ヴァンパイアの王クリストファーの城へ

 日はすっかり暮れて、吸い込まれるような闇が広がっている。

 オフィーリアはイーサンと共に鬱蒼とした森を抜けると、大きな城があった。ディアマン王国の王宮の2倍程度である。

 しかしオフィーリアは何も感じず、ただイーサンの後について行くだけであった。

「クリストファー様、お連れいたしました」

「入れ」

 扉越しに低く冷たい声が聞こえた。

「さあ、オフィーリア様」

 イーサンに促されるがまま、オフィーリアはクリストファーがいる部屋に入る。

 そこには闇のような漆黒の髪に金の目の、思わず息を飲む程美しい青年がいた。

(このお方が……冷酷無慈悲なヴァンパイアの王……)

 オフィーリアは少しの間見惚れていた。

「お前が新しい贄姫か」

 冷たく金色の目を細めるクリストファー。唇から零れる鋭い牙を隠そうともしない。

 オフィーリアはハッとしてカーテシーで礼をる。

「はい。……お初にお目にかかります。オフィーリア・ディアマンと申します」

 糸よりも細く、小さな声のオフィーリア。その声は少し震えている。

「なるほど。ディアマン王国の王女か」

 クリストファーがオフィーリアに近付いて来る気配を感じた。

(私は……殺されるのかしら? お母様……)

 覚悟を決め、ギュッと目を瞑るオフィーリア。

「お前の部屋を準備してある。イーサン、彼女を案内しろ」

 冷たく感情が込もっていない声が頭上から降ってくる。

「承知いたしました。さあ、オフィーリア様、こちらへ」

「え……? ……はい」

 死ぬ覚悟をしていたオフィーリアだが、クリストファーの予想外の行動に拍子抜けしてしまう。そのままイーサンに部屋まで案内されるのであった。

「オフィーリア様、クリストファー様に殺されるとでもお思いになりましたか?」

 イーサンはクスッと笑っていた。

 オフィーリアは少しだけ肩を震わせる。

「……はい。……死ぬ覚悟はしておりました」

「最近は数年おきに贄姫様が亡くなってしまうので、そう思われても仕方はありませんね」

 イーサンは苦笑し、そのまま続ける。

「と申しますのも、最近贄姫として捧げられる人間の女性は、我々ヴァンパイアを極度に怖がりこの城から逃げ出すことが多くございました。その際、人間を敵視するヴァンパイアに襲われて亡くなってしまったのです。それが何度も続き、人間の方々の間でクリストファー様の悪い噂が流れているのです。クリストファー様は、対人間過激派のヴァンパイアを粛清しているのですが、イタチごっこになっているみたいでして」

「まあ……」

 オフィーリアは意外そうに銀色の目を見開いた。

「私はクリストファー様から贄姫としていらっしゃるオフィーリア様をお迎えに上がるよう仰せつかりました。オフィーリア様が対人間過激派のヴァンパイアに殺されぬようにと」

「それは……ありがとうございます」

 オフィーリアは少し戸惑いながらお礼を言う。死ぬ覚悟をしていたが拍子抜けであった。

「お礼なら、クリストファー様に仰ってください。さあ、こちらがオフィーリア様のお部屋でございます」

 イーサンに案内された部屋には格調高い家具が揃っていた。

「何かございましたら遠慮なさらず私をお呼びください」

 イーサンは穏やかな笑みを浮かべ、その場を去った。

 1人残されたオフィーリアは与えられた部屋を見渡す。

(こんな立派なお部屋……お母様が生きていた頃以来ね。……少し落ち着かないわ)

 今まで暮らしていた粗末な離宮とは違い、自分には不釣り合いに思えた。

(……そういえば、少し疲れたわね。それに、夜も結構遅い時間だわ)

 オフィーリアは恐る恐る天蓋付きのベッドに入る。

(ふかふかなベッド……久々だわ)

 疲れが思っている以上に溜まっていたので、オフィーリアはすぐに眠りに落ちるのであった。






◇◇◇◇






 翌朝。

 オフィーリアはゆっくりと目を覚ました。見慣れない景色が目に飛び込んで来る。

(そうだ、私は贄姫としてヴァンパイアの王であるクリストファー・ブラッドクロワ様の元へ来たんだわ)

 ゆっくりと体を起こすオフィーリア。

(もう朝……なのよね?)

 オフィーリアは恐る恐る窓のカーテンを開けて確認する。確かに朝の空模様であった。

 格調高い家具に囲まれた部屋だが、この城は鬱蒼とした森に囲まれているので日当たりが悪いのだ。

(そういえば……ヴァンパイアは夜行性で、日の光に当たると灰になってしまうという言い伝えを聞いたことがあるわ。だから部屋の日当たりがあまり良くないのかしら?)

 オフィーリアは1人で首を傾げていた。

(それにしても……贄姫としてここにやって来たけれど、私は何をしたらいいのかしら?)

 荷物も少なく、魔力がなくて出来ることも少ないオフィーリア。死ぬ覚悟でこの城に来たのだが、殺されることがないと分かると逆にどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 その時、部屋の扉がノックされる。イーサンである。

「オフィーリア様、おはようございます。よく眠れましたか?」

「はい。……ありがとうございます、イーサン様」

「それはよろしゅうございました。オフィーリア様、私のことはただイーサンとお呼びくださいませ」

「はい。……イーサン」

 オフィーリアは恐る恐る敬称を外した。するとイーサンは満足そうに緑の目を細める。

「我々ヴァンパイアは夜行性なので、日の光にはあまり強くありません。それゆえ、日が暮れるまでクリストファー様はお休みになっております。オフィーリア様のお食事と湯汲みが済み次第、私も休むことになりますが、よろしいでしょうか?」

「はい。お手数おかけして申し訳ございません」

「いえいえ、お気になさらないでください。昼間はこの城の中でなら自由に過ごしていただいて構いません」

「……ありがとうございます」

 オフィーリアはおずおずとした様子だ。

 食事を終えた後、疲れていた為昨夜忘れていた湯汲みをし、オフィーリアはゆっくりと城の中を回ってみるのであった。

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