迷信だらけのヴァンパイア

(このお城……よく見たらかなり広いわね)

 ほんの少しだけ余裕が出て来たオフィーリア。クリストファーの城の広さに驚いている。

(自由にしていいと言われたけれど、こんな広いお城でどうしたらいいのかしら? 使用人は……イーサンくらいしかいないし、クリストファー様もお休みになっているみたいだし……)

 オフィーリアは広い城の中を恐る恐る、ゆっくりと回ってみる。そのうちに、広い書斎に辿り着いた。

(わあ……本がこんなにたくさんあるのね……!)

 ディアマン王国の王宮にも広くて立派な書斎があったが、ここはそれ以上である。

 オフィーリアは折角時間があるのだから読書でもしようと思い、書斎にある本に手を伸ばした。


 気付けば太陽は傾き始めていた。

(つい夢中になっていたわ)

 ほとんどの時間、書斎に入り浸っていたオフィーリア。カーテンをめくり、窓の外を見て随分と時間が経っていたことに驚く。

 オフィーリアは読んでいた本を閉じ、元にあった場所へ戻す。

 その時、所々シミが付着している古びた本を見つけた。

(随分と年季が入った本だわ。何の本かしら?)

 オフィーリアはそれを手に取る。

 すると……。


《フェリシー! どうしてこんなことに!?》


「きゃっ」

 驚いたオフィーリアはその本を落としてしまう。本当に何の変哲もない古びた本ではあるが……。

(さっきのは……何? 脳内に直接声が届いた感じだったわ……。あれは……感情? 深い悲しみと怒りと……深い愛情が流れて来る感じだったわね……)

 オフィーリアは恐る恐る再び古びた本を手に取る。

 今度は何も感じなかった。

(私の気のせい……だったのね)

 ふうっと軽くため息をつくオフィーリア。その時、近くの本棚から数冊本がバサバサと落ちてきた。

(あ……しまわないといけないわね)

 落ちてきた本を元の場所に戻す。そうしているうちに、先程の奇妙な出来事を忘れるオフィーリアであった。






◇◇◇◇






 広い書斎を後にしたオフィーリア。城の中を歩いていると、窓の外に珍しく日当たりのいい庭園を見つけた。

(そういえばこのお城は日当たりが悪いから、今日1日日光に当たっていなかったわね)

 オフィーリアはカーテンと庭園へ通じる扉を開く。

 鬱蒼とした森に囲まれており城が全体的に薄暗いせいか、夕日が入るその庭園だけが明るい。庭園に咲いている色とりどりの花はキラキラと輝いて見えた。

「わあ……綺麗だわ……」

 オフィーリアはポツリと呟く。そしていつも大切に持ち歩いている実母レリアの形見のハンカチを胸に当て、微笑む。

(美しい庭園です。お母様……見えているでしょうか?)

 その時、背後から足音が聞こえた。

 オフィーリアはハッとして振り返ると、そこにはクリストファーがいた。

「あ……」

 まさかクリストファーがいるとは思わなかったのでオフィーリアは固まる。そして次の瞬間青ざめる。

「こちらにいらしては駄目です! 日の光に当たると貴方様は灰になって消滅してしまいます!」

「……は?」

 クリストファーは冷たい目で怪訝そうな表情である。そしてそのまま庭園に出て来る。

「……眩しいな」

 眉間に皺を寄せ、金の目を細めて手で夕日を遮る。思いっ切り日に当たっているが、灰になり消滅する気配は皆無である。

「え……?」

 オフィーリアは戸惑っていた。

「何じろじろ見ている?」

 怪訝そうに眉を顰めるクリストファー。

「申し訳ございません!」

 ハッと慌てて謝るオフィーリア。

「別に謝罪しろとは言ってない。俺に何か言いたいことがあるのなら言え」

 冷たく素っ気ない声だ。

「……貴方様はヴァンパイアなのにどうして日に当たっても灰になって消滅しないのですか?」

 おずおずと聞くオフィーリア。

かびが生えたような迷信だな。俺達ヴァンパイアはそんなもので死にはしない。ただお前達人間より日の光にを眩しく感じるだけだ」

「迷信……だったのですね」

 オフィーリアは意外そうに銀の目を丸くする。

 クリストファーは夕日に背を向け室内に戻る。オフィーリアは慌ててそれについて行く。

「で、では、その……ヴァンパイアはニンニクが苦手なのですか?」

「はあ? 何だそれは? そんなもの迷信に決まっている。俺達は普通にニンニクが入った料理も食べる」

 冷たく呆れたような表情のクリストファー。

「……ヴァンパイアに血を吸われた人間がヴァンパイアになるというのは」

 この際なのでヴァンパイアについて気になったことを片っ端から聞いてみることにした。

「それも迷信だ。そもそも、ヴァンパイアは血を吸わなくても生きていける。ただ、血を吸えば魔力が強まるがな」

「魔力……」

 オフィーリアは少し俯く。

「他にも気になってることがあれば聞くが」

 やや冷たく言い放つクリストファー。オフィーリアはハッとしてヴァンパイアについて更に色々と聞いてみた。

 すると、鏡に映らない、十字架が苦手、川などの流れる水の上を渡れない、入ったことのない建物にはその建物の主からの招待がないと入れないなど、オフィーリアが持っていたヴァンパイアに関する知識のほとんどが迷信であったのだ。逆に、光の魔力を持つ聖女が魔力を込めた銀弾や聖水にはやられてしまう、人間よりもゆっくりと歳を取り遥かに寿命が長いなどは正しかったようだ。また、吸血時と魔力を使用する時のみ目が赤くなるらしい。

(本当に、迷信だらけね。ヴァンパイアのことは分かったけれど……クリストファー様のことはまだ分からないわね……)

 色々と聞き終えた後、オフィーリアはクリストファーの後ろ姿を見ながらそう思うのであった。

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