第9.5話:若年冒険者レーインの日記

 梅雨のジメッとした暑さを徐々に感じ始めた五月下旬の晴天の南大西洋。


 尉をリーダーとした冒険者パティー、探究者達はドレイクの愛船である、スクリュー推進式蒸気帆船の『ゴールデン・ハインド号』はギルドの依頼や指名とは関係ない気ままな海の旅をしていた。


「うんーーーーっ。こんなのんびりとした旅は初めてだ」


 甲板上から水平線を見ながら、そう言うパーシー。そんな彼の右隣にいる尉もあくびをする。


「そうだな、パーシー。俺もこんなのんびりとした旅をするは久しぶりだよ」


 すると中央のマストの見張り台にいる白瀬が大声で叫ぶ。


「おーーーーーーーーーい‼︎皆ぁーーーーーーーーー‼︎前方11時に方向の岩礁に難破船を発見ぇーーーーーーーーーーん!」


 尉とパーシーは急いで艦首へと向かい双眼鏡を取り出し難破船を確認する。更に矗の声に引かれ船内からロイとジェーンが甲板上に現れ、同じ様に双眼鏡を取り出し難破船を確認する。


 岩礁には三本マストの旧式の外輪船が艦首から岩礁に乗り上げ、艦尾は完全に海中に沈んだ状態であった。


 海上で沈み掛けている難破船、調べたいっと言う探究心が尉達の胸を興奮させていた。


 そして尉は双眼鏡から目を離し艦尾の方を向き、大声で叫ぶ。


「ドレイクーーーーっ!難破船の近くに停泊してくれーーーーっ!俺とパーシーで難破船を調べるからーーーーーーっ!」


 ゴールデンハインドの艦尾にある舵を操縦するドレイクはサムズアップをする。


「分かったぁーーーーーーっ!」


 ドレイクは舵の右近くにある円形ドラム形のエンジン・テレグラフを操作する。


「微速前進!取舵一杯!」


 微速にダイヤルを合わせ、舵を握り直したドレイクは反時計に回す。


 そしてゴールデン・ハインド号は岩礁近くに止まり、尉とパーシーは甲板に設置された小型のモーターボートを海面上に下し、それに乗り難破船へと向かう。


「えーっと、船名はドゥミテルス号か。しかし、派手に岩礁に衝突したなぁ」


 パーシーがそう言うとスピードを落し、出来る限り難破船に近づくと小型ボートの艦首に座っている尉は引っ掛けが付いたロープを手に取り、縦にグルグルと回す。


「せーーーっの、それ‼」


 尉は勢いをつけた引っ掛けが付いたロープを投げ、甲板の手すりに引っ掛ける。二、三度引っ張り固定された事を確認すると尉は難破船の船体に足を立て上り始める。


 艦首から乗り込んだ尉は甲板上の悲惨さに右腕で口元を抑えてウッとする。


 岩礁に衝突した事によって船体は後ろから傾き立って歩くのが困難で辺りには物や血が散乱していた。


「こりゃあ酷いな。一体何があったんだ?」


 その後にパーシーも来て、その現状に驚く。


「うわぁ!こりゃひでぇな!何かに襲われたって感じだなぁ」

「そうだな、パーシー。よし!船内を調べよう。でも長くは居られないなぞ。この船はもうじき沈むからな」

「ああ。じゃ、さっそく調べるか」


 そう言うと尉とパーシーは傾く甲板を慎重に艦尾の方へと進み、中央の煙突付近にある船内に入る階段を降りる。


「うわぁ!かなり浸水しているな!よし!パーシーは艦首へ、俺は艦尾を調べるから」

「分かった、尉。気を付けろよ」

「お前もな」


 二人はお互いにサムズアップをし懐中電灯を点ける、尉は膝まで浸水した艦尾へと向かい、一方のパーシーは傾く艦尾へと向かった。


 傾く艦首の廊下を進むパーシーは一部屋、一部屋、調べる。室内は衝突で物が散乱していた。


「かなりの乗員が乗っていたんだぁ。散乱した荷物からすると、この船は冒険者のだな」


 呟きながらドアノブや壁に付けられたライトを掴みながら先へと進むパーシーと船の先にある部屋の前に着く。


「ここで最後だな」


 パーシーは右手でドアノブを下に押して前へと押すが、隙間が開いただけでパーシーは力一杯にドアを押す。


「うぐぅーーーーーーっ!この!開け‼」


 すると勢いよく開く。最後の部屋は貨物室で缶詰や真空パック、袋詰めのお菓子、果物などが散乱していた。そして彼は缶詰を手に取り裏を見る。


「賞味期限が二月十五日か。でも、この船の損傷具合から見ても三ヶ月以上は経っているな」


 突然、船が地揺れの様に揺れ始め、パーシーは危機感を覚え始める。


「おっと!こいつは・・・ヤバいなぁ」


