第4話:義娘達(むすめ)の成長

 しばらく経った夏が近くなった休日の昼、尉は永伊邸のリビングでマーキュリー達の勉強を見ていた。


「だぁーーーーーーっもう無理!パパ、ピックマン・ショッピングモールに遊びに行こうよ」


 マーズからの提案に尉はキッとする。


「ダメだ。お前達の期末テストが終わるまではショッピングモールへ遊びに行くのは我慢だ」


 それを聞いたマーズは頬を膨らませる。


「んもーーーーーーーーっ!パパのケチ!」

「まぁまぁ、テスト期間が終われば思いっ切り遊べるんだから」


 マーズを励ますウラノスの姿に尉は少し苦笑いをする。

「おいおい、マーズやぁ。お姉ちゃんなのに下の妹に励まされてどうする」


 尉に言われてマーズは笑い出す。



「アハハハハハッ!これは申し訳ないわ」


 そう言いながらマーズ勉強を再開する。尉は色々な学問に精通している為、マーキュリー達からの問題の質問にテキパキと答える。


「ねぇパパ、最初の遺物発見はいつのだっけ?」


 ジュピターからの質問に尉は歴史書を開いて答える。


「677年のルルイエだ。まだ魔術と錬金術が確立して間もない頃にンガイの森を探検していた冒険者チームが偶然、人穴で土器と武器、更に大量の書物が発見された。それから様々な文明や技術が発展した」

「でも、それが原因で宗教大戦が勃発したんでしょ?」

「そうだ。662年7月15日に第一次宗教大戦が勃発した。ではここで問題です。現宗教を中心とした聖教法十字軍は旧支配者達の遺物を異端にした他にある理由で戦争を起こしました。それは何でしょ?」


 尉からの突然、問題にジュピターは少し考えて導き出した答えを言う。


「権力と布教の低下よね?特にプロテスタント、カトリック、イスラム、ヒンドゥー、仏教は遺物が発見するまで大きな権力と布教を誇っていた。でも遺物の発見で世界の真実が分かってしまったことで王朝を含めた多くの人達が旧支配者達を崇拝するから最悪、自分達が異教徒となる可能性が出てきてしまった」


 ジュピターの答えに尉は笑顔で感心する。


「その通りだ。旧支配者達が残した真実で今まで信じていた宗教の世界創生が嘘であることが分かってしまい異教徒して排除される恐れが出てきてしまった。そうならない為に聖教法十字軍は撃って出た。だが旧支配者達を崇拝する連合軍は技術革新でボルトアクション式ライフルや機関銃、戦車、飛行機などの新兵器で迎え撃ったから瞬く間に聖教法十字軍は総崩れ、665年4月11日のバティラス要塞の戦いで遂に聖教法十字軍は降伏し旧支配者教以外の宗教はすべて禁教となった」

「そうなんだ。でもパパ、一つだけ気になることがあるんだけど?」

「いいよ。何でも聞きなさい」


 するとジュピターは教科書のあるページを開く。そのページには旧支配者教は誰が開いたのか不明と記されている所を指さす。


「ここなんだけど、今も解明研究は続けているの?」


 尉はジュピターからの問いに笑顔で答える。


「ああ、今も研究を続けているんだけど、まだまだ謎が多くて」

「そうなんだ。いつか解明されるといいわね」

「そうだな。解明されたパパも嬉しいよ」


 笑顔でそう言う尉であったが、実は彼を含めて数少ない人物だけが旧支配者教の開祖を知っているである。



 時は遡ること尉が赤ん坊のマーキュリー達を育てる為にパーティーを抜けて五ヶ月が経ったアーカムのとある五階建ての格安アパート。


 503号室に住む尉はベビーベッドで泣き続ける赤ん坊のマーキュリー達に悪戦苦闘する。


「あーっ!もぉ‼頼むから泣かないでくれ。パパはこれから大事に約束があるから、なぁ」


 そんな彼の姿にサターンを世話する長い黒髪を後ろでまとめた二十歳くらいの白人女性がクスクスと笑う。


「あなたがアタフタしながら子育てする姿はまさに育児パパのいい見本ね」


 女性が言った事に尉は大きくため息を吐く。


「嬉しくもないよローラ。でもすまないなぁ、せっかくの休日なのに娘達の世話を任せてしまって」


 尉がそう言う彼女はミスカトニック大学人類学部の名誉教授、ローラ・クリスティーン・ネーデルマン。二十一歳と言う若さで人間を含めた亜人種の細胞内には旧支配者達の遺伝子を元に老化を遅くし、長命にさせる細胞の発見論文の提出とルルイエ北部ロックレード山脈の頂上付近の洞窟内で旧支配者であるイタカのミイラ化した右腕を発見した事で有名である。


