第2話:義娘(むすめ)達と過ごす日常

 それから十八年が経った六月下旬のルルイエの首都、アーカム。パーティーを抜けた尉はギルドで冒険者と勇者引退の手続きをして保護した赤ん坊達を育てる父親となっていた。

 現在、尉はパーシーから貰った紹介状を元にアーカムにある国立高等付属大学であるミスカトニック大学に所属する考古学の名誉教授として働いていた。


 四限目の歴史の授業で尉はビシッと決めたスーツ姿で大勢の学生達の前で教壇に立って黒板に磁石で張られムーで発見されたピラミッドの写真について教えていた。


「さてぇ。1833年にムーのバルシカ湖の底で発見されたピラミッドの構造はエルドラドで発見された多数のピラミッドと酷似している。文化も大陸も違う場所で同じ建築物が発見されるは非常に珍しい。水中の為、現在も発掘作業は難航しているが、発見も多くあった。まずは遺跡が年代測定で先カンブリア時代より以前の超古代と分かり、このピラミッドは紛れもなく旧支配者達が立てた物である事が判明した」


 すると授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。


「じゃ今日はこれまで。明日はテスト範囲のアトランティス南部で栄えた古代パティノ文明についての授業を行うから皆!ちゃんと出るように」


 学生達は意気揚々と教室を後にすると尉は授業の片づけをしているとそこに一人の少しヨレヨレのスーツを着た白髪の高齢男性が入って来る。


「やあ、尉。授業終わりですまいけどちょっといいか?」

「ああ、いいですよ。アーミティッジ教授」

「ヘンリーでいいよ。知らない仲じゃないから」

「分かったよヘンリー。それで要ってなんだ?」

「実は一か月前にインスマウスで地殻変動があって暗礁付近の海底が一部、浮上してな。それで現地にうちの地質調査隊が向かって調査をしていたらダゴンの石柱を発見してな」


 ヘンリーの話しを聞いていた尉は驚く。


「何だって⁉ダゴンの石柱だって?世界中の考古学者が探し続けていたあの?」

「ああ、そうなんだ。詳しい話は歩きながらしよう」

 そして尉は授業道具を左脇に挟んでヘンリーの後を追う様に教室を出て彼の右隣に付き、興奮しながら聞く。

「それで柱の調査は進んでいるのか?」


 尉の問いに頷き答える。


「ああ。進んではいるが、なんせ柱に描かれているのが超古代文字だから解読が難航している。そこで・・・」


 ヘンリーが言いかけた事を尉が先に言う。


「そこで高度な古代文字が解読出来る禁術を女神から貰った俺がインスマウスに行ってくれと」


 ヘンリーはそうだと言う様な笑顔で頷く。


「明日、現地に行ってくれないか?授業の方は別の教授に頼んであるから」


 尉は右手で後ろ頭をかき、照れる様な表情で答える。


「分かったよ。それと一ついいか?」

「ああ、娘さん達だろ?連れて行くくらい別にいいよ。娘さん達も若いのに考古学の博学を持っているからな」

「ああ、俺の自慢の娘達だからな。それじゃ俺は出発準備の為に今日は早引きするわ」

「ああ、分かった。早退と調査有給は私がやっとおくから」

「すまない、助かるよ。それじゃあな、ヘンリー」

「ああ、それじゃあ」


 二人はお互いに手を振り合いながら尉は廊下を歩きながらポッケからガラ携を取り出し娘達に連絡する。



 昼間の内に屋敷の様な一軒家、永伊邸に帰宅した尉は玄関の鍵を開けると、美しく可愛い銀髪の娘が笑顔で走って尉に抱きつく。


「お帰りなさい。パパ」


 尉は抱きついた娘の頭を笑顔で優しく撫でる。

「ただいま。ウラノス」


 すると更にウラノスの後ろからオーシャンブルー髪の美しく可愛い娘が笑顔で尉に近づく。


「お帰り、パパ上」

「ただいま。ネプチューン」


 そして尉は靴を脱ぎ、ウラノスとネプチューンを連れて大きなリビングに向かうとお菓子や漫画が散乱し、ソファーにはパプル雑誌を開いた状態で顔に被せた赤髪の美しく可愛い娘が寝ていた。