 一方の尉は浸水した廊下を進み一部屋、一部屋、調べる。室内は浸水しており、尉は水面に浮かぶノートや手帳を拾い、中を見る。


「くそ!海水に濡れて文字が歪んでやがる。他に手掛かりになるのわ・・・」


 尉は覗き込む様に奥にある最後の部屋の扉を見る。そして調べていた部屋を抜け、最後の部屋へと向かう。


 扉の前に着くと水位は腰まで来ていた。そして尉は力一杯、扉を押す。


「いぎぃーーーーーーーっ‼水圧で!動かね!こっのぉーーーーーーーーーーーーーっ!」


 そしてゆっくり扉が開き、中へと入る。廊下よりも浸水が進んでおり、また散乱した物が浮かび、中央にはミイラ状態になった青年の死体が沈んでいた。


「この船の乗員だな。何か持ってないかなぁ?」


 そう言うと尉は水中から死体を引き上げると死体の右手には革製のノート入れを持っており、尉はゆっくりと死体の指を外し、ノート入れを手に入れる。


「さてと、中身は・・・ん⁉」


 船全体が揺れ始め、さらに水位が増し始める。


「おっと!これはヤベェ‼」


 尉はすぐにノート入れをマジックボックスへ入れ、急いで部屋を出る。


 階段まで着くと目の前からパーシーが滑る様に現れる。


「パーシー!もう船が持たない‼脱出するぞ!」

「そうだな、尉!急ごう‼」


 パーシーを先頭に尉は後に続き甲板上へと出ると船の艦首へと向かって走る。すると船の真ん中から大きくひび割れが起こり始め、真っ二つになろうとしていた。


「ヤベ!ヤベ!ヤベ!ヤベ!パーシー‼ボートに飛び降りろぉーーーーーーーーーーーーっ‼」


 尉は大声で言うとパーシーは乗って来たボートに飛び降り、尉も引っ掛けを外しながらボートに飛び降りる。


「パーシー!エンジン全開だ!急いで沈む船から離れるぞ‼渦に巻き込まれる!」

「ああ!掴まってろ!尉‼」


 パーシーはエンジンをフルスロットルし、沈む船から離れる。そして真っ二つになったドゥミテルス号は巨大な轟音と共に海中に没した。


 ゴールデン・ハインド号に戻った尉とパーシーはドゥミテルス号内で発見した物を船内の研究室で調べていた。


「貯蔵庫にあった物資リストの量からすると四ヶ月ぶんだなぁ」


 一方の尉は回収した航海日誌を指で追いながら興味深く読んでいた。


「おい、パーシー。この冒険者、物凄い発見をしているぞ!」


 するとノックと共にドアが開き、コーヒーの入った二つのコップを乗っけたトレイを持ったジェーンが笑顔で入って来る。


「尉、パーシー、コーヒー持って来たわよ」

「ああ、ありがとう。すまないがジェーン、皆を呼んで来てくれないか?」


 トレイを部屋の真ん中にあるテーブルに置いたジェーンは不思議そうな表情で尉に問う。


「どうしたの?何か発見があったの?」


 尉は頷きながらジェーンの側に読んでいた航海日誌を投げる様にバッと置く。


「この日誌から、まだ発見例のない旧支配者達の遺跡が示唆されている。皆の見解が聞きたいから」

「分かったわ、尉」


 そして椅子から立ち上がった尉は部屋のドアの側にある伝声管に向かい、カバーを外すと管に向かって声を送る。


「ドレイク!何処かに船を停泊させそうな場所がないか探してくれ!沈んだ船にあった航海日誌から興味深い文があってなぁ。皆の見解を聞きたいから、お前も研究室に来てくれ!」


 管を通って操舵室で舵を握るドレイクは尉と同じ様に舵の左近くに配置されてある伝声管に向かって声を送る。


「分かった、尉!停泊する場所を探すから、ちょっと待ってくれ!」


 ドレイクは伝声管から離れ双眼鏡で停泊出来る場所を探し、北西方向に丁度いい岩場を見付ける。


 ドレイクは双眼鏡を目から離し、頷くとエンジン・テレグラフを操作する。


「微速前進!取舵一杯!」


 そして左舷の碇を下ろし、ロープで岩場にゴールデン・ハインド号を固定する。


 固定作業を手伝ったロイに連れられ研究室へと着くドレイク。


「よし!全員、揃ったな。じゃ、この日誌を読むぞ」


 尉は日誌を開き、内容を読み始める。



 書かれていた文字は乱れており、まるで何かに恐怖しているかの慌ただしさを感じるものであった。


『僕の名前はパラドラド・レーイン、若年の冒険者だ。これを読んでいる者へ、これは警告だ。僕達、若い冒険者があの島に着かなければ、あのペンダントを手に入れなければ、こんな結果にはならなかった』