 するとローラはリビングのテーブルに置かれてある時計を見て少し驚きながら尉に言う。


「ねぇ尉!もう9時半よ。そろそろ出ないと約束に間に合わなくなるわよ」


 それを聞いた尉は慌てる様に上着を着てカウボーイハットを被りカバンを手に取る。


「じゃローラ、義娘むすめ達を頼むよ」


 ローラは軽く頷き笑顔で尉を見送る。


「ええ、いってらっしゃい」


 マンションを出た尉はマジックボックスから三菱・ジープJ40HPHE高馬力水素燃料エンジンを出現させ乗り込む。そして尉は笑顔で運転席のハンドルを握る。


「やっぱり四駆はいいよなぁ。色んな地形を走れて最高の車だ。よし、それじゃ行くか」


 尉は鍵を差し込むエンジンを起動しギアとシフトレバーを動かし出発する。


 一時間後、ミスカトニック大学から東へふたブラック隣にある魔女の家に着く。そして尉はジープをマジックボックスに収め、家の前で上着の内ポケットから手紙を取り出す。


(しかし、一体誰なんだ?俺と二人で話しがしたいなんて?)


 心の中で尉はそう呟くと手紙をひっくり返し裏には『H』と書かれてあった。


 時は遡ることパーシーからの紹介でミスカトニック大学に務めて間もない頃、彼の元に一通の手紙が教員室に直接、届いた。内容は『この前の夜に夢でヴェルダンディー様と出会って勇者である君の事を知ってなぁ、直接、話をしたい。3月17日の火曜日に会いたい。大学には私から直接、お願いをしてある』と言う物である。


 尉は魔女の家に入りドアを三回ノックする。


「あのーっ永伊 尉です。誰か居ませんか?」


 尉がそう言うと二階から男性の声が来る。


「あーっすまいないが、今は手が離せなくて入って来てくれ」


 尉は言われた通りに家に入る。中は埃と蜘蛛の巣で汚れており至る所は痛み、床や壁はミシミシと音が鳴る程に木は腐っていた。


 階段の前まで来ると尉は生唾を飲み、ゆっくりと階段を上り部屋のドアの前に着く。そして大きく深呼吸をし、三回ノックする。


「入りたまえ」


 ゆっくりとドアを開け中に入る尉。そこには目の前に窓がある机でタイプライターを使って文章を制作する黒いスーツを着た男性が革製の背もたれのオフィスチェアに座っていた。


 男性は制作の手を止め笑顔で尉の方へクルッと椅子を回る。


「やぁ尉君、初めまして」


 男性がそう言うと尉は男性の姿に口を開け驚愕し、思考が止まっていたのはほんの五秒程度であったが、彼にとって十億年間も思考が停止していた様な感じであった。


 尉は震えながら右手を上げ、男性を指さして言う。


「あ・あ・あ!あなたは‼っいや!あなた様は‼・・・Hっ!ハワード・フィリップス・・・・ラ!ラ!ラ!ラヴクラフト先生‼」


 尉がそう言う目の前の男性、いや、小説家こそ知らぬ人を探すのが難しい世界的偉大なSF怪奇作家、ハワードフィリップス・ラヴクラフト。クトゥルフ神話の生みの親で創造神その物と言っても過言ではない。