「おい!サターン!中年オヤジの様にソファーで昼寝をするな!後、散らかすな!」


 尉に叱られながら起こされたマーズは顔に被せていた雑誌をソファーに置き右目を優しく擦る。


「ふぁーーーーーーーーっ。あぁ、お帰り。パパ」


 サターンのだらしない姿に尉は呆れた表情をする。


「まったく。お帰りじゃないぞ。我が家の六女は成長するに連れてだらしなくなっているな」


 それを聞いたサターンは少しむくれた表情をする。


「だってパパもソファーで本を顔に被せて寝ているし、テーブルの上をよく散らかしいるじゃない」


 サターンがそう言うと尉は優しく彼女の頭をチョップする。


「屁理屈を言うんじゃない。ほらさっさと片付けなさい」


 サターンは頬を膨らませ渋々、片付けを始める。一方、尉はある事をウラノスに聞く。


「そうだウラノス、昼食はあるか?食べずに帰って来たから腹が減って」


 彼の右隣に居るウラノスは笑顔で答える。


「出来ての脂がのったキングサーモンを使ったタルタルフライサーモンバーガーがあるわよ。ポテトフライとチョコバニラアイスも付いているわよ」


「おおぉ!それはボリューム満点だな。それをパパの研究屋まで持って来てくれないか?明日の準備と大学の仕事をしたいから」


 尉が喜ぶ姿にウラノスはウィンクをしながらサムズアップする。


「分かったわ、パパ。用意が出来たら二階に持って行くから」

「ああ。ありがとう」


 ウラノスはすぐにキッチへと向かった。すると尉の左隣にいるネプチューンが彼の腕をグイグイと引っ張る。


「ねぇねぇ、パパ。インスマウスへはいつご出発するの?」

「明日の六時半にはインスマウスへ向けて出発する」

「分かったわ。それじゃお姉ちゃん達とプルトに伝えておくから」


 ネプチューンは尉にそう言うとその場を去る。


「じゃサターン、パパは二階の自室に行くからサボるんじゃないぞ」


 尉はサターンに向かって指さしながらそう言うとサターンは少し悲し気な表情をする。


「分かったわよ。ちゃんとやります」


 それを聞いた尉はコクリと頷くと二階へと向かう。


 尉は二階にある自室兼研究室で幅の広い机に置いてある1990年代に登場するスリムタワー型デスクトップパソコンを機動させ、10ヘキサバイトと書かれたシールが貼られた光ミニディスクを差し込む。


 そして椅子に座り無線型マウスとキーボードを操作し、レポート制作を始める。それから三十分後、レポート制作が中盤に差し掛かった時にドアが三回、ノックされる。


「開いているよ」


 尉がそう言うとドアが開き笑顔でウラノスが手にハンバーガーセットを乗せたお盆を持って部屋に入る。


「お待たせパパ。はい、お手製のハンバーガーセットです」

「おお、ありがとうウラノス」


 尉はウラノスからお盆を受け取り机に置く。


「そうだ。皆は明日の準備は出来ているか?」


 尉からの問いにウラノスは自慢げな表情で答える。


「大丈夫!準備は万端!いつでも出発出来るわよ」


 それを聞いた尉はウラノスに向かってサムズアップする。


「流石、我が娘達!明日は早朝出発だから今日は早く寝なさいね」

「分かったわ。それと今日の夕食はラーメンだから時間通りにリビングに来てね」

「ああ、分かった。夕食にはレポートと出発の準備を終わらせておくから」

「ええ、それじゃね。パパ」


 尉とウラノスはお互いに手を振り彼女は部屋を出る。

「よし!あと一息だ。頑張るぞ!」


 尉はそう言って気合を入れるとレポート制作を再開する。


 夕暮れ時、尉はレポート制作と保存を終えてデスクトップパソコンから光ミニディスクを取り出す。そしてインスマウスへ向かう準備も粗方、終えた状態で尉は椅子に座って新聞のある一部の記事に興味津々に読んでいた。


『今年の6月4日、ムー連邦共和国の宇宙技術開発局である第8設計局は有人月面ロケット、「ソリューズ」の製作を開始、二ヶ月後に打ち上げすると人民連邦情報局から発表された』


『ソリューズ計画は昨年のルルイエの宇宙技術開発局、「ユトグタ宇宙開発研究局」がダンウィッチで発掘された旧支配者達の技術と遺物を元に初めて有人での月面着陸を成功させた「アポロ11号」から来た「アポロ・ショック」の影響から有人ロケットによる星間飛行技術の開発と研究に力を入れていた。そして1905年3月17日にムーのバルシカ湖で発掘作業中のピラミッドで発見された新たな旧支配者達の技術と遺物を元にソリューズロケットの設計を完成させた』


『連邦首相である「ヴォルク・エルジャズ・カフクチェンコ」は会見を開き「今回のソリューズ計画はムーに新たな技術と科学の発展に繋がるであろうと確信している」とコメントしている。一方のルルイエ大統領である「ジョセフ・ドナルド・ケレンゲス」は会見を開き「ソリューズ計画はムーのみならず世界各国に新たな発展のきっかけとなるのは確実である。だが我々は新たなステップとして現在、長距離星間飛行技術の開発と研究を進めており、その試作船を建造中である」とコメントしている』