『僕達のパーティーは男女合わせて二十人のパーティーだ。名は「マグナラテン語で希望・テンプル騎士団」。仲間は高校時代からの友人で自分を含めて皆、今では禁教となったキリスト教カトリック派の信者で目的はまだ発見例のない超古代遺跡の発見だった』


『一月中旬の星々が見える真夜中、大量の物資と燃料をこの船、ドゥミテルス号へと乗せ大司教猊下の祝福を受けてインスマウスを出発した。僕を含めて皆もやる気と冒険心に満ち溢れていた』


 テーブルの椅子に座っているジェーンは日誌に書かれているパーティーチームのメンバー達が皆、禁教となっているキリスト教信者である事に興味を示す。


「へぇー、禁教となっているキリスト教とは珍しいわね。でも現在では禁教は廃止になっているわよね?」


 彼女の疑問に答える様に尉が頷く。


「ああ、そうさ。今はな。でも旧支配者達の信者達は禁教を普及させたら罰が当たると信じている。だから一部の元来宗教の信者達は今も禁教が続いていると勘違いしているんだ」


 そう言うと尉は続きを読み始める。


『インスマウスを出発してから一か月経つが、いくつも無人島を発見するも未だに未発見の超古代の遺跡には巡り会ず、皆の疲労とストレスは限界に達しようとしていた。そんな次の日の早朝、奇跡が起きたのだ。島だ。しかも山の上に白く輝く石の塔が聳え立つ無人島だ』


『僕達は直ぐに無人島に上陸した。ボートで浜辺に着いた僕達は生い茂る密林から薄っすらと山へと続く石の階段を発見し、驚いた。そして僕達は確信した。これはまだ未発見の超古代遺跡であると』


『階段を昇り、山の頂上に着くと天まで届きそうな塔を発見する。周りを少し調査し、超古代文字が刻まれていた。そして僕達は塔の中へと入った』


 だが、続きは何故か見た事もない超古代文字で書かれており、尉は驚愕する。


「嘘だろ⁉何だこの超古代文字は?見ろよ皆」


 尉は開いたページを皆に見せるとパーシー達も驚愕する。


「何よこれ⁉私の知ってる超古代文献にもこんなも文字は初めて見るわ」


 ジェーンが驚く一方でパーシーは感心する表情で興味深く未知の超古代文字を見る。


「こいつは・・・研究のしがいがあるな」


 だが、尉だけは興味よりも別な感情が沸き起こっていた。


(何だろう?この文字から伝わってくる得体のしれない恐怖心は。でも何処かクトゥルフ神話の強烈な未知の恐怖を感じる)


 やつれ高齢者の様に老けた若き冒険者、レーインは島を離れ広大な海を当てもなく進むドゥミテルス号の艦尾の部屋で例の日誌を椅子に座って荒々しく書き込んでいた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼あの島!あの塔に入らなければ!」


 彼ら、レーインの冒険者チームがあの島に上陸し、調査した塔で何かがあった。想像絶する恐怖に。その恐怖が何だったのかは彼らしか知らない。


 そして日誌を書き終えたレーインはゆっくりと立ち上がり、部屋を出る。廊下や半開きの扉から見える部屋には魂が抜けた様に瘦せこけ、恐怖に襲われた二、三人の仲間の死体が転がっていた。


 甲板上に出たレーインは首に掛けていた十字架を引き千切る様に外し、海に向かって投げようとした。


~~~~~~~※解読不可の超古代言語?~~~~~~~~~~~~!~~~~~~~~~~⁉」


 レーインは錯乱に似た状態に陥る。彼の見ている海は血の様に赤く、天高く昇っている太陽は黒く渦を巻く様に怪しげに輝いていた。


 そして海面には何体もの深きもの共が顔を出し、更に海中からゆっくりとクトゥルフが浮上するのであった。


 場所は変わり、レーイン達が上陸した塔が立つ無人島。その塔の地下にはグラーキを模った石像に口から緑色の水を丸いため池に流していた。その周りには皮膚が腐り落ち、体の一部が不定形に変化しゾンビと化したレーインの仲間達が徘徊していた。


 そしてゾンビと化し知性を失ったレーインの仲間達は口を揃えて同じ言葉を繰り返していた。


「テケリ・リ、テケリ・リ、テケリ・リ」と。



あとがき

かなり遅くなりましたが、何とか完成しました。

今回の番外編は原作者、ラヴクラフトへ影響を与えた怪奇小説家、エドガー・アラン・ポーの様な未解決、理解不能を演出してみました。

まだまだ未熟ですが、頑張ります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る