「ここへ君を呼んだのは勇者で転生者の君とじっくり話しを・・・」


 ラヴクラフトが呼んだ理由を言い終える所で尉は彼に近づき、両膝を着いて彼の右手を両手に取り目を閉じる。


「ごんなさい。でも、今は幼い頃から大ファンで会う事が夢だったんです。あなた様に会えた事が嬉しくて」


 彼の秘めた想いを聞いたラヴクラフトは笑顔で何も聞かずに左手で尉の頭を優しく撫でる。


 それからしばらく経ち、落ち着きを取り戻した尉は椅子に座りラヴクラフトが入れたコーヒーを飲む。


「すみません。いきなりあんな事をしてしまって、驚きましたよね?」


 ラヴクラフトは軽く横に首を振る。


「構わないよ。むしろ君が私のファンでとても嬉しい限りだよ。ところで一つ聞きたいことがあるんだが」


「はい、何ですか?」

「夢で女神様から聞いていたが、尉君は私の生きていた時代より遥か未来の時代から転生して来たんだよな?私の作品は未来ではどうなっているんだ?」


 ラヴクラフトからの問いに尉は少し興奮した様な笑顔で語り始める。


「アメリカ本土のみならず世界各国で大人気になっていまして、その勢いは衰えません。小説や漫画、更にはゲームや映画などに大きな影響を与え続けています。今ではあなたは偉大な作家として知られていますよ」


 それを聞いたラヴクラフトは嬉し涙を流す。


「そうだったのか・・・私の努力は決して無駄ではなかったのだな」


 尉はそんな彼に近づき左手で背中を摩る。


「そんなことはありませんよ。例え世間から無用と思われてもいつか必要とされる時がきっと来ます。大切なのは好きな事なら絶対に諦めないことです」


 ラヴクラフトは涙を拭き笑顔になる。


「ありがとう尉君。確かにそうだな」


 その後、改めて二人は様々な事を聞き合いながら談笑する。

「そう言えば君は旧支配者教の開祖について研究しているのかね?」


 ラヴクラフトからの問いに尉は下顎を触りながら答える。


「ええ、していますよ。ただネクロノミコンを含めた古代書物を調べてもまるでわざと記録に残さないでいる様に」


 そのことにラヴクラフトは机の引き出しから聖書の様な古びた本を取り出し尉に渡す。


「これは・・・旧支配者教を記した教本、しかも原本だ」

「そうさ、私が書いた本さ」


 ラヴクラフトの口から出た発言に尉はポカンとする。


「え⁉これを・・・書いたって・・・まさか開祖って!」



 ラヴクラフトは笑顔で頷く。


「ああ、私だ」


 あまりにも衝撃的な事に尉は完全に言葉を失うと同時に思考が停止する。だが、すぐに思考を動かしハッとする。


「す、す、すみません!突然の真実で思考が停止してしまって!」


 それを聞いたラヴクラフトは優しく笑う。


「まぁ誰だって予想外の真実を聞いたら驚くし、考えが上手くまとまらなくなるさ」


 それを聞いた尉は右手で頭の後ろをかきながら少し困った表情で優しく笑う。


 そして尉は心の中で真実は小説より奇なり、またこの世の真実は仮説を超えた物である事を知ったのであった。


 その後、尉はラヴクラフトから自分の名を書物などに残さない理由を聞いた。それは自分が開祖として祀り上げられたら好きな小説の執筆が出来なくなるからであった。



 尉は目を閉じて過去を振り返っていると黒電話が鳴り始め、義娘むすめ達が手を止める。


「ああ、パパが出るから皆は勉強を続けていなさい」

「「「「「「「「「はーーーーーーい」」」」」」」」」


 尉は立ち上がり電話に向かい受話器を手に取る。


「はい、永伊です。あーあ、ヘンリーどうした?」


 大学の図書館の館長室から電話をしているヘンリーはテーブルに置いてあるメモを手に取る。


「ああ、実は昨日、お前が帰った後の夕方頃に『S∴T∴銀の黄昏錬金術会』から連絡があって勇者である尉にとても大事な話があると、しかも緊急らしい」


 それを聞いた尉は少し険しい表情をする。


「分かった。緊急なら直ぐにゲートでS∴T∴の本部に向かう」

「ああ、私も来る様にとも言われているから先にテレポートで行っているから」

「ああ、じゃプロヴィデンスで」


 二人は受話器を電話に置く。そして尉は駆け足で二階に向かうが、階段の手前で止まり振り向く。


「お前達、すまないがパパは急な用事が出来たから夕食は待たずに食べていいから」


 それを聞いたウラノスは頷く。


「分かったわ。パパの分は作って冷凍しておくから」


 尉はウラノスに向かって笑顔でサムズアップをする。


「ああ、ありがとよ」


 二階の自室兼研究室に入った尉は身嗜みを整え、カウボーイハットを被る。そして永伊邸を出て前庭ぜんていで禁術、銀の鍵の門グビ・レディ・ラド・ハ・ビィを使い多次元ゲートを開き入る。