 ルルイエとムーが行っている宇宙開発競争に尉は感心しんする。


「いやぁーーっ改めて凄いな。世界各国で発掘中の遺跡から出土した旧支配者達の技術や遺物を研究した事で文明、文化、技術、魔術、科学を発展、いや進化させるとは」


 尉は一人で言うと机に置いてあるパソコンを見る。


 この異世界では携帯電話やパソコン、インターネット、現代を遥かに超える医療技術などが百年はおろか現代の人類ですら獲得していない技術を確立し普及している。それも世界各国で発見された遺跡から出土した技術と遺物を異世界の人類や亜人種は研究する事で発展と進化を遂げていた。


 すると一階からウラノスの大きな声が二階に響き渡る。


「パパーーーッ!夕食が出来たわよーーーーーーっ!」


 尉はそれを聞いて新聞を折り畳んだ後に返事をする。


「分かったーーーーーーっ!すぐ行くよーーーーーーーっ!」



 尉はそう言うと机に置いてあるお盆を持って部屋を出る。

一階に降りた尉はリビングを抜けた奥にあるキッチに向かうと縦長のテーブルに娘達が談笑していた。


 尉が来た事に気付いた一人の浅葱髪の美しく可愛い娘が笑顔で言葉を掛ける。


「あっパパ、お仕事は終わったの?」

 尉は笑顔で答える。


「ああ、終わったよマーキュリー」

「出かける準備もしたの?」

「ああ出来ているよ。いつでも出発出来るぜ」


 二人がそんな会話をしているとマーキュリーの右隣、一つ空けた席の隣の席に座っている金髪の美しく可愛い娘が少し嫌な表情で二人に言う。


「ねぇパパ、お姉ちゃん、話をするなら座ってしてよ。パパが座らないと夕食が食べられないわよ」


 それを聞いた尉とマーキュリーは彼女に謝る。


「ああ、ごめんねヴィーナス。すぐ座るよ」

「ごめんなさいヴィーナス。パパ、私の隣に座って」

「ああ、そうするよ」


 尉はマーキュリーとヴィーナスに挟まれる様に空いている椅子に座る。そしてウラノス、サターン、ネプチューンがラーメンの丼や餃子が乗ったお皿が乗ったお盆を持ち皆の前にラーメンを置いて行き、餃子をテーブルの真ん中に置いて行く。置き終えた後に尉が手を合わせる。


「それじゃいたただきます」

「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」


 皆が食事の挨拶をするとラーメンと餃子を食べ始める。そうしていると尉の目の前に座っているエメラルドグリーン髪の美しく可愛い娘が尉に笑顔で話し掛ける。


「ねぇパパ、私達もう十八歳になったんだし、私達との出会いを教えて」


 尉は食べるのを止め、持っている箸をテーブルに置く。


「ああ、いいよアース。お前達も大きくなったし話してあげるよ」


 他の娘達も食べる手を止め尉の話し耳を傾ける。


「あれは古代都市Ⅹを仲間と共に捜していた時だったよ」

「あ、それってパパが組織した伝説の冒険者パーティー、探求者達だよね?」


 尉の目の前の椅子に座っている赤髪の美しく可愛い娘がそう答えると尉は頷く。


「ああ、そうだよ。マーズ」

「それでⅩは発見出来たのパパ?」


 マーズの隣の椅子に座っている緑髪の美しく可愛い娘からの問いに尉は首を横に振る。


「いいや、残念ながら発見出来なかったよジュピター。でもその代わりにⅩに関連した神殿の遺跡を発見したんだ。その宮殿内でまだ赤ん坊だったお前達を発見したんだ」


 それを聞いたパープル髪の美しく可愛い娘が驚く。


「本当なのですか?パパ上!私達が神殿の中に居たのですか?」


「ああ、そうだよプルト。お前達は体に布を巻いた状態で籠の様な祭壇に寝かされていたんだ。その中で長女のマーキュリーが泣いていたんだ。それからは探検を一時中断して蟾蜍の神殿にテレポートで引き返したんだ」

