少しのきっかけ

 数日後の真夜中。

「クリストファー様、こちらがオフィーリア様に関する報告書でございます」

 イーサンはクリストファーから頼まれていたオフィーリアの身の回りに関することを調べ上げまとめていた。

「随分と早かったな。ご苦労、イーサン。礼を言う」

「もったいないお言葉恐縮でございます」

 礼をるイーサンを横目に、クリストファーは報告書に目を通す。

「オフィーリア・ディアマン……。ディアマン王国第3王女。父は現国王エドワード・ディアマン、実母はレリア・ディアマン……か」

「ええ、レリア様はアメーティスト王国の第2王女でございます」

「アメーティスト王国か。我々ヴァンパイアと上手く協力体制を築けている数少ない国の中の1つだな。それに……」

 クリストファーはイーサンの言葉に対し、少し考える素振りをする。そして再び報告書に目を向ける。

「オフィーリアの両親はよくある政略結婚。エドワードは当時シャルボン公爵家のドロシーと恋仲だった。レリアを王妃に迎えた後、わざと3年間ねやを共にせずドロシーを側妃として迎えたか。……国際問題になりかねないとは思わなかったのだろうか」

 クリストファーは報告書を読み呆れている。

「ディアマン王国は軍事力が優れておりますからね。下手に抗議すると攻め込まれ兼ねないと思われていたのでしょう」

 イーサンの言葉を聞きながら、クリストファーは更に報告書を読み進める。

「オフィーリアが8歳の時にレリアが亡くなるか。その後ドロシーが王妃となり、彼女の娘達と共にオフィーリアを虐げていた。暴力や食事を抜く、水の魔力を使用した嫌がらせは日常茶飯事か。エドワードも魔力を持たないオフィーリアには無関心……。王宮仕えの侍女達も一部を除いてオフィーリアへの対応を見て見ぬふり……。ディアマン王家は完全に腐っているな」

 クリストファーは報告書を読み終え、眉間に皺を寄せていた。

「それと、先程入った情報なので報告書には載せておりませんが、オフィーリア様のお母上レリア様は、闇の魔力を持っていたようです。ですので、可能性は低いかもしれませんが、もしかしたらオフィーリア様も……」

 そこで言い淀むイーサン。

「なるほど。オフィーリアも闇の魔力を持つ可能性がなきにしもあらずか。闇の魔力はあらゆる生き物に夢を見させて、その中で心を癒す魔力だとも言われている。おまけに生き物を意のままに操ることが出来る恐ろしい魔力だとも言われているな。……ヴァンパイアは人間の生き血を吸うと魔力が上がる。とりわけ、闇の魔力を持つ人間の血は……ヴァンパイアの力を最大限に上げることが出来る奇跡の血……。オフィーリアがもし闇の魔力を持っているのだとしたら、間違いなく狙われるだろうな」

 クリストファーは少し考え込む。

「イーサン、この城の周囲の警戒体制を強化しろ」

「承知いたしました」

 イーサンは早速警戒体制の強化に向かった。

「さて、どうしたものかな……。まあ、帰る場所がない彼女が少しでもこの城で心地良く過ごすことが出来たらいいが……」

 クリストファーの呟きは、闇の中に消えていくのであった。






◇◇◇◇






 数日後の夜、食事の席にて。

 この日もオフィーリアとクリストファーの間に会話はない。

 デザートを食べ終え、食後の紅茶が運ばれて来る。

「ありがとうございます、イーサン」

 オフィーリアは微笑み、紅茶を注いでくれるイーサンにお礼を言う。

「いえいえ」

 イーサンは優しげに緑の目を細める。

 そしてオフィーリアが紅茶を飲もうとした瞬間。

「おい」

「え? きゃっ!」

 いきなりクリストファーから声を掛けられたオフィーリア。ビクッと肩を震わせ驚いた為、テーブルに置いていたレリアの形見のハンカチに紅茶を零してしまった。

「オフィーリア様、大丈夫でございますか」

「はい。ですがハンカチが……」

 レリアの形見を汚してしまい、オフィーリアは肩を落とす。

「今すぐ洗えばシミにはなりません。洗濯の準備をいたしますね」

「ありがとうございます」

 オフィーリアはホッとする。

「……いきなり声を掛けて悪かった」

 相変わらずクリストファーの金色の目は冷たいが、声は少し柔らかくなっていた。

「いえ……私の注意不足でもありますし」

 オフィーリアは俯きながらハンカチをそっと握る。

「……詫びになるかは分からないが、新しいハンカチを用意する」

「貴方様のお気持ちは嬉しいですが、これは私の母の形見なのです」

 オフィーリアは大切そうにハンカチを胸に当て微笑む。するとクリストファーは気まずそうに目を逸らす。

「そうか……悪かった。配慮に欠けた発言だったな」

「いえ……お気遣いありがとうございます」

 オフィーリアは意外そうに銀色の目を丸くした。

「お前の母親は……どんな人だったのか?」

「え……?」

 クリストファーからの突然の質問に、オフィーリアはきょとんとしてしまう。

「言いたくなければ別に無理に答えなくてもいいが」

 クリストファーはオフィーリアが黙り込んだのをそう解釈したらしい。

「あ、いえ、そういうわけではなくて……」

 オフィーリアは少し慌てた。そして言葉を続ける。

「私のお母様は……春の陽射ひざしのような方でした」

 オフィーリアは過去を懐かしむように銀色の目を細め、口角をほんの少し上げる。

 オフィーリアにとってディアマン王国での良い思い出は、ほとんどがレリアと共にいた日々であった。共に刺繍をしたり、ディアマン王国の広い王宮の庭を散歩したり、チェスなどのボードゲームをしたり。何気ないことだったが、オフィーリアにとってはかけがえのない時間だった。また、レリアが生きていた頃は、2人の異母姉に虐められた時に優しく守ってくれた。

「……良い母親だったんだな」

 オフィーリアの話を聞き終えたクリストファーはフッと口角を緩めた。するとオフィーリアは銀色の目を見開く。

(クリストファー様が……笑ったわ……!)

 初めて見るクリストファーの笑みに、ほんの少し心臓がうるさくなる。

「ええ、大好きなお母様です」

 オフィーリアは嬉しそうに銀色の目を細めた。

「その……貴方様は」

「クリストファーだ」

「え?」

 突然クリストファーに言葉を遮られ、きょとんとするオフィーリア。

「だから、その……貴方様だとかいう仰々しい呼び方をやめろ。俺の名前はクリストファーだ」

 軽くため息をつくクリストファー。

「クリストファー様……」

 恐る恐る名前を呼ぶオフィーリア。すると、クリストファーは満足そうに銀色の目を細める。

「それで良い……オフィーリア」

 するとオフィーリアは銀色の目を見開く。

(初めて名前を呼ばれたわ。それに……クリストファー様と初めてまともに話せた気がするわ)

 オフィーリアは微かに口角を上げた。

 それ以降、オフィーリアはクリストファーと話すことが増えたのである。

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