 ゲートを通った先はルルイエの北東部にある大西洋に面した都市、プロヴィデンス。尉の目の前にはブラウン大学ロビンソンホールの様な建物に出る。この建物こそG∴T∴こと正式名称『銀の黄昏錬金術会』の本部である。


 ヴァン・ウィックル・ゲイツの様な正門前にはヘンリーが門の柱に身を預ける様に立っていた。尉は彼に近づき声を掛ける。


「よ、ヘンリー。待たせちゃったかな?」


 ヘンリーは笑顔で軽く首を横に振る。


「いいや、私もさっき着いたばかりだ。それじゃ行くか」

「ああ」


 二人は門を潜り本部の敷地内に入る。


 敷地内には黒い布に銀の糸で刺繍されたローブを着た人間や亜人種が行き来していた。正面の建物の階段を上がると扉の前には左右にはM1A1トンプソンを装備しアメリカ北軍の様な軍服を着た男性警備兵のダークエルフが二人を止める。


「待て!お前達はここに何用だ?名と要件を述べよ」


 ヘンリーは内ポケットから身分証を出そうとしたが、尉が止める。そして尉は彼の前にでて右腕の印を警備兵に見せる。


「永伊 尉だ。緊急の用件で会長と副会長と話がしたい」


 印を目にし、名を聞いた警備兵は驚く。


「ゆ!・・・勇者様!これは失礼しました!どうぞ中へ」


 警備兵は尉に向かって敬礼をし、扉を開け二人は中に入る。


 中のメインフロアはまるで東京駅の様な空間で二人は受付に向かう。


「どうも、こんにちは」


 尉は受付嬢に挨拶をすると受付嬢も笑顔で挨拶をする。


「こんにちは。ご用件はなんでしょうか?面会のお約束があればお名前を申して下さい」


 尉は再び受付嬢に向けて右腕の印を見せる。


「永伊 尉だ。緊急の用件で直ぐに会長と副会長に会いたいが、可能か?」


 印を見た受付嬢は驚愕する。


「ゆっ!ゆっ!勇者様でしたか⁉大変失礼いたしました!すぐに確認しますので少々お待ち下さい」


 尉は軽くお辞儀をし、ヘンリーと共に近くの長椅子に座る。そして、しばらく待っていると先程の受付嬢が駆け足で二人の元に現れる。


「尉様、お待たせしました。会長と副会長は三階の会長室でお待ちですのでご案内します」

 二人は立ち上がり、受付嬢の案内でホールの奥にあるエレベーターに乗り込み三階に向かい、会長室の前に着く。


 そして受付嬢はドアを三回ノックする。


「会長、副会長、尉様とヘンリー様をお連れしました」


 受付嬢が会長室に向かって呼び掛けると中から声が返って来る。


「ああ、入れてあげて」

「分かりました。では、どうぞ」


 受付嬢はドアを開け、尉とヘンリーは中へと入る。そこには紫外線を遮断するサングラスをかけたミスカトニック大学哲学部の男性教授、ラバン・シュリュズベリイ会長と白髪の国際私立探偵連盟社の男性社長のタイタス・クロウ副会長がソファーに座っていた。