「それで私達を引き取る事にしたの?」


 ジュピターの左側の椅子に座っているサターンの問いに尉は頷く。


「ああ。お前達をほっとく事が出来なくてな。それで古代都市Ⅹの探検を中止して俺はパーティーを抜けてお前達を育てる事にしたんだ」


 それを聞いたアースは悲し気な表情をする。


「ごめんなさいパパ。私達を育てる為にⅩの探検を・・・」


 アースは探検を中止させてしまった事を自分達のせいであるかの様に尉に謝る姿に尉は笑顔で言う。


「大丈夫だよアース。確かにⅩを発見したかったけど、お前達を育てている時間はどんな発見よりも素晴らし宝だよ。さぁラーメンが伸びない内に皆、食べよ」

 尉がそう言うと皆は頷き笑顔で食事を再開した。



 翌日、暗く長いトンネルを抜けたD51改二型水素燃料機関車は汽笛を鳴らす。


 D51改二型に繋がれた客車と貨物車を合わせた七両編成の車両、前から三番目の客車に乗っている尉達。カウボーイハットを被り探検をする衣服を着た尉は座席に座って革のカバーを使った探検ノートを開いて黒鉛筆でダゴンをスケッチしながら記録していた。


 彼の前に座っている長女のマーキュリーは窓から外を眺めており、彼女の隣に座る次女のヴィーナスは超古代文字で書かれた魔導書、ネクロノミコンの写本を読んでいた。


「パパ、ダゴンの石柱って伝説では絵が描かれた石碑なのよね?」


 ヴィーナスからの問いに尉は答える。


「ああ、そうだよ。超太古の時代には羊皮紙が無かったから旧支配者達の眷族、正確には深きもの達が崇拝するクトゥルフ、クトゥルフの子供達、ダゴン、ハイドラ、そして自分達の歴史を記録した言わば歴書でな」

「へぇーーーーっそうなんだ。確か1856年にボートで大西洋を漂流していた男が偶然、地殻変動で海面に出た海底に着いたのが最初の発見だったよね?」

「ああ、考古学界でも石柱の発見は凄く注目されていたけど、その男は長い漂流で相当、ストレスで神経が疲弊していてな。ルルイエの貨物船に救助された後に浮上した海底での出来事を船員や医者に話してはいたけどダゴンを見たとか半発狂状態で支離滅裂だったから正確な座標は不明だったんだよ」

「なるほど。それが今になってようやく発見されたのね」

「ああ、そうさ」


 すると尉はヴィーナスの隣に座っている三女のアースと四女のマーズが昼寝をしている姿に微笑む。


「アースとマーズの寝顔、まるで天使の様だ」


 アースとマーズの隣に座って小説を読んでいた五女のジュピターも彼女達を見て微笑む。


「そうねパパ。アースお姉ちゃんとマーズお姉ちゃんの寝顔って本当に綺麗で可愛い」


 すると尉の隣に座っている六女のサターンは彼の肩を軽く叩く。


「ねぇねぇパパ、あとどれくらいでインスマウスに着くの?もうくたびれちゃった」


 尉はサターンの方を向き彼女の頭をなでる。


「あと少しで着くからもうちょっとだけ頑張りなさい」

「はーい、パパ」


 サターンは少しむくれた表情で手に持っているパプルコミックより出版された「エドガー・アラン・ポー」原作の漫画作品、「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」を読み始める。


 サターンの隣に座っている七女のウラノスと八女のネプチューンは携帯ゲーム機でカードゲームの対戦モードで遊んでいた。


「よし!ここでキングナイトゴブリンを召喚してターンエンド!悪いけどお姉ちゃんとして負けないわよ」


 ウラノスがそう言うとネプチューンはムフフと怪しく笑う。


「残念でしたウラノスお姉ちゃん。ホワイトエンシェントドラゴンを召喚!さらにフィールドに居るレッドファイアージャガーを生贄に攻撃力をアップ!ダイレクトアタック!」


 ネプチューンの攻撃を受けてウラノスのライフルはゼロとなり対戦は終わる。


「あちゃーっやられちゃった。やっぱりネプチューンちゃんには勝てないわ」

「いいや、そんなことはないわよウラノスお姉ちゃん。前に比べると強くなっているわよ」


 ネプチューンは笑顔でウラノスのゲームの腕前を褒める。するとネプチューンの隣に座っているパプルコミックから出版された「ジュール・ヴェルヌ」原作の漫画作品、「海底二万マイル」を読んでいた九女のプルトは右の手首に着けている時計を見て漫画を置いて立ち上がり、上からバスケットを下して蓋を開ける。


