第3.5話:秋の旧支配者祭(ハロウィン)

 今月はハロウィン。現実世界では人々が幽霊やモンスターの仮装をしてお菓子を貰う愉快なお祭りである。しかし、ここ異世界では違う。


 ハロウィン、年に一度の旧支配者達が霊魂となって現世に降臨する日。そしてルルイエのダンウィッチで崇拝する人々が踊りや食事などをして宴を行う。そして最後は天に戻る旧支配者達に対してセンティネル丘のストーンヘンジで五人の志願した信者を生贄し心臓と巫女の踊りを捧げる。


 時の流れに連れてこの儀式は世界中に普及し、現在では世界各国に点在するストーンヘンジでダンウィッチと同じ儀式を模した祭りとなっている。また生贄は人権を考慮して食用動物に変更されている。


 ハロウィンの日の一週間前、尉達はダンウィッチで有名なホテル、ラヴィニア・ホテルに宿泊していた。


 5階の504号室にサターンとプルトと共に泊まっている尉は窓からハロウィンで多くの人々が訪れ賑わている大通りを見てため息を吐き、二人の方を見る。


「いいか。あくまでもここへ来たのはウィルバーのお祭りの頼みで来たんだからな。遊びじゃないぞ」


 それを聞いたサターンとプルトはクスクスと笑い出す。


「パパ、固いわよ。せっかくのハロウィンなんだから楽しもうよ」

「そうですよ、パパ上。美味しい物は食べれるし、ゲームもやれるし最高のお祭りを楽しまないのは損ですぞ」


 二人からの発言に尉は頭を抱え心の中で愚痴をこぼす。


(やっぱり義娘むすめ達を連れて来たのは間違いだったかな?)


 時は遡ること三日前、勇者である尉はダンウィッチで行われる祭りの生贄を捧げる役を担っていた。尉は部屋でダンウィッチへ向かう準備をしているとリビングに置かれてある留守番機能が備えた黒電話が鳴り始め、テレビの修理をしていたマーズは受話器を手に取る。


「はい、永伊です。あぁウィルバーさん、ご無沙汰です。はい、パパは居ますよ。ちょっと待って下さい」


 マーズは左手で受話器の下を抑えて二階に居る尉に向かって大声を出す。


「パパ!パパ!ウィルバーさんから電話が来ているわよーっ!」

「はい!はーい!今、行きまーす!」


 尉はそう言うと笑顔で階段を降りる。そしてマーズから受話器を受け取る。


「ありがとうマーズ。お電話、変わりました尉です。はい、はい、えぇ!踊り子の人達が来られなくなった!はい、ええぇ!でも、義娘むすめ達は学校がしかも明後日は秋の遠足もあって、はい、分かりました。こっちでも知り合いを当たってみます。はい、では折り返し電話します。はい、失礼します」


 受話器を電話に置き右後ろのズボンポケットから緑の革手帳を取り出しページを開きながら困った表情で左手で頭を掻く。


「さてどうするか。当たると言ったけど知り合いのダンス仲間は他のハロウィンイベントでどこも空はないよな」


 すると彼の右肩をちょんちょんと突かれ振り向くとマーキュリー達が清々しい笑顔で居り、それに尉は驚く。


「ど、どうした、お前ら?」


 尉からの問いにマーキュリーが答える。


「話は聞いたわ。パパの友達がピンチなのに学校なんて行っていられないわよ」

「そうよ。パパがいつも言っていたでしょ。困った人は助けなさいって」

「ええ、パパやウィルバーさんがお困りですのでお助けをしないと」

「うん!うん!困った時はお互いさまよ」

「私達は大丈夫よ。例えが学校を休んででもパパ達を助けたの」

「学校なんて行ってられるかっての!私達なら大丈夫よパパ」

「私、パパが大変な所を見るのは辛いのよ」

「心配しなくていいわよパパ。もし間に合わなかったら男が女装すれば万事解決よ」

「そうじゃよパパ上。でも心配するな。わらわ達が居るのじゃから」


 マーキュリー、ヴィーナス、アース、マーズ、ジュピター、サターン、ウラノス、ネプチューン、プルトからの励ましに尉は少し涙目に笑顔になる。


「お前達、ありがとうな」


 だが、すぐに尉はスッと笑顔から真顔になる。


「で、本音真の目的は?」


 尉からの問いにマーキュリー達は満面の笑顔で答える。


「「「「「「「「「学校の遠足よりもダンウィッチのハロウィン方が物凄く楽しいから」」」」」」」」」


 彼女達の答えに尉は呆れた表情で頭を抱える。



 そして現在、マーキュリー達はハロウィンの当日まで出店を周り、食事やゲームをしてはエンジョイしていた。一方、尉はウィルバーと共にセンティネル丘のストーンヘンジに居た。