 尉とヘンリーは笑顔で二人に一礼し、上座に座る。そしてラバンが話しを始める。


「尉、それとヘンリー、緊急の呼び出しに応じてくれてありがとう」

「構わないよラバン。それにラバンとタークには俺が冒険者なって駆け出し頃に魔術や錬金術など色々と教えてくれた貸しがあるし少しでも返さ恩返しせてくれ」


 尉がそう言うとラバンとタイタスは少し照れた表情をする。


「いいてことよ。気にするな」

「ああ、寧ろこっちもお前に色々と世話になったから」


 そんな会話をしていると尉の左側に座っているヘンリーが割って入る。


「楽しい会話中にすまないが、緊急の要件を話してくれないか?」


 それを聞いた尉とラバン、タイタスはハッとなる。


「あぁっとすまない。実は二ヶ月程前に我が社に所属するエース社員がガールンでゾディアックが組織した発掘部隊が活発な動きをしている情報を入手して潜入捜査をしていて」


 タイタスの説明を聞いていた尉はゾディアックを聞く。


「ゾディアックだって?あのアンゴルモアを崇拝する秘密結社の?」


 尉の質問にタイタスは軽く頷く。


「ああ、世界の終末を望んでいる犯罪カルトだ。そんな奴らが組織した発掘部隊はある物を、正確には探している物の手掛かりを見つけてな。三週間前に潜入捜査して社員から電報が届いてな」


 タイタスは上着の内ポケットから丁寧に折り畳んだ電報紙を取り出し、尉に渡す。受け取った尉は紙を広げ電報内容を読む。


「なになに、『ゾディアックは旧支配者様達が残したアンゴルモアに対抗する武器、神器の隠し場所を記した暗号された石板を発見。詳しく調査しなと石板の内容は不明だが、これは一刻を争う事態である。もし神器がゾディアックの手に渡れば世界の終末は現実の物となる。直ぐに勇者である永伊 尉に神器回収を依頼する。E.Cより』って、まさか本当に奴らが神器の手掛かりを?」