「ねぇ皆様!もうお昼ですからウラノスお姉様が作ったサンドイッチ食べましょう」


 それを聞いた事で寝ていたアースとマーズは目を覚ます。そして尉達はバスケットに手を伸ばし食べ始める。



 それから二十分後、アーカムから北部にある港町インスマウスの駅、マーシュ記念駅に到着する。


 インスマウス、それはクトゥルフ神話を知る者なら口をそろえてこう言う『深きもの共の忌まわしき巣窟』と。


 だがこの異世界では違う。インスマウス、ルルイエ最大の大西洋に面する国際貿易港で移住開拓時代にアトランティスから深きもの達の血を引くマーシュ家とその移民が移住、その後は初代市長であるオーベッド・マーシュが合衆国連邦議会からの要請で貿易港として発展させた。住人は深きもの達の血を濃く受け継いでいる為、魚の様な顔つきが特徴的である。


 尉達は列車後部にある二両の貨物車から自分達の荷物を受け取ると駅を出る。原作では寂れ薄暗く怪しげな雰囲気とは違い多くの人々で賑わっている。すると目の前に止まっている小さいバスから魚の様な顔付きの男性運転手が降り、尉に近づく。


「失礼ですが、尉先生ですか?」


 運転手からの問いに尉は笑顔で答える。


「そうだ。私がミスカトニック大学考古学科の名誉教授、永伊 尉です」

「お待ちしておりました尉先生。私、マーシュ市長の使いの者です。どうぞ皆様、バスにお乗り下さい。ホテル、ギルマンハウスにお連れします」

「ああ、ありがとう」


 そうして尉達はバスに乗り込む。運転手は運転席に座り乗車口を閉めてギルマンハウスに向けて出発する。


 大通りを走るバスの窓から見える街の至る所には英語で『世紀の大発見‼ダゴンの石柱、遂に見つかる!』と書かれたポスターが貼られ所々には出店を準備する人達で賑わっていた。


 それを見た尉は運転手に話し掛ける。


「すごいですね!石柱発見でこんなに盛り上がりを見せるなんて」


 その事に運転手は笑顔で言う。

「ええ、発見のお陰であちこちから観光客が来ましてね。今じゃ街全体はお祭り状態ですよ」

「そう言えば明日の夜に市長から正式発表があるんだよな?」

「はい、そうです尉先生。それと市長から是非、先生にも出席をお願いします」

「ああ、もちろんだよ」


 それから二十分後、目的地のギルマンハウスに到着した尉達は運転手にお礼を言い中に入りチェックインする。


 翌日の朝、天気は快晴で尉達はギルマンハウスから徒歩で五分にある大勢の人々で賑わう浜辺に着き、そこから見える水平線にはゴツゴツとした黒い岩で出来た異様な雰囲気を放つ巨大な暗礁とその前には地殻変動で浮上した海底が見える。


 尉はカバンから双眼鏡を取り出し海底を見てみるとダゴンの石柱の周りには発掘作業を行う人々が居た。


「おお!やってる、やってる。俺が来るまで結構、進んでいるなぁ」

「おーい!パパ!お待たせ」


 左からマーキュリーの声が聞こえたので尉はその方向に顔を向けると彼は愕然しながらツッコミをする。


「お前達な何で水着を着ている?ここへはお仕事で来たんだぞ」


 そのことにマーズは笑顔で右手を上下させる。

「まぁまぁ、パパ。ちゃんとお仕事はするから今日は思いっ切り遊ぼうよ」


 尉は頭を抱えながらため息を吐く。


「あのな・・・これから石柱へ行って柱と出土した遺物の調査をするんだぞ。遊んでいる暇はない!」


 それを聞いたマーキュリー達はガッカリしていると一隻のモーターボートが浜辺に着き、一人の灰髪の男性老学者が笑顔で右手を挙げて近づく。


「やぁー尉!それと可愛い娘さん達」


 双眼鏡をしまった尉も笑顔でカウボーイハットを取って挨拶をする。


「よっ!ジョージ。わざわざお迎えありがとな」

「いいて、いいて。このくらい大した事ないよ」


 この老学者、ジョージ・ギャマル・エインジェルは原作ではブラウン大学で民族諸言語学科の名誉教授でクトゥルフに関する事件を追って行くが、最後は自宅への帰路で黒人水夫にぶつかり昏睡状態となる。だが、この異世界ではミスカトニック大学に所属する旧支配者民族文学教授でインスマウスを拠点するダゴン秘密教団の信者である。


