黄金の金〇〇

 そこからの逃走劇は熾烈を極めた。山道の途中で、大量のドライカレーがこびりついた尻の撮影が行われる現場を横目に歩き、追ってきたラガーマン系脱糞義士たちを茂みに隠れてやり過ごし、鉢合わせたツキノワグマと熾烈な睨みあいをしたりした(熊は程なくして、後からやってきた例のスーツ姿の男性の手にした猟銃で追い払われた)。こうした危機の間、理沙の括約筋は何度も弛みかけ、その度にもう楽になっていいよね、という悪魔の誘惑がやってきたが、なんとか耐えきった。

 あんな風にはならない。情けなく糞の池に沈んでいった連中への失望が、なによりも理沙を支えた。そして、もしもこの試練を乗り越えられれば、普段ぱっとしない理沙ではあるが、上位カーストの連中にマウント――もとい胸を張って自らを誉めてあげられる、気がした。そんなたった一つの誇りを手に入れられるかいられないかの瀬戸際で、腹を抑え歩き歩き歩いた先で――ついに、開けた草原の真ん中に黄金の和式トイレが設置されているのを発見した。急造で建てられたとおぼしき電灯の光を反射する金隠しの趣味の悪さに辟易しそうだった理沙であるが、とにもかくにも今はうんこだった。これまで総動員してきた冷静な判断力を投げ捨てて全速力で走りだした。そうしていると趣味が悪いとしか思えなかった、黄金色の金隠しがより輝いて見える気がした。

 あと、二十歩、十五歩、十……

 直後に足元の感覚がなくなり、急激な重力とともに下に引っ張られていく。したたかに尻を打ちつけ、天を仰ぐ。深い穴に落ちたらしいと把握するのと同時に、漂ってくるのは肥溜めの臭いとかつてない括約筋の震え。そして、穴の周囲には夥しい数のカメラが設けられていた。

 噓でしょ。ここまでのあたしの努力はなん、

 ブッ、プス、プス、プス……ブッブッブッブッブゥ! ブチュチュチュチュチュブチュリュブリュリュリュ! ブブブブブバッバッバッ! ブドュドュドュドュ! ブブブブブブチュブリュブチュブリュブッ……

 録らないでぇ、あたしはあいつらとは違うの! だから、撮るな、撮らないでってば! なんでもするから! ねぇ、お願い。お願いだから! 神様ぁ……

 肥の臭いがしっかりとこびりついた穴の中からは、大量の脱糞音と少女の悲鳴がいつまでもいつまでも鳴り響き、消えることはなかった。

 そんな喧騒とは無縁に、黄金の金隠しはいつになく光り輝いていた。

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楽園 ムラサキハルカ @harukamurasaki

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