく、微かに口角を上げた。

(だけどクリストファー様、甘いものは苦手ではないかしら?)

 ほんの少し表情を曇らせたオフィーリアはイーサンに聞いてみることにした。


「クリストファー様にクッキーをでございますか」

「はい。ご迷惑ではないでしょうか?」

「いいえ、そのようなことはございません。クリストファー様にはあまり好き嫌いはございませんので、甘いものも口になさりますよ」

 イーサンはオフィーリアの問いに柔らかく微笑んで答える。

「そうですか」

 オフィーリアはホッと肩を撫で下ろす。

「オフィーリア様、クッキーの材料でございましたら厨房に全て揃っております。遠慮なくお使いください」

「ありがとうございます、イーサン」

 オフィーリアはふわりと微笑み、早速厨房へ向かった。

「オフィーリア様はと一見正反対ですが……律儀で真っ直ぐなところは同じですね」

 小さくポツリと呟くイーサン。オフィーリアの後ろ姿を見ながら穏やかな笑みを浮かべていた。






◇◇◇◇






 オフィーリアは早速厨房でクッキーを作り始めた。この城に来てから料理することが増えていたので慣れた手つきである。

 クッキーの生地を作り形を整え、窯に入れる。後は待つだけである。

(上手く焼けますように)

 オフィーリアは柔らかく微笑んだ。


 そして少し時が経過し、クッキーが焼き上がる頃になる。

 オフィーリアは緊張しながら釜を開け、クッキーを取り出すと……。

(良かった、見た目は上手く出来ているわ)

 クッキーは綺麗に焼けていた。バターの香りが鼻を掠める。

(でも味がしっかりしていないと……)

 オフィーリアは恐る恐るクッキーを1枚口に入れると、ハッと銀色の目を輝かせる。

(美味しく出来ているわ!)

 思わず口元が綻んだ。優しい甘さとバターの香りが口の中に広がる。

「オフィーリア様、上手くいきましたか?」

 丁度イーサンが厨房に入って来た。

「はい! よろしければ、イーサンも食べてみてください」

 満面の笑みでイーサンにクッキーを勧めるオフィーリア。

「では、遠慮なく」

 イーサンはクッキーを1枚口に入れると、優しげに表情を綻ばせた。

「美味しゅうございます、オフィーリア様。クリストファー様もお喜びになることでしょう」

「イーサンにそう仰っていただけたら、自信になります。ありがとうございます」

 オフィーリアは嬉しそうに銀色の目を細めた。

「オフィーリア様、ラッピング用の包装紙などをご用意いたしました。そちらのクッキーを包んでクリストファー様にお渡ししたらいかがでしょうか」

「まあ、何から何まで準備してくださったのですね。ありがとうございます。早速使わせていただきます」

 オフィーリアは鼻歌を歌いながらクッキーを包み始めた。イーサンは孫を見守るかのような笑みになった。






◇◇◇◇






 執務室にて。

 クリストファーはヴァンパイア同士やヴァンパイアと人間の間で起きているトラブルなどの報告書に目を通していた。

(関わっているのは全て過激派の奴らか……。個別で動くから、潰しても潰しても出て来る面倒な奴らだ)

 クリストファーは眉間に皺を寄せて長大息ちょうたいそくをつく。

 その時、コンコンと控えめな扉のノック音が響く。「入れ」とクリストファーが言うと、執務室にオフィーリアが入って来た。

「オフィーリア、早速新しいドレスを着ているのか。……似合っている」

 先程とは打って変わり、クリストファーは穏やかにフッと微笑む。

「っ! ありがとうございます」

 オフィーリアはほんのり頬を赤く染める。心臓がトクリと跳ね上がっていた。

「その……」

 オフィーリアは少し緊張した様子でクリストファーに何かを差し出す。

「これをクリストファー様に」

 丁寧にラッピングされている。

「これは何だ?」

 きょとんとしたような表情のクリストファー。

「クッキーです。この前、クリストファー様は私にたくさんのドレスを仕立ててくださったので、そのお礼にと思って作りました。お礼になるかは分かりませんが……受け取っていただけたら嬉しいです」

 オフィーリアは緊張のあまり、目をギュッと瞑っていた。ゆえに、クリストファーがどんな表情なのか分からない。

 少しの沈黙の後、頭上から穏やかな声が降って来る。

「ありがとう、オフィーリア。俺の為に作ってくれたんだな。嬉しい」

 クリストファーは優しげな笑みを浮かべ、オフィーリアからクッキーを受け取った。

(受け取ってくださったわ!)

 オフィーリアの中に、温かく柔らかな感情が広がる。

「クリストファー様のお口に合えば良いのですが」

 ほんの少し緊張が残る笑みでオフィーリアがそう言うと、クリストファーはラッピングを丁寧に開けてクッキーを1口食べた。

 サクサクと咀嚼音が聞こえる。

「ああ、美味うまい。何枚でも食べられそうだ」

 クリストファーは口元を綻ばせた。

「本当ですか!?」

 オフィーリアは銀色の目を輝かせ、破顔一笑した。今までの中でとびきりの笑顔である。その表情を見たクリストファーは銀色の目を大きく見開く。

(オフィーリアも……そんな風に笑うんだな。……も、よく明るい笑顔を浮かべていた)

 まるで懐かしむかのようであったが、クリストファーの鼓動は少し速くなっていた。

「クリストファー様? どうしたのですか?」

 オフィーリアは固まっているクリストファーに対し、不思議そうに首を傾げる。

「あ、いや、何でもない」

 ハッとするクリストファー。

 その時、ボーンボーンと時計が鳴った。もう深夜である。

「もうこんな時間だな。オフィーリア、俺が魔力で湯を沸かすから湯汲みをしてそろそろ寝るんだ」

 クリストファーは立ち上がる。

「はい。ありがとうございます。やはり、魔力があると便利てすね」

 オフィーリアはふふっと微笑む。

 湯汲みの際は、クリストファーやイーサンが持つ炎の魔力で湯を沸かしているのだ。

 そしてオフィーリアもこの城に来てから自分に魔力がないことを気にすることがなくなったのである。

(人間はヴァンパイアよりも遥かに寿命が短い。だからもう人間に興味を持たないようにしていたが……またこんな気持ちになるとはな。俺は……どうしたらいいんだ? ……いつも通りオフィーリアに接することが出来るだろうか?)

 クリストファーはオフィーリアを見てフッと微笑むのと同時に、少し切なくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る