 その後、尉達はジョージが乗って来たモーターボートに乗りダゴンの石柱へ向かう。


 尉達は石柱のある海底に上陸するとそこは原作同様、塩の香が混じった魚介類が腐った様な生臭さが漂っていた。


「うっ‼これは想像以上に酷い臭いだわ!鼻がおかしくなる」


 腕で鼻を塞ぎながら言うヴィーナスと同じくジュピターも鼻を塞ぎながら言う。


「本当ねヴィーナス姉さん。ねぇパパ、早く発掘現場に行きましょ」


 彼女達の前に立つ尉は振り返り賛同する。


「ああ、そうだな。でもその前にお前達はすぐにパーカーを着なさい。水着のまま発掘現場に行くと作業している人達を刺激しちまう」


 マーキュリー達は返事をしてマジックボックスを出現させ、そこからパーカーを取り出し水着の上から着る。


 ジョージの案内でぬかるみが残る海底を進み尉達はダゴンの石柱に着くとそこでは人間を含めた多くの亜人種の作業員達が発掘を行っていた。そして尉達は石柱の近くに設営されたテントで発掘された多くの遺物を調査していた。


「すごいぞ!この黄金の冠は今までの形状とは違うぞ」


 尉が手に取って調査している冠は深きもの達が作った鱗の様な形をした冠とは違いチョッカクガイの様な冠をしていた。


「ああ、そうなんだよ尉。それとこの首飾りのデザインもサメの牙をしているんだ」


 ジョージはそう言いながら首飾りを尉に見せる。


「おお!確かにこれは珍しいな。もしかしたら5億年前に起こった旧支配者達の地球支配を巡る戦争以前の物かもしれないな」

「私も同じ見解だよ尉。実際に発見された古きもの達の装飾品にも地球支配戦争以前と思われる戦争後とは違うデザインの物があるしな」


 二人が装飾品の年代推測をしていると少し慌てた様子のマーズが走りながら現れる。


「パパ!ジョージ先生!大変よ!すごい海洋生物が発見されたわ!」


 尉とジョージは装飾品をテーブルに置きマーズに連れられて石柱を少しから北にある巨大な潮だまりに着く。


 その潮だまりは多くの作業員達が集まっていた。底が見えない程、暗い潮だまりの中では十数匹の白い体色をしたミズイルカと魚竜類を合わせた様な生物が泳いでいた。その生物に尉は驚愕する。


「こいつはツァールーンじゃねぇかーーーっ‼馬鹿な⁉旧支配者達が消えると同時に絶滅したはずじゃ⁉」


 マーズも興奮しながら言う。


「そうなの!絶滅したはずの深きもの達に仕えた珍獣が生き残っていたの!」


 するとマーズはパーカーを脱ぎ飛び込む準備をする。その姿に尉は戸惑い始める。


「お・・おい!おい!マーズ!まさか飛び込む気じゃ?」


 マーズは尉に向かって笑顔でサムズアップをする。


「当たり前でしょ!絶滅したと考えられていた生物のDNAを採取しないと!」


 そう言いながらマジックボックスから海洋生物用のピストル型注射器を取り出す。


「ちょっと待てマーズ!どうゆう生態なのか分からない状態で飛び込むのは危険だ!」


 尉は強く警告するが、マーズは助走をつけて潮だまりに飛び込む。飛び込んで来たマーズにツァールーンは驚く様子がない。マーズは優雅な泳ぎでツァールーンに近づき前の尾ひれに注射を刺し血液を採取する。


 マーズは注射器をマジックボックスにしまい海上に向かって泳ぐ。海面に出ると笑顔で手を振る。


「おーい、パパ。血液を採取したから引き揚げて」


 両膝を曲げている尉はため息を吐く。


「まったく、お前は後先考えずに行動するから心配しちまうぜ」


 そう言いながら尉は縄ハシゴウを下す。マーズは前にある縄ハシゴウまで泳ぎ潮だまりを出る。



 ジョージと一旦、別れた尉はダゴンの石柱でヴィーナスと共に柱に描かれて超古代文字を解読していた。


「ねぇパパ、ここの文字ってネクロノミコンに描かれているのと同じだわ」


 ヴィーナスがそう言うと尉はバックから研究ノートを取り出し超古代文字のページを開き文字を確認する。


「本当だ。この文を訳して行けば文字の意味が紐解けるな」


 すると尉の後ろか機械音が聞こえて来たので振り返ってみるとネプチューンが金属探知機を使って探索をしていた。


「ネプチューン、お宝探しか?」


 尉からの問いにネプチューンは探す手を止め笑顔で答える。


「うん!純金で出来た装飾品が出土したから探せば他にあるかも」

「まぁー無駄だと思うよ。殆ど掘りつくしちゃっているから」


 それを聞いたネプチューンはほっぺたを膨らませなる。


「そんなことはない!まだ見つかってない装飾品があるわよ!」


 そう言いながらネプチューンは再び装飾品探しをする。


 尉はノートに調べていた超古代文字を一通り書き終えると文字の解読を続けるヴィーナスに言う。


「じゃヴィーナス、パパはアースの所に行っているから」

「分かったわ、パパ」


 尉は石柱から西の方向にある底が浅くカンブリア時代に生息して古代海藻が生息していた。その中でアースは海藻を抜き取り、一部をメスで切りピンセットを使って野外研究用顕微鏡にセットし細胞を観察する。


