父からの呼び出し

 ある日、オフィーリアはいつものように粗末な離宮でいたずらに時が過ぎるのを待っていた時のこと。この日は粗末な離宮に侍女がやって来て、明日国王から呼び出しがあると連絡を受けた。

(お父様からの呼び出し……。一体何があるのかしら?)

 何となく悪い予感がするオフィーリア。


 翌日、オフィーリアは何とか人前に出られるドレスを探し出し、自分で着替えて王宮へ向かう。

 玉座には、ディアマン王国国王であり、オフィーリアの父であるエドワードがどっしりとした様子で座っている。その隣にはドロシー。蔑んだ目でオフィーリアを見る。ブリジットとキャロラインも部屋に入ったボロボロのオフィーリアを見て嘲笑している。

「久方振りだな、オフィーリア」

 エドワードは乾いた目でオフィーリアを見る。プラチナブロンドの髪に金色の目の男だ。

 実の娘に向けるものとは思えない、冷たく他人行儀な態度だ。

「はい……お父様」

 オフィーリアはエドワードが次の言葉を紡ぐのを待つことしか出来ない。

「あの忌々しくけがれた種族ヴァンパイア……ヴァンパイアの王、クリストファー・ブラッドクロワに捧げられた贄姫が死んだそうだ」

 乾いた声でエドワードからそう告げられる。その表情からは、ヴァンパイアへの侮蔑が伺える。

 ヴァンパイアは人間より遥かに長い寿命を持つ。よって、捧げられた贄姫の方が遥かに先に亡くなる。しかし最近は贄姫が頻繁に亡くなっており、クリストファーが殺しているのではないかという噂が立っていた。

「新たな贄姫をディアマン王国から出すようにと指示があった。よって、オフィーリアには新たな贄姫となってもらう。お前は魔力を持たぬのだから、このくらいは役に立ってもらわないと困る」

 エドワードからの宣告に、オフィーリアは頭が真っ白になる。

(私が……贄姫……)

「あら、贄姫になれば、もう2度と戻って来ることは出来ないわね。それに、クリストファーは冷酷で残忍だという噂よ。流石は人ならざる獣ね」

「そういえば最近贄姫は数年おきに要求されているわね。血を啜る下等生物は欲深くて嫌だわ」

「お父様も酷いことするわね。魔力を持たないとはいえ、実の娘を怪物に捧げるなんて」

 ドロシー、ブリジット、キャロラインはクスクスと蔑むように笑いながらオフィーリアを見る。彼女達もヴァンパイアを差別的な目で見ているようだ。

(私は……そこまで邪魔な存在なのね……)

 オフィーリアから表情が消える。銀色の目にも光が灯っていない。弱り目に祟り目である。

「承知いたしました」

 オフィーリアは機械のように了承した。

 その返事を聞き、エドワードは満足そうな表情だ。ドロシー、ブリジット、キャロラインは意外そうな表情であったが、つまらなそうでもあった。






◇◇◇◇






 エドワードから贄姫になるように宣告された翌日の夕方。オフィーリアは粗末な離宮で1人旅立つ準備をしている。

(お母様……)

 オフィーリアは母レリアの形見であるハンカチをそっと胸に当てる。

(私ももうすぐお母様の所へ行くかもしれません)

 諦めたように微笑むオフィーリア。彼女にはもう戻る場所がなかった。

 ふと窓の外を見ると、血に染まったような夕焼け空が見えた。

「殿下……」

「フィオナ……」

 オフィーリアはこっそりと見送りに来てくれたフィオナに儚げな笑みを向ける。

「私のことなんて見送ってくれなくてもいいのに」

「いいえ……」

 フィオナは泣きそうな表情だ。

「私は好きでやっているのです。ですが……殿下のことをお助け出来ず申し訳ございません」

 悲痛な表情のフィオナ。

「フィオナ、大丈夫よ。……今までありがとう。生前、お母様もフィオナには随分と助けられたと言っていたわ」

 ふわりと儚げに微笑むオフィーリア。

「そんな……とんでもないことでございます。レリア王妃殿下がいらっしゃらなければ、没落した子爵家の私は今頃路頭に迷った末に死んでいたでしょう」

 かつてフィオナは他の王宮仕えの侍女から冤罪をかけられて解雇されかけていた。それを救ったのがレリアだったのだ。

「オフィーリア殿下……殿下の行く先が幸福に溢れていることをお祈り申し上げます」

 それはフィオナからの餞別の言葉だった。

「ありがとう。私もフィオナの幸せを願っているわ」

 オフィーリアはふわりと儚げな笑みを浮かべた。それはとても美しい笑みだった。






◇◇◇◇






 数少ない荷物を持ち、長年暮らした粗末な離宮を後にしたオフィーリア。慣れない道を1人、ヴァンパイアの王クリストファーの元へ向かう。

 目の前に広がる鬱蒼とした森を抜けたらヴァンパイア達が生活する地域になる。すっかり陽が落ちているので、森がとても不気味に見えた。

 オフィーリアが覚悟を決め、森へ足を踏み入れたその瞬間。

「貴女様が、新たな贄姫様ですね?」

 不意に声をかけられ、オフィーリアはビクリと肩を震わせる。

 声の方向には、白髪が混じった橙の髪に、緑の目の男がいた。初老ではあるが、背筋はピンとしている。そして、唇からほんの少しだけ牙が出ているのでヴァンパイアだということが分かる。

「……はい。貴方は一体……?」

 何者なのかと聞こうとするオフィーリア。

「申し遅れました。私はクリストファー様にお仕えしているイーサンと申します。クリストファー様から貴女様を護衛するように仰せつかっております」

「そうですか……」

 オフィーリアは小さく返事をした。

(逃げるなということね。……私にはもう帰る場所がないから、逃げるも何もないのに……)

 オフィーリアは俯いた。

「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 イーサンが遠慮がちに聞いてきた。オフィーリアも自己紹介がまだだったのでハッとする。

「自己紹介が遅くなり申し訳ございません。……オフィーリア・ディアマンと申します」

「オフィーリア様でございますか。さあ、クリストファー様がお待ちです。行きましょう」

 オフィーリアはイーサンについて行くのですあった。

(私の命は後どのくらいなのかしらね?)

 オフィーリアの銀色の目は、光を失っていた。

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