 そこでは大勢の人間や亜人種の信者がストーンヘンジの周りで祈りを捧げていた。その光景に尉は笑顔になる。


「今年も盛り上がりそうですねウィルバーさん」


 ウィルバーも笑顔で尉に同感する。


「ええ。それと尉さん、本当にありがとうございます。急な頼みを引き受けて下さって」

「大丈夫ですよ。むしろ義娘むすめ達が大喜びで」

「そうですか。それはよかったです」


 二人が会話をしていると一人の黒いドレスを着こなした長い銀髪と真っ白な肌の美しい女性が近づいて来た。


「尉先生、この度はありがとうございます」

 お礼をする女性に尉はカウボーイハットを取り一礼する。


「これはラヴィニア・ウェイトリーさん。いいえ、こちらこそお手伝いが出来てよかったです」

「母さん、生贄の用意は出来ているか?」


 ウィルバーからの問いにラヴィニアは答える。


「大丈夫よ。上質な牛、豚、とり、羊、山羊やぎの用意は出来ているわよ。尉先生、当日はお願いしますね」


 尉はカウボーイハットを被り笑顔で頷く。


「ええ、任せて下さい」


 それから尉は二人とある程度の儀式の段取りをストーンヘンジを見ながら話し合った後、尉は二人と別れホテルへと戻った。


 一方、出店である程度、楽しんだマーキュリー達はホテルに戻り、マーキュリーとヴィーナスが泊まる501号室に集まりハロウィン当日に着る衣装の確認をしていた。


「ねぇマーキュリーお姉ちゃん、この踊り子の衣服、派手過ぎない?」


 アースからの問いにマーキュリーは衣服を見て頷く。


「そうね。でも仕方ないわよ。踊り子は巫女しての役目も担っているからね」


 アースはマーキュリーからの言った事に納得しながら皆と共に試着をする。



 そしてハロウィン当日の10月31日の夜18時、ストーンヘンジの周りには信者や見学者で丘が見えない程に集まっており内側に用意された薪木まきぎに魔法で火を点ける。


 大きく燃え上がる焚き火に向かってストーンヘンジに続く道を黒いローブを身に纏った尉が歩き、その後ろをネクロノミコンの写本を持ったウィルバーとラヴィニアが続く。


 ストーンヘンジに入る手前で尉は立ち止まる。そしてウィルバーがそっと尉に近づく。


「尉さん、それではお願いします」


 尉は前を向いた状態で頷く。


「分かった」


 そして尉はローブを脱ぎ捨て上半身裸になり手を合わせると異世界の人々でも訳する事が出来ない超古代語を言い始める。すると体と両頬に焼き印の様に超古代文字が浮き出る。


 文字を浮き終えると尉はストーンヘンジの中に入ると正座をする様に両膝を曲げると深々と頭を下げ、ウィルバーとラヴィニアも深々と頭を下げる。


 木製の楽器を使う音楽団は儀式を行う様な不気味なBGMを奏で、中に入った尉は振り向きラヴィニアから装飾が施したマチェットを受け取る。


 尉は両手でマチェットを掲げる様に一礼をすると右手に持ちながら大きく腕を広げて天に向かって叫ぶ。


「おぉーーーーーーーーーーーーっ‼偉大なる旧支配者様達よ!今宵、皆々様達がこの現世に降臨なされた感謝の印としてここに‼五つの生贄を捧げます!」


 そう言い終えた後、ウィルバーと冒険者ギルドの組員達が生贄を連れて来る。


 尉は黄金の角を持ったガズロ山羊、縞模様の毛を持つビルタ羊、豚位の大きさにキジの様な羽色を持つコッカトリス、猪の様な鋭い牙と爪を持つイビルシュヴァインドイツ語で豚を意味する、そして人間の様な体の作りをして筋肉質のミノタウロスの首をマチェットで斬り、アラビアンナイフで腹部を切り裂き心臓を取り出す。


 何度も何度も響き渡る血と肉と骨が斬れ、血が滴り臓器を取り出す鈍い音、そして最後のミノタウロスの首の骨と肉は固く尉は力強く何度も何度もマチェットを振り下ろす。


 ミノタウロスは斬られる痛みで口から血を吹きながら悲鳴の様な鳴き声を出す。そして骨が斬られると同時に動脈が斬れた事で大量の血が噴き出す。


 その血を尉は目を閉じ両手を広げて浴びると同時に音楽が鳴り止む。吹き出す血が止まると同時に夜空を覆う分厚い曇が晴れ、青白い月が顔を出す。尉は目を開きミノタウロスの心臓を取り出し、両手に乗っけ天に向かって掲げ怪しげな笑顔で前を向く。


「皆の者よ!旧支配者様達がお喜びになった‼さぁ音楽を奏でよ!祈りを捧げよ!踊り子よ踊れ!信者よ踊れ!踊って、踊って、踊り狂え‼」


 尉がそう言うと石柱の陰から薄い布を身に纏い、手首と足首には金製のブレスレットとアンクレット、額には真っ赤なルビーを付けた金製のフェロニエールを身に付け、ビキニの様な金色のラインが特徴の白いドレスを着たマーキュリー達が現れ、音楽団が奏でる狂った様な音楽に合わせて妖艶ながら恐ろしさを感じさせる踊りを始める。


 信者達も踊りと祈りを始め、尉は後ろにある祭壇にミノタウロスの心臓を置き、ウィルバーや冒険者ギルドの組員達は生贄となった動物の死骸を柱に吊るす。そして尉、ウィルバー、ラヴィニアは焚き火に向かって両腕を広げて超古代語の祈りを捧げる。


 その光景はまさに原作、『クトゥルフの呼び声』で描写されているニューオーリンズでクトゥルフ教団が行っていたヴードゥー式の生贄を捧げる狂宴の様である。


 時を忘れ、我を忘れ、喜び以外の感情を忘れる異世界のハロウィンは恐ろしくもあり、そして人が持つ未知に対する興味を駆り立てるのであった。



あとがき

ハロウィンを題材にした番外短編を書きました。皆さんはダンウィッチのハロウィン祭に興味はありますか?もし、ありましたら是非、参加して下さい。

ただし、SAN値が大幅に減りますよ(⌒∇⌒)。

トリックオアトリート。皆さん、楽しいハロウィンを。

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