「すごい!この海藻の細胞は現代海藻とは違って魚類の細胞が含まれているわ!」


 アースは興奮しながら研究ノートに細胞をスケッチしながら記録する。


 尉はゆっくりとアースの右隣に近づき声を掛ける。


「どうだアース?何か大きな発見はあったか?」

「ああ、パパ。ええ、すごい発見だわ!古代の海藻には魚類の細胞が含まれてて形も一般の植物とは違うわ」


 アースはそう言いながら尉に顕微鏡を見せる。


 尉は顕微鏡を覗き込むと植物の細胞とは違う形をしており細胞核が二つあるが、複雑かつ歪に動いている。


「この細胞の動きどこかで見たことがあるな」


 顕微鏡から目を離し考える尉はハッと思い出し、バックから探検ノートを取り出しあるページを開く。そこには古代海藻と同じ細胞のスケッチとその細胞が『狂気山脈の超古代都市遺跡で発見されたショゴスのミイラから採取された物』と書かれていた。


「これだ!これ!やっぱり旧支配者達は人類を含めた新たな生物を創る為にショゴスの細胞を利用していたんだ」


 そのことにアースはそのページを見ながら感心する。


「へぇーーーっあの不定形生物の細胞が。まぁ確かに人工生物の中では優れた細胞を持っていたからベースになってもおかしくないか」


 すると突然、火薬爆発を軽く凌駕する程の水蒸気爆発が起きる。尉とアース、そして多くの作業員達は急いで爆発現場へと向かう。


 爆発現場には多くの腕や足、顔の半分を失った負傷者達が苦しみと痛みの悲鳴を上げていた。


 医療バックやタンカーを持って駆け回る医療スタッフ達は負傷者達を治療するが、その数は多く今いるスタッフだけでとても全員を治療するのは困難な状況であった。


 それの光景を見ているアースは右手で口元を抑える。


「うっ‼パパ・・・」


 アースを見た尉は彼女を抱く様に現場を見せない様にする。


「大丈夫だよ。あまり見ない方がいい」


 そして尉は偶然、近くを通りかかった別な現場にいた作業員に声を掛けアースを現場から遠ざける為に彼女を預ける。


 アースがいなくなった後に尉はすぐに爆発で出来たクレーターに入る。


「これは酷いな。よし!いっちょやるか」


 尉はそう言うと両手に魔法陣を出現させる。


「サーチ。負傷者」


 サーチの魔法で負傷者の位置を確認する。


「それじゃ!ハイヒーリングバース超復活術!」


 魔法陣から放たれたエメラルドグリーンの光が多くの負傷者達を包み込み失った部分が瞬時に復活、さらに傷も瞬時に塞がる。


 その光景に医療スタッフ達は驚愕する。


「な⁉何だこれは!」

「信じられん⁉負傷者の傷と失われた部分が‼」

「奇跡だわ!これは旧支配者様達の奇跡よ!」


 負傷者全員が完全復活し尉はその光景に安堵する。すると現場の様子を見に来ていたジョージが尉に話し掛ける。


「いやぁーーーっさすがだね尉。あんな超高位魔法を広範囲で発動出来るとわ。流石、女神より遣わされた勇者だ」



 尉は軽く右手を回しながら言う。


「なに大したことはないよ。それと俺はもう勇者じゃない。ただの我が子を育てる父親だよ」


 尉はジョージの右肩を優しく叩き石柱へと戻る。



 その日の夜、インスマウス中央広場には大きなダゴンとハイドラの石像には色鮮やかな飾りとライト、さらに多くの出店が立ち並び多くの人々で賑わっていた。


 広場から北の方にある大きな教会、ダゴン秘密教団の前には大きな演説台が置かれ、その上には三つの椅子とマイクスタンドが置かれていた。さらに演説台の前にはテレビカメラを配置するスタッフ、新聞記者などでガヤガヤとしていた。


 すると一人のシルクハットを被った男性がマイクスタンドに立ちマイクを軽く人差し指で叩く。


「えーーーっお集りの皆様、これより市長からダゴンの石柱の発見に関する演説を行います。どうぞ演説台の近くまでお集り下さい」


 広場に居る人達は演説台の前まで集まり、それ以外の人達は街の主要な所に配置されているスピーカーから聞き、テレビやラジオのスイッチを入れる。


 演説台の前に居る多くの報道関係者の後ろに多くの人達が集まった所で男性は笑顔でマイクに向かって司会を始める。


「それではこれより発見会見を行います。まず初めに市長からご挨拶を、皆様、盛大な拍手を」


 演説台を上がって左から現れた黒髪で二十代後半の男性が笑顔で手を振り歩きながら現れ、人々は大きな拍手をする。彼こそ初代インスマウス市長、オーベッド・マーシュ。御年100歳であるが、一切年を取っておらず若々しさを保っている。