「ああ、だから君をここに呼んだんだ」


 ラバンはそう言いながらサングラスを外す。彼の両目の周りは火傷で皮膚は赤く焼け爛れており、左の白眼は赤くなっている。


「頼む尉!世界を救う為に再び勇者としてゾディアックの目的を阻止してくれ!」


 ラバンとタイタスは尉に向かって深々と頭を下げる。尉はそんな二人を見て、右手で被っているカウボーイハットを取り、深く息を吸って吐く。


「すまない。引き受ける事は出来ない」


 意外な返事に二人は驚き、タイタスは慌てる様に言う。


「どうしてだ尉?お前は女神の使命を受けた勇者だろ!お願いだ!我々、引き受けてくれれば錬金術会は全面的に君をバックアップする!」


 タイタスの話しを聞いていた尉は取ったカウボーイハットを被り直し、ゆっくりと立ち上がる。


「ターク、確かに女神様からのお願いは大切だったが、今はそれ以上に大切な事があるんだ」

「それは何だ?女神の使命より大切な事とは?」


 タイタスの問いに尉は笑顔で答える。


「うちの義娘(すめ)達さ。ゾディアックとの戦いは壮絶でもしかしたら一生、我が家に帰れないかもしれない。悪いが我が子に寂しい想いをさせたくはない」


 そう言うと尉は目の前のテーブルに折り畳んだ電報紙を置き、ラバンとタイタスに向かって軽く一礼する。


「それじゃな。義娘むすめ達が俺の帰りを待っているからな」


 尉は一人、部屋を出る。想定外の答えにラバンとタイタスは愕然とする。しかし、その場に残ったヘンリーが笑顔で二人に声を掛ける。


「ラバン、ターク、心配するな。私に考えがある」


 ラバンとタイタスは顔を近づける様にヘンリーの案を聞く。



 夕暮れ時にゲートを使って永伊邸に帰宅した尉は鍵を開け、中に入る。


「ただいま、皆」


 尉は笑顔で大きな声で言うが、誰一人、お出迎えが無く静かであった。尉は軽くため息を吐き、少しガッカリする。


「勉強を頑張っているお前達の為に美味しいケーキを買って来たんだけどなぁ。帰って来たパパを出迎えないならケーキはぜーんぶっ食べちゃおーっと」


 そう大声で言うと慌てる様に駆け足で二階からマーキュリー達が笑顔で尉を出迎える。


「「「「「「「「「お帰りなさいーーーっパパーーーーっ」」」」」」」」」

「おう、ただいま」


 尉はマジックボックスからケーキの入った紙の箱をキッチのテーブルに出現させ、それを見たマーキュリー達は喜ぶ。


 手を洗い私服に部屋着に着替えた尉はケーキの入った箱から三角形のチョコケーキを出す。そして冷凍庫から牛乳パックを取り出しガラスコップに注ぐ。


 尉は右にマーキュリーと左にヴィーナスが座っている椅子に座り牛乳を飲む。するとマーキュリーが笑顔で尉に話し掛ける。


「ねぇパパ、さっきヘンリーのおじさまから電話をあったんだけど、錬金術会の依頼を断ったって」


 それを聞いた尉は驚く。


「ぐぶっ!げほ!げほ!っげほ!へ、ヘンリーの奴!依頼を受けさせる為に義娘むすめ達を利用しやがって!」

「断った理由もヘンリーのおじさまから聞いたわ。私達の為を想って断ったのよね」


 それを聞いた尉は呼吸を整え落ち着いた表情でマーキュリーに話す。


「ああ、お前達を考えたら自分が辛くなるし、俺が居なくなった後のお前達に悲しい想いをさせたくはない。だから女神の使命よりもお前達と共に過ごす事を優先する為に断ったんだ」


 理由を聞いたマーキュリーは嬉しい表情をする。


「ありがとうパパ、私達の事を想ってくれて。でもねパパ、私達は一体誰の背中を見て育ったのかしら?」


 それを聞いた尉は自慢げな笑顔になる。


「ああ、俺だろ?」

「ええ。だからねパパ、私達のことは心配しないで。だから錬金術会の、女神の使命を果たして」


 マーキュリーはそう言いながら尉の右手を両手で優しく握り、尉は目をウルッとさせる。


「そうだった。分かったよ。依頼を、使命を果たすよ。ありがとうマーキュリー」


 マーキュリーは軽く笑顔で頷く。


「どういたしまして。それとパパ、一つだけ頼みがあるんだけど?」

「ああ、何でもいいぞ」

「私達もパパの事を助けたいの!だから私達も付いて行くから!」


 それを聞いた尉は驚きながら戸惑いながらも険しい表情をする。


「なっ!ダメだ!いくら何でもそれはダメだ‼パパは許さん!」


 だがマーキュリーは尉の威勢に怯まず話を続ける。


「分かっている。でも私達はいつまでもパパの帰りを待っているのは嫌なの!いくらパパが何と言おうとも私達は付いて行くから!例え世界がほろびようと‼」


 マーキュリーの瞳の奥には強者つわものを超える固い意思と勇敢さがあった。尉はその瞳から伝わって来るマーキュリー達の想いに根負けしてしまう。


(負けたよ。でも俺が若い頃とそっくりだ。血は繋がっていなくても義娘むすめ達の魂と意思はちゃんと繋がっている)


 そう心で語る尉は笑顔になって軽く頷く。


「よしマーキュリー、そこまで言うんだったらお前や皆の覚悟は出来ているね?」


 それを聞いたマーキュリーや他の皆は立ち上がり覚悟を決めた表情で頷く。


「もちろんよパパ。私や妹達の気持ちは同じよ」

「分かったマーキュリー、お前達の想いは物凄く分かった。これから錬金術会に電話をするから」


 笑顔になるマーキュリー達は互いに喜び合う。そして尉は立ち上がり黒電話へと向かい受話器を左手に取り、右手でダ

イヤルを回し電話をする。


「よ。ラバン、俺だ、尉だ。実はさっき義娘むすめ達から後押しを受けてな。依頼を受けるよ」


 それを聞いたラバンと聞いていたタイタスは喜ぶ。


「本当か⁉ありがとう尉。じゃあ錬金術会は全面的に君をバックアップするよ」

「ありがとうラバン、それともう一つ頼みがあるんだ」


 その後、尉はマーキュリー達を連れてダンウィッチのギルドで冒険者の再登録を行いトリプルS冒険者として復帰、またラバンとタイタスの推薦状を使いマーキュリー達をA級冒険者となった。



あとがき

いよいよ、物語が大きく動き始めます。

本作の制作のきっかけとなりました映画「ロスト・シティZ 失われた黄金都市」はヒューマンドラマとしてもアドベンチャーとしても楽しめるオススメの隠れた名作です。

本編で語られていますG∴T∴に所属する「E・C」はとある某有名ゲーム作品の主人公の略名です。

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