 マーシュ市長は司会者と握手をする。そして司会者はマイクスタンドを離れ後ろにある司会席に座る。次にマーシュ市長は笑顔でマイクに向かって挨拶をする。


「皆様、こんばんは。マーシュ市長です。今日はとてもめでたい日です。長年、考古学界が探し続けていたダゴンの石柱がここインスマウスで発見されました。そして現在、石柱の調査が行われています。それでは石柱の調査責任者でありますジョージ・ギャマル・エインジェル氏と永伊 尉氏です。どうぞ拍手を」


 拍手と共に尉とジョージが演説台に上がり笑顔で人々に手を振る。そして二人はマーシュ市長と握手をする。


 そして尉とマーシュ市長は後ろの椅子に座り、ジョージはマイクに向かって挨拶をする。


「皆様、こんばんは。ジョージ・ギャマル・エインジェル博士です。今回の発見は、まさにインスマウスのみならず世界の歴史に新たな一ページを刻みます。それではもう一人、永伊 尉からご挨拶を、拍手をお願いします」


 尉は立ち上がりジョージの方へ歩き、彼と握手をする。そしてジョージは後ろの椅子に座り尉もマイクに向かって挨拶をする。


「皆様、こんばんは。永伊 尉博士です。えーっ今回の発見は人類に新たな歴史の一ページを刻むだけでなく全人類にとって大きな飛躍となるのは間違いないでしょう」


 尉の挨拶が終わると司会者が別なマイクを持って前に出る。


「ありがとうございます。それではマーシュ市長、ジョージ博士、尉博士は前にどうぞ」


 司会者に言われ三人は前に向かう。そして司会者はマイクスタンドを退かす。


「ではマーシュ市長、ジョージ教授、尉教授、厚い握手を!」


 三人は笑顔で握手をすると多くの新聞記者や雑誌記者が写真を撮り始めると同時に花火が打ち上がる。


 一方、ギルマンハウスの大広間では盛大な発見パーティーが開かれオシャレなドレスを着たマーキュリー達は大きな円型のテーブルに座りバイキングを堪能していた。


 サターン、ウラノス、ネプチューン、プルトは料理をこんもりと乗っけたお皿をガッツク様に食べる。


 その光景にマーキュリーは叱る。


「こら!サターン、ウラノス、ネプチューン、プルト、行儀が悪いわよ!」

「~~~~~~~~~ッ~~~~~~~~~~~ッ‼~~~~~~ッ」

「サターン、口に物を入れたまま喋らない!」


 マーキュリーからの指摘にサターンはオレンジジュースが入った瓶を直で飲みたらこパスタを飲み込む。


「だってここの料理、全部タダだよ。食べなきゃ損だよ」


 それを聞いたマーキュリーは呆れた表情をする。


「あのねーっそう言う問題じゃないのよ」

「まぁまぁ。今日はめでたい日だから大目に見ましょうよ、マーキュリー姉さん」


 彼女の左隣に座っているアースがそう言うのでマーキュリーはため息を吐く。


「分かったよ。今日だけよ」


 それを聞いたサターン、ウラノス、ネプチューン、プルトは喜び次々と料理を取って食べ続ける。


 するとウラノスは一通り食べ終わると手帳を取り出し料理をスケッチしながら味付きなどをメモする。


 その様を彼女の右隣に座っているジュピターが笑顔で言う。


「さすが我が家の名コックね。食べただけで料理の味付けと食材が分かっちゃうんだから」


 それを聞いたウラノスは照れる。


「い、いやぁーーーっ昔から料理作りが好きだから自然と身に付けた物だから」


 などとマーキュリー達は会話をしながらパーティーを楽しみ、また尉達も記者達からの質問に答えながらインスマウス全体を挙げた発見パーティーを楽しむのであった。



あとがき

遅くなって申し訳ありません。キャラの表現や動き、展開などに苦戦しました。ですが試行錯誤したお陰で素晴らしお話が出来ました。

クトゥルフ神話ファンで俳優の佐野史郎さんが出演していますドラマ『蔭洲升いんすますおおかげ』は原作を忠実に再現されており、オススメのクトゥルフ神話ドラマです。

テケリ・リ、テケリ・リ、テケリ・リ

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